「いつお生まれになるのか」「夕刊に間に合わない!」…ドキュメント天皇陛下誕生「緊迫の2月23日」

1960年3月、車の窓を開け報道陣の撮影に応じた美智子さま。腕には新宮さまが抱かれている
66年前の2月23日、浩宮さま(現・天皇陛下)は力強い産声を上げられた。やがて第126代の皇位につく「日嗣の皇子」のご誕生であった。美智子さまはご成婚後まもなくご懐妊、順調な経過をすごされていよいよご陣痛が始まった。ところがそう簡単に事が運ばないのが出産の常。皇子ご出産の大役を務めあげた美智子さまと、愛らしい浩宮さまのエピソードである――。
「どうなってるんだ、ご出産はまだと昨日発表したばかりじゃないか!」
「いったいいつお生まれになるのか、今日か明日か?」
その日、宮内庁の橋本総務課長の机のまわりは報道陣が群がり、口々に質問攻めをする収拾不能な騒ぎとなっていた。
それもそのはずである。出産予定日を間近に控え、美智子さまはそろそろご出産準備を迎えていた。前日2月22日の記者会見で、皇太子妃美智子さまの主治医である東京大学産婦人科教授の小林隆博士が、
「両三日中には、ご出産というようなことはないと思います」
と発表した。新聞テレビなど各社の記者団はほっと安堵し、これからのハードワークに備えて、三々五々家路についたばかりであった。
キャッチされたお子さまの心音

新宮さまをあやす皇太子殿下(当時)と美智子さま
ところがその晩、美智子さまのご陣痛が始まったのである。午後11時には主治医の小林教授が電話で呼び出され、美智子さまを拝診して宮内庁病院へのご入院が決定した。
美智子さまは仮御所のご寝室から階下まで降りられ、玄関でお見送りの皇太子殿下(今の上皇陛下)とご挨拶を交わされ、自動車に乗られて仮御所をご出門された。そのとき午前1時35分。安心しきっていた報道陣の姿はなく、わずか1人のカメラマンがフラッシュを光らせたのみであった。美智子さまの乗られた車は寝静まった街をすべるように走り、つつがなく宮内庁病院にご到着したのである。病院での出産は、皇室で初めてのことであった。
そんなわけで、不意打ちをつかれた格好となった報道陣は、「ご出産の暁には」と頭に湯気を立ち昇らせていたのである。
ところが、ご分娩までの時間が予想を裏切って長引いたのである。美智子さまがご入院されてから15時間たっても、ときおり陣痛があるばかりでご出産の兆候が見られない。お産室では、宮内庁御用掛、宮内庁病院、東京大学産婦人科と小児科、助産師などから編成された美智子さまご出産チームの一同が、緊張の頂点に達していた。
美智子さまのおそばにいた佐藤久東宮侍医長は、著書『浩宮さま 美智子妃殿下の育児』の中で、その時の様子を、
〈妃殿下のおからだにピッタリついて離れないかわいい小さなマイクロフォンも、けんめいに自分のだいじな職責を果たそうとしている生きもののように思えてならなかった〉
とユーモアたっぷりに記している。マイクロフォンでキャッチされたお子さまの心音は、別室に送られ、控えている側近たちが固唾をのんで聞き入っていたのである。
宮内庁病院の外では、ご入院のタイミングを逃した報道陣も今かいまかと待ち構えていた。
「まだ生まれないのか」
「ああ~、もう夕刊に間に合わない!」
と悲鳴に似た声が上がり始める。そのあたりでようやく新宮さまも世の中にお出になる気になったのか、美智子さまの陣痛は激痛と変わり、午後4時15分に力強い産声が分娩室いっぱいに響いたのである。ご出産が長引くならと「日の出とともにご誕生」といったタイトルを考えていた報道陣もいたというが、自然の力にはかなわなかった。
ご誕生とともに分娩室は祝福と安堵の歓声であふれた。新宮さまは、体重2500g、身長47㎝の元気な赤ちゃんであった。
〈含む乳の真白きにごり〉

一歳になった浩宮さまを嬉しそうに抱き上げる美智子さま
無事ご出産の知らせを受けて、皇太子殿下はすぐ宮内庁病院に駆け付けた。エリカ、銀葉アカシヤ、コデマリなど美智子さまのお好きな花を腕いっぱいに抱え、「ご褒美だよ」と言ってかわいい熊のおもちゃを差し上げて美智子さまをねぎらった。
お誕生から5日目になると、美智子さまは直接授乳された。母乳は豊富で、新宮さまは好きなだけおなかいっぱい飲むことができた。ご生育は順調であった。美智子さまはそれまでの乳母を廃止して、皇室ではじめてご自分で授乳されたのである。
皇太子殿下は新米パパとして、美智子さまがご退院されるまで毎日必ず宮内庁病院にお見舞いされた。ご授乳を見たり、新宮さまを抱き上げたり、8ミリビデオを回して録画に余念がなかったりとお幸せな忙しさであった。
新宮さまがお生まれになって間もなく、美智子さまはご授乳の感動を御歌を詠まれた。
浩宮誕生
含む乳の真白きにごり溢れいづ子の紅の唇生きて
ご退院の3月12日は、穏やかな暖かい日であった。関係者一同に見送られ、美智子さまは微笑みながら新宮さまをお抱きになり、仮御所にお帰りになった。これからは親子三人で暮らし、子育てするのである。親が子を養育するのも、皇室では初めてのことであった。
宮内庁病院の前にひしめくカメラマンの額にも汗が光っていた。美智子さまは新宮さまを見たい国民と、数日間を頑張りとおしたカメラマンのために、しばらくの間自動車の窓をお開けになって、撮影しやすいような心配りをされたのであった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※参考文献:『皇后陛下御歌集 瀬音』(大東出版社)、『浩宮さま 美智子妃殿下の育児』(佐藤久著、番町書房)、『浩宮さま 強く、たくましくとお育てした十年の記録』(浜尾実著、PHP研究所)
取材・文:高木香織