「献身的な妻」を描く朝ドラは多いけど…新しい風感じる夫婦観描いた神回爆誕〈ばけばけ第104回〉

『ばけばけ』第104回より 写真提供:NHK

今日の朝ドラ見た? 日常の話題のひとつに最適な朝ドラ(連続テレビ小説)に関する著書を2冊上梓し、毎日レビューを続けて10年超えの著者による「読んだらもっと朝ドラが見たくなる」「誰かと話したくなる」連載です。本日は、第104回(2026年2月26日放送)の「ばけばけ」レビューです。(ライター 木俣 冬)

イセが呪われた話はヘブンに響くか

 いわゆる神回である。最近の『ばけばけ』はさえている。

 イセ(芋生悠)と茂吉(緒方晋)が話した内容が気に入らず、ヘブン(トミー・バストウ)はイライラしている。

 もう一度トライするイセ。

「嘘(うそ)をつくと来世で蛇になるというのはご存じでしょうか」

「知らない」とヘブンは前のめりに。でもまた「それはなぜですか」「本当に蛇になった人は」と質問。

 だがイセには理由もわからないし実例もない。

 言い伝えとはそもそもそういうもの。だがそれだと本には書きにくい。いや、でも怪談大好きヘブンさんが突然、理由や実例を厳しく問いただすのもなんだかヘンな気がする。いざ、日本特有の言い伝えを題材にしようと思うと、ジャーナリストとしては論理的な面が発揮されてしまうのだということにしておこう。

 今度は茂吉が「秋ナスは嫁に食わすな」と言い出すが、ヘブンはそれをすでに知っていた。

「秋ナスは嫁に食わすな」は美味しいものは嫁に食べさせない姑(しゅうとめ)の意地悪説と、体を冷やすから食べさせないという姑の親切説がある。そこまでヘブンは知っていて検証しただろうか。

 主題歌明けてもヘブンはイライラしている。

「まだありますよね」とトキ(高石あかり、「高」の表記は、正確には「はしごだか」)がひらめいた。

 イセさんが呪われているという話がトキは気になっていて、イセでも茂吉でもどちらでもいいから「話してごしませんでしょうか」と頭を下げる。

「ごしません?」と茂吉は島根の言葉がわからない。第103回ではイセが「ちょんぼし」がわからなかった。なぜかここで方言がわからないやりとりを2回入れてくる意図が気になるが、そんなことどうでもよくなる展開がこの先、待っている。

トキが主人公らしく大活躍

 イセは呪われた顛末(てんまつ)を話すことをしぶしぶ承諾すると、茂吉はほんとうの呪いの話だからとそそくさと席を立つ。その場にいると呪われかねないということだろうか。松野家一同はちょっと不安な表情に。

「それでは“人形の墓”というものはご存じでしょうか」

「知らない」とヘブン。

「私も聞いたことがあります」とクマ(夏目透羽)がおびえたように少し距離をとる。

 イセは話し出す。正木(日高由起刀)が通訳しようとするとヘブンは「要らない」と制す。ついに本気になったヘブン。

 それはイセが10歳の頃の話。両親と兄と4人で暮らしていたが、父親が急に病で亡くなり、ほどなくして母親もまた病で亡くなった。

 司之介(岡部たかし)もこわくなってクマの隣へ避難。

 1軒の家で1年のうちに2人死ぬとすぐに3人目が死に、4人目から先は、たとえ生き延びたとしても呪われた一生を過ごすという言い伝えがあり、藁(わら)人形を入れた人形の墓と言われる小さな墓を作ればそれが避けられると言われていた。だが兄とイセは迷信だと聞かず人形の墓を作らなかった。

 すると兄も亡くなり、そこまで来てイセはあわてて藁人形をこしらえ人形の墓を作ったが、大病にかかり生死をさまよい、借金に生活苦。頼る親戚にもお荷物扱いをされ家を出され、周りからは言い伝え通り呪われたと避けられるようになった。

 イセの悲しい身の上に、松野家一同は言葉がない。

「自業自得いうか、言い伝えばバカにしたらいかんいうことたい」と茂吉の言うことも間違いではない気がしてくる。

「私もそれからは言い伝えば信じるようになりました」とイセはうなだれて「呪われる前に塩まいてお清めしてください」と席を立った。

 そのとき、イセの座っていた場所にトキが座ろうとする。「まだぬくもっとるあんたが呪われるばい」と止められるが「大丈夫ですけん」。

 トキは言い伝えを「むしろ信じちょります。信じちょるけん、呪われるとか、楽しくてゾクゾクします」と清光院チャレンジしたときのような表情になっている。

「来た来た、感じちょる。こんなに重たいんだ」「大丈夫かわからんけど楽しい。ふふふ」とひとしきりはしゃいだトキは「おイセさん 不幸せ 私に乗り移ったけん」と言う。

「これからはきっとええことある。昔は私もええことなかった。だけど今はええこといっぱいある」

 トキに言われて、思わず笑顔になるイセ。トキはそのまま倒れてしまう。

 その晩、ヘブンが書き物をしている。トキはふつうにお茶を持ってくる。

「話悲しい。でもトキさん素晴らしい心」とヘブンがたたえると、トキはこう言うのだ。

「ただの呪われたがりなだけですけん」

 今度はヘブンがブードゥ人形を持ってきて「不幸せ 呪い 移るしました」と身代わりにする。

「アナタの言葉、あなたの考え、わたし必要。もっともっとネガイマス」

 トキ、主人公としての面目躍如である。

人間とはグラデーションのあるもの

「ただの呪われたがり」。名台詞(めいぜりふ)である。昔の「ヒーロー」がいいことをして「お名前は?」と聞かれ「ただの通りすがりです」みたいなことを言って去っていく、ニヒルな感じがする。永見(大西信満)の「不器用ですけん」も同じ仲間で、ちょっといいことをしても謙遜する。その照れ隠しのような人柄が好ましい。

 筆者はここで、物語における主人公=生贄(いけにえ)論(主人公が悲しみを背負うことで観客が癒やされる)を思い浮かべたのだが、橋爪國臣チーフプロデューサーはこのように言う。

「トキが呪いを肩代わりした場面は、トキがリテラリーアシスタントの第一歩を無意識に踏み出した場面と考えています。

 僕はトキには、すべてを受け止めて利他的にふるまってほしくはないと思っていました。ヒロインのみならず、人間とは100%完璧ではないし、常に客観的にものを見ていたり利他的だったりすることはあまりないと考えているからです。トキは極力、そういう方向に行かないようにしてきました。

 熊本に来てヘブンは作品が書けなくなります。そんな彼をまわりが支えていくにあたり、トキをヘブンの横に常にいてネタ出ししていた献身的な妻というふうに描くこともできたとは思います。

 実際、過去の朝ドラにはそういう描き方をしてきたものがたくさんあります。でも、ヘブンとトキの関係はそうではないだろうなと思いました。第20週も第21週も、ヘブンが熊本の魅力について少しだけ気づくとき、自らがゼロから気づいたのではなく、トキの視点を通して気づくことができた。トキの体の中を通ったことで見えた現象だからこそ、ヘブンに響いたというふうになったらいいなと思いました」

「どちらかに偏りすぎると物語として面白くないですよね。『単なる呪われたがりです』というトキの言葉は自己犠牲にも聞こえるし、いやいや、単なる自分の興味や好奇心であるというふうにも見える。そこがグラデーションになっていたらいいなと思います。

 人間らしさとはそういうものではないでしょうか。トキに限らず、登場人物はみな、わがままだし、でも自己犠牲の精神も多少は持っている。誰かひとりが犠牲になったらなんとかなるということにはしたくないと思っています」

 自分本位と自己犠牲、悲劇と喜劇、すべてが役割を行ったり来たりしている、そんな入れ替え可能な世界の真理を『ばけばけ』は見つめている。それはヘブンの目を通しているのだと思う。

フォトギャラリー

主なシーンより

第21週(2月23日~2月27日)

「カク、ノ、ヒト。」あらすじ

熊本での執筆活動に精をだすヘブン(トミー・バストウ)に安心するトキ(高石あかり)や松野家の面々。そんな中、ヘブンが働く学校が閉鎖されるうわさが広まる。仕事がなくなれば、大所帯となった松野家は生きていくことができない。教師がダメなら、執筆活動で生活費を稼ぐしかない。しかし、ヘブンは学校の仕事に追われてそれどころではなかった。トキたちはヘブンの執筆活動を手助けしようと動き出す。

連続テレビ小説『ばけばけ』

作品情報

連続テレビ小説「ばけばけ」。松江の没落士族の娘・小泉セツとラフカディオ・ハーン(小泉八雲)をモデルに、西洋化で急速に時代が移り変わっていく明治日本の中で埋もれていった人々を描きます。「怪談」を愛し、外国人の夫と共に、何気ない日常の日々を歩んでいく夫婦の物語です。

【作】 ふじきみつ彦

【音楽】 牛尾憲輔

【主題歌】 ハンバート ハンバート「笑ったり転んだり」

【出演】高石あかり(「高」の表記は、正確には「はしごだか」) トミー・バストウ / シャーロット・ケイト・フォックス 大西信満 芋生悠 ジョー・トレメイン 橋本淳 杉田雷麟 日高由起刀 夏目透羽 / 渡辺江里子 木村美穂 / 蓮佛美沙子 / 岡部たかし 池脇千鶴 ほか

【放送】 2025年9月29日(月)から放送開始