シークレットシューズの町工場「大ファン」生む訳

50年前からシークレットシューズに賭けてきた工場が、熱狂的リピーターを生む訳は……!?(写真:北嶋製靴)
「身長を盛る」靴、いわゆるシークレットシューズといえば昔は「バレずに身長を盛る」というイメージが強かった。そして購入するときはこっそりと人目を気にしながら買う人が多かったようである。
【写真を見る】熱狂的リピーターを生む《シークレットシューズ》はこんな感じ
しかし今はどちらかというと「自分をより良く見せたい」「装いをよりグレードアップさせる」という感覚で選ばれるケースが増えてきているという。女性がヒールでスタイルを良く見せるように、男性も靴で自分を演出する……そんな感覚が少しずつ浸透してきたのかもしれない。
だが、こうした価値観変容のはるか以前から、ヒールアップシューズを作り続けてきた小さな工場がある。奈良県大和郡山の北嶋製靴工業所(以下、北嶋製靴)という小さな工場だ。同社ではこの靴を「ヒールアップシューズ」の名称で呼んでいる。
北嶋製靴のヒールアップシューズは熱心なリピーターが非常に多いという。小さな工場が、なぜ熱狂的リピーターを生むのか。

北嶋製靴の外観(写真:北嶋製靴)
一族みんな背が低め…ニーズを知るからこそ始めた
北嶋製靴が「ヒールアップシューズ」制作を手がけるようになったのは、今からさかのぼること約50年前。現社長の父親である先代が始めたのがきっかけだ。

北嶋製靴代表取締役の北嶋浩治さん。革を裁断している様子(写真:北嶋製靴)
「うちの一族みんな背が低めなんです。ちょうどシークレットシューズがはやり始めたその当時、父も単純に『自分が履きたい』と思ったそうで。でも普通の靴に中敷きを入れるだけの“なんちゃって”ヒールアップが主流で、歩きづらかったりバランスが悪かったりするものばかりだったそうです。そこで父はちゃんと歩きやすいものを作ろうと始めました」
同業他社からは「変わったことばかりやって……」と冷ややかに見られることもあったという。

北嶋製靴・初代の北嶋義盛さん(写真:北嶋製靴)
当時は、「シークレットシューズ」というよく知られた呼称のとおり、内緒で背を高くしたい、というニーズが一般的で、店頭で買うのは恥ずかしいと感じていた客も多かったという。店頭に並べても、客は商品の「7センチヒールアップ」と書いてある札を取り除き、レジに男性店員がいる時を見計らってこそっと購入するような様子だったそう。
そんな中、先代は「少数派であれ、そのような製品がほしい人は全国に必ず一定数はいるはずだ」という信念のもと、歩きやすくバランスの良いヒールアップシューズの改良に取り組み、技術を蓄積していった。ヒールアップシューズの靴作りで使う専用の機械や部材類にも思い切った投資をするなどの覚悟を持って取り組んできたという。

6センチのヒールアップシューズ。中底のかかと部分に厚みを持たせた作りになっており、外から見ても6センチヒールアップされているとはわかりにくい(写真:北嶋製靴)

このように底上げされている(画像:北嶋製靴)

中に入れる「インヒール」。独自のクッション性があり、歩きやすさを損なわない。なお、ヒールアップシューズは7センチまでにしているという。それ以上になると足の健康を損なう恐れがあるためだ(写真:北嶋製靴)
通販の台頭を機に変わった客のニーズ
その後、通信販売の普及はヒールアップシューズの運命を大きく変えた。気兼ねなく購入しやすくなり、全国に広まっていく。店でこっそり買わなくても手に入るようになったのだ。
その結果、意外な変化が起きた。今度はターゲット層が一気に拡大していったのだ。
「人々のあくなき追求と言いますか、175センチと身長が平均よりも高めの人でもさらに高く180センチに見せたい、などの要望もあります。なので『身長が低めの人が背を高く見せるため』に購入するだけでなく、ある程度身長が高い人がより高く見せるため、よりスタイルを良く見せるために購入するケースも増えました」
ヒールアップシューズは「補うもの」から「スタイルを演出するもの」へと変わっていった。女性がヒールでスタイルを良く見せるのと同様に、男性も靴を選べる感覚になってきたのかもしれない。
また同様に、結婚式場からも安定した需要があるという。結婚式で新婦がヒールを履くなら、新郎も合わせてヒールアップを選ぶ。特に白い革靴の需要が目立つという。
ウィッグと同じ!? 自分がうれしくなることが大事
北嶋氏は、プロモーション戦略を考える際に「ウィッグのCMを参考にすることが多い」と話す。
ウィッグのCMも、昔と今で方向性が変わってきた。かつては「他人の目線」が基準であり、「バレないようにする」「恥ずかしくないように」隠すものとしてウィッグは訴求されてきた。
しかし今は「自分の感覚」が基準になっており、「自分がどうありたいか」「前向きになって自分がうれしくなれる」……そういった感覚に訴えるCMになってきている。
つまり、かつてのCMが「欠点を隠すための道具」を売っていたとすれば、今は「自分を整え、前向きに生きるための選択」を提示している。「バレないこと」がゴールだった時代から、「自分が納得できること」がゴールの時代に変わったのだ。

北嶋製靴のヒールアップシューズ。フォーマルな革靴だけでなく、カジュアルなタイプも多くあり、ファッションに合わせていろいろ選べる(写真:北嶋製靴)
現在、革靴は安い海外産が多く入ってきたことなどによる激しい価格競争により、昔ながらの国産の一般靴の売り上げが伸び悩んでいるが、ヒールアップシューズの安定した需要が北嶋製靴の安定した柱になっている。
北嶋製靴の大きな特徴は、ほぼ全工程を国内で行っている点である。
靴の生産国表示は、ほぼ全工程を中国、インド、東南アジア等の海外で制作したとしても、靴底を付ける「底付け」の工程を日本で行えば「日本製」を名乗ることができる。北嶋さんは「全工程を日本で行う革靴は全体の数パーセントくらいではないか」と言う。今、国内の靴店の店頭に並ぶ、「日本製」は、かなりの工程を海外で制作したものが幅を利かせているのが一般的だ。

一般的な国産靴と北嶋製靴の国産靴の違い(画像:北嶋製靴)
だが、北嶋製靴では革の裁断から縫製、成形、底付け、仕上げまですべての工程を国内で行った「完全国産」である。
北嶋さんが完全国産にこだわる理由は、顧客との距離の近さにある。
「すべて国内で職人が作ることによって顧客の声をすぐに素材選びや靴の構造に反映して改良することができます。そういったスピード感や技術の蓄積こそがうちの強みです」
最近では、海外での縫製技術のレベルは上がってきているという。それでも縫製もすべて日本で行っている製品は違いを感じるという。
「国内縫製(製甲)には、どこか“凛(りん)とした美しさ”があります。それが製品の説得力になります」

各パーツを縫い合わせる作業は、一人前になるまで最低でも10年はかかる職人技だという。平面的な革を立体的に縫い合わせていくことでより木型になじむ、そして足になじむ靴となる(写真:北嶋製靴)
男性用革靴のふるさと、大和郡山
北嶋製靴がある奈良県大和郡山市は、かつて男性用革靴の一大産地として知られていた。市内には多くの靴職人が集まり、浅草や大阪と並び称されるほどの存在だったという。
しかし、市場環境の変化とともに製靴業者は減少を続け、現在、市内に残る事業者はわずか7社のみとなった。地場産業としての革靴は、市内外からの認知も薄れつつあるのが現状である。
そこで7社は組合を作り、「KOTOKA(古都靴)」という共同ブランドを立ち上げた。奈良の革靴の統一ブランドとして打ち出し、ふるさと納税の返礼品とも連動させながら情報発信を行っている。
北嶋製靴もまた、SNSを通じて「純国産」であることをストーリーとともに伝える取り組みを続けている。単なる製品紹介ではなく、「どこで、誰が、どのように作っているのか」を語ることで、靴に物語性と納得感を与えているのだ。
その姿勢は、日本のものづくりの価値を再発見するという、ふるさと納税の文脈とも相性が良い。結果として、地域の名前とともに製品が届き、認知は静かに広がっている。筆者自身もその1人である。

余談だが、大和郡山市は、今年放送のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』の舞台地の1つ。市内には豊臣秀長が城主を務めた「大和郡山城」の跡があり、天守台からは市内を眺めることができ、趣のある城下町の散策を楽しめる場所だ。京阪神からの日帰りも可能で、筆者も大阪在住の折には何度か出かけて城跡や城下町を楽しんでいた(写真:筆者撮影)
「ここぞ」という時の1足を
製靴業界は、昨今ビジネスのカジュアル化の流れの中で、大きく潮流が変わってきている。必ずしもフォーマルな革靴を何足も持っている必要がない、打ち合わせもオンラインで済んでしまえば革靴を履いている必要がない、など革靴の需要は減りつつある。
それでも北嶋氏は言う。
「それでも、ここぞという時のきちんとした1足は持っていたい。そうしたニーズはなくならないと思うんです」
だからこそ同社は、流行を追いかけて消費される靴ではなく、長く愛用される普遍的なデザインを選ぶ。変化の速い市場に抗うのではなく、受け止めたうえで長く残るものを作ろうとする意思の表れである。
大量生産でも、価格競争でもない。
小さな工場が選んだのは、時間と手間をかけて、職人の技術で必要とされ続ける1足を作る道だった。その選択に、この会社の靴作りに対する矜持を見る。
今年、大河ドラマの舞台としても注目を集める大和郡山。そして、その地で静かに続いてきた革靴作り。消えゆく産業の中にこそ、次の時代のものづくりのヒントがあるのかもしれない。これからもこの町と、その足元を支える仕事に目を向けていきたい。

(画像:北嶋製靴)