80歳の寮母が心配する「最近の親子と若者」の変化

我が子の欠点を並べる親への“違和感”, 人間関係の悩みと増え続ける発達障害, 食生活に現れる心のサイン, 自立を促す一歩に, 誰でも必ず成長する, 学生時代を大切にして

寮母として半世紀以上にわたり学生たちを見守ってきた西川勝子さん(写真:筆者撮影)

「いろんな子を50年間見てきて、心に病を持つ子が本当に増えてきたと感じます。これは、非常に根が深いです」

【写真】35人で共同生活、京都学生グリーンハイツの内部

そう語るのは、京都学生グリーンハイツの寮母、西川勝子さん(80)だ。

勝子さんが運営するのは、京都・岩倉に位置する朝夕食事付きの学生寮。京都大学、京都産業大学などの学生が入居し、毎年満室になるほど人気がある。半世紀以上にわたり学生たちを見守ってきた勝子さんは、若者の間で「心に病を持つ子」が増えている現状を静かに語ってくれた。

取材の中で彼女が発した「根が深い」という言葉。そこには妙な重さがあった。彼女が見てきた学生の生活や、若者が抱える心の揺れとは? 筆者は現地に赴き、寮母である勝子さんの話を聞いた――。

我が子の欠点を並べる親への“違和感”

勝子さんが「根が深い」と語るのは、幼少期からの環境が影響していると感じているからだ。学生が入居する前に必ず親子と顔合わせを行うのだが、そこで親子関係の歪みを感じることも時々あるという。

我が子の欠点を並べる親への“違和感”, 人間関係の悩みと増え続ける発達障害, 食生活に現れる心のサイン, 自立を促す一歩に, 誰でも必ず成長する, 学生時代を大切にして

京都学生グリーンハイツ(写真:筆者撮影)

最も危惧するのが、親が本人の目の前で我が子の欠点を並べ立てるケースだ。

「私の前で、『この子は嘘をつく』『しっかりできない』『だまされないでください』とかね。そう親に言われている時、その子はうつむいて暗い顔をしています。きっと今まで、人前で親からそう言われ続けてきたのだろうと察します」(勝子さん)

子どもの欠点を言葉にする親ほど、頻繁に「うちの子、朝ちゃんと起きて学校に行っていますか?」と連絡をしてくるそうだ。

勝子さんは「本人に聞けばいいのに」と思うのだが、「聞いても返事がないから寮に電話をかけてくるのだろう」と思い、対応するという。

我が子の欠点を並べる親への“違和感”, 人間関係の悩みと増え続ける発達障害, 食生活に現れる心のサイン, 自立を促す一歩に, 誰でも必ず成長する, 学生時代を大切にして

大量の靴が並ぶ玄関(写真:筆者撮影)

また、ある学生は、朝夕の食事には現れるものの、大学には行けていなかった。その事実を知った親が怒鳴り声を上げて寮に乗り込んできて、「(中国地方の)自宅から通わせます」とその場で学生を連れて帰ったこともあった。

別のケースでは、女子学生の親が寮の部屋に泊まり込み、夕方から夜中の12時まで、さらに翌朝も続けて数時間にわたり子どもを説教し続けた。

「子どもは親に遠慮して、なかなか言い返さないんです。何時間もしゃべり続ける親に対し、じっと耐えている。その忍耐力を想像すると、本当に不憫になります」と勝子さん。

親は自分の思い通りにならない子どもを信用できず、子どもは親からの叱責をやり過ごすために嘘をつく――。この親子関係のすれ違いが、少なからず学生たちのメンタルに影響しているのではないかと、勝子さんは指摘する。

人間関係の悩みと増え続ける発達障害

大学生活での人間関係がストレスになっている事例もあるという。

ある学生は大学で課外活動に打ち込み、明るい青年だった。だが、精神的に不安定なパートナーと付き合い始めたことがきっかけで自身の生活リズムを崩し、電話に出ることすら怖がる状態に陥ってしまった。

我が子の欠点を並べる親への“違和感”, 人間関係の悩みと増え続ける発達障害, 食生活に現れる心のサイン, 自立を促す一歩に, 誰でも必ず成長する, 学生時代を大切にして

長女の幾子さん(左)らも手伝いに来ている(写真:筆者撮影)

勝子さんやスタッフは、食堂で学生から恋愛相談を受けることもあるが、「その付き合い方はどうなの?」と思うことは少なくないという。

こうした人間関係の悩みやメンタルヘルスの問題と並行して、勝子さんが近年特に感じている変化がある。それは、発達障害を認知している学生の増加だ。

「昔からいたのかもしれないけれど、最近は親御さん自身が『うちの子は発達障害がある』と言って入居されることも増えました」(勝子さん)

我が子の欠点を並べる親への“違和感”, 人間関係の悩みと増え続ける発達障害, 食生活に現れる心のサイン, 自立を促す一歩に, 誰でも必ず成長する, 学生時代を大切にして

学生でにぎわう食堂(写真:京都学生グリーンハイツ提供)

そういった学生は本人に悪気はなくとも、シャワーの時間や食事の締め切り時間など寮のルールを守ることが難しい。だが、勝子さんらは辛抱強く、寮生活がスムーズに送れるよう“寄り添う姿勢”を貫いている。

食生活に現れる心のサイン

勝子さんによれば、学生の心の乱れは、食生活に如実に表れるという。

例えば、朝夕の食事を残さずに食べる学生と、残しがちで食べ方に難がある学生がいる。決して残してはならないというわけではないが、何も言わずに食べ物が残った皿を突き返されたら、作った人にしてみれば悲しいだろう。

「食べ方とか生活の仕方って、生き方やからね。それが人生で続いていくわけやね。その子が大人になる段階の生活って、すごく大事。いつか家庭を持ったら、その連鎖は続いちゃうと思います」(勝子さん)

メンタルに不調をきたし始めた学生は、まず、ご飯が不規則になる。予約していた食事のキャンセル連絡もなく食堂に来ない日が続いてしまう。

食卓に顔を出さなくなった学生は、多くの場合、自室に引きこもるか、アルバイトに夢中になっているかだという。物価高の影響やお金を費やす機会が増えているのか、学業を疎かにしてバイトにのめり込む傾向は、近年の学生に多いと感じている。

我が子の欠点を並べる親への“違和感”, 人間関係の悩みと増え続ける発達障害, 食生活に現れる心のサイン, 自立を促す一歩に, 誰でも必ず成長する, 学生時代を大切にして

ある日の夕食メニュー(写真:京都学生グリーンハイツ提供)

学生に対してさまざまな思いはあるが、勝子さんは改善を促そうとはしない。できることは、相談を受けたらじっと話を聞くこと。そして、美味しい料理と整った環境を提供し続けることだ。

そうした“見守る姿勢”を可能にしているのは、勝子さんが人脈を駆使し整えたサポート体制にある。

勝子さんの運営する寮では、スタッフは8人雇っており、1日4人体制だ。朝昼夜それぞれに一人ずつのスタッフと掃除スタッフが配置され、さらに月に2回、東京から3人の娘が手伝いに来ている。

我が子の欠点を並べる親への“違和感”, 人間関係の悩みと増え続ける発達障害, 食生活に現れる心のサイン, 自立を促す一歩に, 誰でも必ず成長する, 学生時代を大切にして

手分けして食事を作っている(写真:京都学生グリーンハイツ提供)

学生たちは、勝子さんだけでなくそれぞれ話しやすい人を見つけて、たわいもない雑談や相談をしている。

「親ではないから、出過ぎた指摘はできません。ただ『あの子、最近崩れてきたな』と見て取れる時は、苦しく思いながら見守ります」

自立を促す一歩に

これらのスタッフたちの存在が、学生を自立に向かわせる一歩になる場合もある。勝子さんは、ある印象的な事例を語った。

京都大学に在学中の男子学生の母親から「どうしてもこの寮に入れさせたいんです」と泣きながら電話がかかってきたことがあった。

本人は大学の近くで一人暮らしをしていたが、生活が荒れ果てていた。学校にも通えておらず、それを知った母親が藁にもすがる思いで連絡してきたのだ。一方、親子面談の場では、学生にもう少し一人暮らしをがんばりたいという意思があり、話がまとまらなかった。

しかし後日、その学生から「やっぱり入居させてほしい」と連絡があり、入寮することになった。その後、寮で暮らすようになった彼に「ここでよかった?」と聞くと、こう答えたという。

「一人暮らしを始めて、家事って際限がないことを知りました。やってもやっても終わらないんです。でも、寮に住めば、その煩わしさがなくなり、大学へ自転車で30分で行ける。今は勉強に専念できて、すごく快適です」

我が子の欠点を並べる親への“違和感”, 人間関係の悩みと増え続ける発達障害, 食生活に現れる心のサイン, 自立を促す一歩に, 誰でも必ず成長する, 学生時代を大切にして

寮の中の様子(写真:筆者撮影)

勝子さんはそれを聞いて、「なるほどな」と思ったという。

京都学生グリーンハイツの入居費用は、毎月7万4000円程度(家賃、管理費、共益費、朝夕の食事代)である。食費も込みなら安く感じるかもしれないが、さほど大差のない金額で1人暮らしをやろうと思えばできるように思う。

だが寮に住めば食事面など生活の基盤が整う分、勉強に専念でき、快適さが生まれる。それは、荒れ果てた生活を立て直し、精神的な安定を取り戻すための重要な一歩となるはずだ。

社会に出て、身の回りのことを自分でしていくための準備期間として、食と生活環境をサポートする学生寮に入ることは、大きなメリットがあるのかもしれない。なかでも京都学生グリーンハイツには、関わるスタッフの存在が学生たちの心身を健やかにしているように感じた。

たしかに、学生にとって、一人暮らしは魅力的だろう。京都学生グリーンハイツは広さはあれど、設備は古く、大学に隣接しているわけでもない。それでもここの暮らしを選ぶのはなぜだろうか?

それは、「35人の疑似家族」という環境そのものかもしれない。ここで暮らすことで、一人暮らしでは得難い交流が生まれているからだ。

「ここで暮らすようになると、いろんな大学の人との交流があるでしょう。そこで仲良くなった人同士で食事に行ったり、友達を呼んだりして。そういうことができるから、『ここで暮らす方がいい』って言う子が多いですね」

誰でも必ず成長する

学生たちの間では、自主的に作った寮のルールノートを作っており、新しく入居する者に引き継がれているという。そのなかには「スタッフさんには挨拶しましょう」「食べた後は、トレイをキッチンに持って行って、挨拶しよう」などと書かれてあるそうだ。

人見知りがちな学生も、それを実践している先輩の寮生を見て、いつしか挨拶をするようになる。

「1年経てば、誰でも必ず成長します。喋らなかった子が喋るようになり、返事をしなかった子が返してくるようになる。たくましい大人の顔になっていくんです。私はね、それが本当に嬉しいんです」(勝子さん)

取材の途中、沖縄市出身の学生が久しぶりに寮に戻ってきた。

我が子の欠点を並べる親への“違和感”, 人間関係の悩みと増え続ける発達障害, 食生活に現れる心のサイン, 自立を促す一歩に, 誰でも必ず成長する, 学生時代を大切にして

学生寮に戻ってきた学生(写真:筆者撮影)

台湾に留学していた彼は、再び京都の大学に通うという。勝子さん曰く、新入生の頃は線が細く、体調も悪そうに見えたそうだ。けれど、目の前にいるのはたくましい顔つきをした青年だ。

勝子さんはその姿を見て目を細める。

「あんなに大きなキャリーケースを持ってね。本当に大人になった。子どもが大人に変わる時期を、一番近くで見守れる。これが、寮母という仕事の醍醐味です」

学生時代を大切にして

入居している7名の学生たちが卒業を控えていて、まもなく退去予定だ。「寂しいですね」と勝子さんは俯く。

「学生が出ていく時は正直、つらいです。お別れの挨拶をしたら、あまり見送りはしません。顔を見たらつらいから、黙って行ってほしいと思っちゃう。新入生が入ってきたら、気持ちも上向くんだけどね。その繰り返しです。また1年が始まって、さぁさぁ!ってね」

我が子の欠点を並べる親への“違和感”, 人間関係の悩みと増え続ける発達障害, 食生活に現れる心のサイン, 自立を促す一歩に, 誰でも必ず成長する, 学生時代を大切にして

夕食を作る勝子さん(写真:筆者撮影)

時折、寮を離れた学生が尋ねてくることがあるという。その時の写真を見せてくれながら、勝子さんは「この子も、立派にならはったわ」と嬉しそうに笑った。

人は戻りたくても、過去には戻れない。大人になるための大切な時間をどうか大切にしてほしい――。寮母・勝子さんは、切実にそう願っている。