「献立は1週間分を暗記」学生寮を守る80歳の寮母

35人分の食材を求めてスーパーをはしご, 1週間分の献立を暗記し食材を管理, 唐揚げは「おやつ」, 65年続く「食事付き学生寮」の歩み, 自分のリズムで動くことが日常を支える, 「一日でも長く」

35人の学生のために夕食を準備する80歳の西川勝子さん(写真:筆者撮影)

京都・岩倉で50年以上にわたり学生を見守り続けてきた「京都学生グリーンハイツ」。ここに、80歳を迎えてもなお、35人の学生のために毎日16合の米を炊く寮母・西川勝子さんの日常がある。

【写真】「おいしそう!」大量に作られる唐揚げ。「唐揚げはおやつです(笑)」と勝子さん

京都市左京区にある「京都学生グリーンハイツ」は、京都大学や京都産業大学などの学生が暮らす食事付き学生寮だ。かつては旅館だったこの場所は、1973年に夫・元治さんの決断で現在の形に建て替えられた。

夫の亡きあと、学生寮を一手に引き受けた勝子さんは、このように振り返る。

「夫は『貯金よりも人生を楽しんだ方がええ』というタイプで、建て替え費用を工面するのに苦労しました。でも、怖くなかったです。建て替えた方が絶対にいい。学生さんが必要としてくれている寮だから大丈夫って思っていました」

厨房を背にした食卓で笑顔を絶やさない彼女は、80代とは思えないほど若々しい。勝子さんの健康の秘訣はなんだろうか? 雪が舞う1月、その理由を知るべく勝子さんの一日をのぞいた。

35人分の食材を求めてスーパーをはしご

勝子さんの一日は早朝4時から始まる。まだ誰も起きていない静かな寮内にある自室で、彼女は1時間半をかけてストレッチと筋トレを行う。日課である腹筋45回は欠かさない。

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京都学生グリーンハイツ(写真:筆者撮影)

自室の扉を開けたら、もう仕事場だ。5時半にはキッチンに入り、35名分の朝食準備に取り掛かる。

7時には部屋から学生たちが入れ替わり立ち替わりに食堂にやってくる。勝子さんは一人ひとりと挨拶を交わす。

勝子さんの声掛けの定番は「〇〇くん、今日は何限目から?」「その後の予定は?」だ。それぞれ学生の状況で質問を変える。すでに勝子さんに打ち解けているからか、学生たちは親しげに言葉を返す。

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ある日の朝食(写真:京都学生グリーンハイツ提供)

午前9時すぎ、配膳のスタッフにバトンタッチし、車で開店まもない業務スーパーへ向かう。週に5日、3〜4軒のスーパーをはしごする。野菜は別のスーパーへ、お肉は昔から信頼しているお肉屋さんで購入する。鶏肉なら1回に3.5キロから5キロ。食パンは一度に8袋。

スーパーのカートの上段と下段を食材で埋め尽くし、たった1人で車にめいっぱい積み込む。買い出しで毎日数万円が消えていく。

1週間分の献立を暗記し食材を管理

勝子さんは、いつも1週間分の献立を暗記している。事前に冷蔵庫と食材倉庫として使っている部屋にどれくらい在庫があるかを把握。チラシに載っているセール品なども暗記し、まるでパズルを組み立てるように頭の中で計算して、必要な食材を大量に買う。

「買い出してるときに、うっかり忘れてしまって、スタッフさんに『(食材倉庫の部屋に行って)食パンがどれくらい残っているか見てきてくれる?』とお願いするときもあります。あとは東京に住んでいる3人の娘が、月に数回パスタやサラダオイル、醤油、食パンなどをまとめて買ってきてくれています」(勝子さん)

買い物から帰ってくると、すでに昼すぎだ。休む暇なく、購入した食材をそれぞれの場所へ収納していく。

その際、勝子さん流の食材の管理方法がある。

「野菜袋の一つひとつに、いつ買ったかメモを添えるんです。そうすれば、前に買ったきゅうりと、最近買ったきゅうり。どっちから使うかわかるでしょう」

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購入日をメモしておくことを忘れない(写真:筆者撮影)

使い途中の野菜なども空気が入らないように、ラップで丁寧に密閉する。35人分の献立づくり、買い物、食材管理……。それらをほぼすべて勝子さんが管理していることに驚いた。

勝子さんの料理には、栄養計算よりも優先される“視覚的なルール”がある。

「煮物や揚げ物はどうしても茶色ばかりになるでしょう。だから、赤はトマト、緑はブロッコリー、あとは紫キャベツ。常にカラフルな色を混ぜるようにしています。パセリも乾燥ではなく生のものを使うのが譲れないルールです」

学生寮で提供する料理は「まかない」という位置づけである。そのため、勝子さんは栄養士資格や調理師免許を持っていない。だが、朝夕の料理は健康的で色鮮やかだ。

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提供している食事の数々(写真:京都学生グリーンハイツ提供)

取材日の朝食は「卵とじ丼」で、筆者もいただいた。椎茸、はんぺん、ネギ、鶏肉が絶妙な色合いで並ぶ。また、オムライスやハンバーグなど、若者が好きそうな献立を選んでいるという。

唐揚げは「おやつ」

取材の日、寮の手伝いに来ていた長女の幾子さんは母・勝子さんについてこう語る。

「母は若者が好きなものを毎日食べてるし、味付けも濃いめ。胃袋が高齢者じゃないんです。それと、学生のためにいろんな食材を取り入れて、それを自分も食べているから元気なんじゃないかと思います」(幾子さん)

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長女の幾子さん(左)らが手伝いに来ている(写真:筆者撮影)

その横でフフフッと笑いながら、勝子さんは「唐揚げはおやつです(笑)」と言った。

実は、勝子さんは昨年8月に心臓の不整脈を整えるための手術をした。その手術は成功し、それ以降、劇的に体調がよくなったそうだ。

相乗効果で慢性的な坐骨神経痛のような痛みや足のむくみがなくなり、勝子さんの骨密度を測定したところ、若年層の平均を大きく上回る数値を記録した。

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大量に作られる唐揚げ(写真:京都学生グリーンハイツ提供)

学生が好きそうな献立を80代の自らも食べるというのは、身体にいいのだろうかと疑問を覚えたが、勝子さんの場合は、日々あらゆるメニューを作っているため、食材が偏らないからこそ身体の調子がよいのかもしれない。

65年続く「食事付き学生寮」の歩み

ここで、夫婦二人三脚で学生寮を営んできた道のりにも、触れてみたい。

京都学生グリーンハイツの歴史は、明治時代から続く、料理旅館から始まった。

かつての岩倉は、京都御所の姫君らが心の病を癒やす療養地であり、その家族らが宿泊する旅館として賑わっていた場所だった。旅館はその後、食事なしの下宿として部屋を貸すようになる。勝子さんの夫・元治さんの両親もその運営を担っていた。

その後、元治さんが勤める会社で同僚の勝子さんと出会い、結婚。元治さんの両親から下宿所を任された後は、元治さんが会社に勤めながら運営した。

転機が訪れたのは1973年。京大の学生課の職員からの提案がきっかけで、本格的に学生会館として立て直すことに。古い木造の建物は、鉄筋コンクリート造の学生寮へと生まれ変わった。

元治さんは脱サラして寮の経営で生計を立てることを決意。もともと料理が好きだったこともあり、「食事を提供する学生寮にしよう」と決めた。

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共同で使うリビング(写真:筆者撮影)

学生寮の建て替えは、費用の工面に難航したという。当時は食事付き学生寮の先例がなく、銀行からは融資を渋られてしまった。保証協会の助けを借りてようやく実現にこぎつけた。

元治さんと勝子さんは学生寮の中に自室を作り、学生たちと文字通り“一つ屋根の下”で暮らした。

元治さんは根っからの人好きで、時には大部屋ですき焼きを振る舞うなど、我が子のように学生たちを可愛がった。

しかし、経営は常に順風満帆だったわけではない。平成に入るとワンルームマンションが普及し、共同生活を敬遠する学生が増えた。周囲の寮が次々と閉鎖される中、京都学生グリーンハイツも赤字ギリギリの経営が続いた。

さらに2人の間には3人の娘たちがおり、それぞれ音楽の才能を見出したことから、レッスン代や演奏会の遠征などで、教育費が膨大にかかったという。

現在、ピアニストとして活動している長女の幾子さんは、「寮のおかげで音楽をさせてもらえてるから、子どもの頃から父と母の手伝いをするのが当たり前でしたね」と振り返る。

苦境を支え続けた大黒柱の元治さんだったが、2014年の冬、肺がんにより75歳でこの世を去った。亡くなる直前まで、厨房に立ち続けたという。

学生に出す料理のほとんどを元治さんが担当していたため、勝子さんは「とても1人ではできない。今いる学生たちが卒業したら、ここを閉めよう」と考えていたという。

当時、指で数えられるほどの学生しか入居していなかったが、勝子さんは一人ひとりが暮らしやすくなるよう懸命に働いた。その間、手伝ってくれるスタッフや娘たちの協力もあり、「これからも続けられるかもしれない」という思いがわいた。

勝子さんが夫の亡くなった年齢に近づいた頃、娘たちから「お母さん。もう無理しなくていいよ。規模を小さくしてもいいんじゃない?」と勧められた。

けれど、勝子さんは首を振ってこう言い放った。

「もっとがんばりたい。ここを、満室にしたい」

それを聞いた娘たちは「えー! なぜ?」と思ったが、この一言をきっかけに、家族一丸となって「満室計画」への挑戦が始まった。長女の幾子さんを中心に、それまでは手つかずだったホームページを刷新し、ビラ配りに力を注いだ。

そもそも京都学生グリーンハイツは、京都府内の大学からも近いわけではなく、最寄り駅からも離れており、決していい立地ではない。そのため、すんなり学生が入ってくる環境ではなかった。

地道な努力が実り始めたのは、2021年頃からだ。経営状況は好転し、35室すべてが埋まるように。関西のテレビ局から取材を受けると、さらに人気が集まった。

「母は、目標を掲げて動くことで、かえって心身の活力を取り戻していったように見えました」と長女の幾子さんは言う。

80歳を目前にした寮母の「満室にしたい」という思い。それは経営を超え、亡き夫と築いた日々を守り抜こうとする決意だったのかもしれない。

自分のリズムで動くことが日常を支える

取材も終わりが近づいた頃、勝子さんは取材用に着用していたスーツから、普段のスタイルであるエプロン姿に着替えた。「夕食の準備をします」と言い、2メートルの幅のある食器棚から、お皿を選び始めた。

普段は昼すぎに夕食の準備に入る。「ご自身の昼ごはんは、どうなさってるんですか」と聞いてみた。

「残った料理で立ったまま、パクッとね(笑)。座って食べてしまうと、火の加減がわからなくなるし、タイマーをかけていても油断してしまうでしょう。だから厨房内をずっと動き続けています」(勝子さん)

ずいぶん早く取り組むのだなと思ったが、35人分の料理を作るのは、それなりの時間が必要なのだろう。「夕食の配膳時間の30分前までに完璧な状態にしておくこと」が、彼女の決めごとだという。

何事も早めに準備する母親を、幾子さんはこのように言う。

「私たち娘からしたら、『お母さんそんな早くせんと、まだいいよ』って思うんですけどね。でも、自分のペースでやれる方が、母にとってはいいのかもしれないです」

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料理に合わせて食器を用意する(写真:筆者撮影)

それを受けて、勝子さんはこう返した。

「そうだね。『まだ早いよ』とか、『あとで私がやるから』って言われる方がしんどい。自分のリズムで物事を動かしてるから、ストレスを感じないんです。エネルギーを発散しているから。それが性に合ってるのかもしれない」

取材した日の夕食はハヤシライスとマカロニサラダ。味見を頼まれ、「コクがあって、ご飯がすすみそうです」と感想を伝えると「よかった」と勝子さんは微笑んだ。

午後7時、食堂は再び活気づく。まもなく、一日を終える学生が食堂にやってくる。パートのスタッフに恋愛相談をする学生。たわいもない話をし合う学生。あたたかくて美味しい料理を楽しみに、ここに戻ってくる。

「一日でも長く」

「一日でも長く、ここに立っていたい」と語る勝子さん。

今後のグリーンハイツのことは、決めていない。いつか、自分がこのキッチンに立てなくなったとき、3人の娘たちに預けようと思っているそうだ。

勝子さんが「好きなようにしてくれればいい。どうするのも自由よ」と言った。キッチンで話を聞いていた幾子さんは「私たちが悪いようにするわけないってわかってるから、そう言ってるんでしょう」と冗談っぽく返した。

夫と守ってきたこの場所を続けたい――。はっきりと言葉にはしないものの、勝子さんの表情がそう物語っていた。

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学生寮の運営を現役で続けている西川勝子さん(写真:筆者撮影)