希少疾患と闘う3歳の男の子や難病の祖母を救いたい…かつての創薬大国・日本で、新薬開発を阻む「死の谷」に挑む研究者たち

■希少疾患と闘う3歳の男の子, ■独自技術「Staple核酸」と開発阻む「死の谷」, ■祖母を救いたい…学生研究者の葛藤, ■ベンチャー立ち上げと世界への挑戦, ■揺らぐ「創薬大国」の地位と政策の壁, ■それでも歩みを止めない

希少疾患と闘う3歳の男の子や難病の祖母を救いたい…かつての創薬大国・日本で、新薬開発を阻む「死の谷」に挑む研究者たち

■希少疾患と闘う3歳の男の子, ■独自技術「Staple核酸」と開発阻む「死の谷」, ■祖母を救いたい…学生研究者の葛藤, ■ベンチャー立ち上げと世界への挑戦, ■揺らぐ「創薬大国」の地位と政策の壁, ■それでも歩みを止めない

国内の患者の数が5万人に満たない病は「希少疾患」と呼ばれる。一つひとつの病の患者の数は少なくても、世界には7000種、3億人の患者がいるとされている。そのほとんどに治療法がない。

熊本大学の勝田陽介准教授らは、独自技術「Staple核酸」を使い、「希少疾患」の薬の開発に挑む研究者だ。薬の開発はとても難しく、成功確率3万分の1、数百億円もの莫大な費用と10年以上の時間がかかると言われている。勝田准教授らはベンチャー企業「StapleBio」を立ち上げ、資金集めに奔走しているが、「死の谷」と呼ばれる現象が立ち塞がる。

かつて「創薬大国」と呼ばれた日本。「死の谷」に挑む研究者たちの姿を通して、「新薬」をめぐる激動の時代を見つめる。

■希少疾患と闘う3歳の男の子

■希少疾患と闘う3歳の男の子, ■独自技術「Staple核酸」と開発阻む「死の谷」, ■祖母を救いたい…学生研究者の葛藤, ■ベンチャー立ち上げと世界への挑戦, ■揺らぐ「創薬大国」の地位と政策の壁, ■それでも歩みを止めない

熊本大学の工学部で教壇に立つのは勝田陽介准教授。「希少疾患に分類される患者はいっぱいいる。そういう人たちに薬が届かない。すごくお金をかけても、採算が取れなければ製薬会社はつくることができない」(勝田准教授)

熊本県玉東町(ぎょくとうまち)に暮らす3歳の平井謙くんは、遺伝子が変異し血管が異常に伸びてしまう病を患っている。そのため、血を吐いたり、てんかんが起きてしまうという。同じ症例は国内で6例報告されている。

「この子の胸の中には針金みたいなコイルがいっぱい詰まっている。頑張っているなって感じはしますね」(母・茉衣美さん)。

「先生たちに呼ばれて説明受けたんですけど全くわからない。長生きできるんだろうか、すぐ死ぬんだろうか、そこばっかり考えていた」(父・譲さん)

異常に伸びた血管を塞ぎ、てんかんを抑えるための装置を体に入れている。

国内の患者の数が5万人に満たない病は希少疾患と呼ばれ、世界には7000種、3億人の患者がいると推計されている。半数が謙くんのような子どもで、大人になる前に亡くなるケースもある。ほとんどに治療法がない。謙くんは血管が伸びるたび、入院と手術を繰り返している。

「僕たちの技術はひとつうまくいくとしたらいろいろな希少疾患に広がりがある。ひとつ治すことができたら、これもあれもって治すことができる可能性がある」(勝田准教授)

多くの病には遺伝子からつくられるたんぱく質が関係している。たんぱく質には免疫や代謝、神経伝達など重要な役割を持つものもあり、このバランスが崩れると病気が引き起こされる。謙くんの病気も変異した遺伝子からつくられるたんぱく質が関係していると考えられている。

■独自技術「Staple核酸」と開発阻む「死の谷」

■希少疾患と闘う3歳の男の子, ■独自技術「Staple核酸」と開発阻む「死の谷」, ■祖母を救いたい…学生研究者の葛藤, ■ベンチャー立ち上げと世界への挑戦, ■揺らぐ「創薬大国」の地位と政策の壁, ■それでも歩みを止めない

勝田准教授らが開発した「Staple核酸」は病の原因となっているたんぱく質の量を調節できる独自技術で、すでに複数の病に薬となりうるデータが得られている。

「君たちが将来結婚して子どもが生まれたとしましょう。確率論からいうなら、この中の誰かの子どもがそうなるかもれない。その時に『治療法がないから無理です』と言われる。自分がある技術を持っていて、こういう病気を絶対に治すと本気で思っている。そこだけは絶対に曲げない」(勝田准教授の講義より)

少しでも多くの人に関心を持ってほしい。薬の開発には乗り越えなければならない多くの壁が存在する。

「数億円でできる薬はまずない。何十億・百億円くらいの資金が必要になることは新薬をつくるとしたら覚悟しないといけない」(日本製薬工業協会 森和彦専務理事)

さらに、薬をひとつ開発するためには動物やヒトで安全性や効果を確認する臨床試験などに10年以上もの時間がかる。日本にはこの過程で開発まで至れない深い谷「死の谷」が存在する。

「『死の谷』はすべての大学発ベンチャーが直面する現象。(日本では)『死の谷』を越えるための人・物・金・情報がなかなか得にくい」(慶応義塾大学大学院 経営管理研究科 中村洋教授)

官民の支援や連携が十分でなく臨床試験などにかかる莫大な費用を調達できず「死の谷」に陥る。

■祖母を救いたい…学生研究者の葛藤

■希少疾患と闘う3歳の男の子, ■独自技術「Staple核酸」と開発阻む「死の谷」, ■祖母を救いたい…学生研究者の葛藤, ■ベンチャー立ち上げと世界への挑戦, ■揺らぐ「創薬大国」の地位と政策の壁, ■それでも歩みを止めない

勝田准教授のもとで薬の研究に取り組む学生の長谷川結愛さん。祖母の君子さんは6年前、多系統萎縮症という病を患った。

「ちょっとずつ症状が進んでくる。昨日できていたことが、今日はできなくて」(祖父・晴幸さん)

脳に異常なたんぱく質がたまり、体が動かなくなる進行性の病で、全国に1万人の患者がいる。発症すると余命はおよそ9年と言われている。

「偶然、勝田先生とお話しする機会があって、今は治せない希少疾患を治せるようになるかもしれないっていう中に祖母の病名があるのを聞いて」(長谷川さん)

祖母に薬を届けたいと研究に励むが、病は進行し体の自由も、薬を待ち望む声さえも失われていく。

「『なんで私が』『悔しい』『悔しい辛い』って。さっきも『自分で死ねるうちに死んでおけばよかった』って」(母・暁湖さん)

実験では病の原因となっているたんぱく質を減らすことには成功した。しかし、祖母に薬を届けることは叶わない。

「何千・何万分の1で発症する病気かもしれないですけど、私たちにとってはおばあちゃんっていう1分の1の存在なので。『Staple核酸』だったら治せるかもしれないと、希望が私の中でも見えてきたなっていう時に制度の問題がとか日本はまだとか言われたら、理解はできるんですけど納得はできなくて。せっかく技術はあるのに届けるすべが今なんでないんだろうと思っている」(長谷川さん、以下同)

「祖母だけじゃなくて全世界に待っている人がいると知ってしまった。誰かが進めていかないといけない業界だから、そこに自分もいて何かできることをやりたい」

「興味を持つということが治療薬開発の第一歩。多くの人に我々の活動に興味を持っていただいて、我々を見続けてほしい。我々は誠実に応えようと努力をする。とにかく興味を持って見続けてほしい」(勝田准教授)

希少な病でも、すべてあわせると人口のおよそ4%。これはあなたやあなたの大切な人がその病にかかる確率でもある。

■ベンチャー立ち上げと世界への挑戦

■希少疾患と闘う3歳の男の子, ■独自技術「Staple核酸」と開発阻む「死の谷」, ■祖母を救いたい…学生研究者の葛藤, ■ベンチャー立ち上げと世界への挑戦, ■揺らぐ「創薬大国」の地位と政策の壁, ■それでも歩みを止めない

薬の開発には、莫大な費用がかかる。勝田准教授は「僕の負の遺産ですね」と言いながらあるファイルを見せてくれた。「『Staple核酸』を最初考えた時に(研究費の申請を)いっぱい出したんです。ほとんど駄目でした」。

国の予算も限られ、思うように開発は進まない。勝田准教授は「死の谷」を越えるためにベンチャー企業「StapleBio」を立ち上げた。

「日本の技術って優れた、欧米に負けないような技術があるのに、会社をつくって実用化されることがないなと。勝田先生の技術は本当にユニークで、『賭けてみたい』と思った」(StapleBio 谷川清代表取締役CEO)

共同創業者の谷川代表は製薬企業の出身で、会社の経営戦略などを担っている。研究をスタートして6年。薬の開発が大きく動き出す。

2023年10月、「Staple核酸」の実験結果を医学系の大学関係者らに説明した。

「素晴らしい進展があって、非常に感激しました」(佐谷医師)

日本癌学会の理事長を務めた佐谷秀行医師は、さまざまな病の薬になり得る実験結果に驚きの声を上げた。「このプラットフォーム技術は世界中の人が欲しがる素晴らしいものになるのではないか」。

勝田さんらの研究に注目が集まり始める。2024年5月、研究成果に興味を持った投資家らが一堂に会した。そこには実験結果を高く評価した佐谷医師の姿もあった。

「私たちが持っている技術・医学的な見地から、『Staple核酸』を実装化していくのに対して内部から全力でサポート・貢献できれば」(佐谷医師)

銀行や製薬系の投資会社から4億6000万円の投資が集まった。「ベンチャーは次の目標に向けて資金調達の繰り返しになる。実績を出しながら信頼関係を築きながら、ここからさらに2年間が勝負です」(谷川代表)

2024年8月、ビジネスコンテストの世界大会にも挑んだ。「多くの方に希少疾患を知っていただくチャンス。本当に治そうとしている会社があると知っていただくいいチャンス」(勝田准教授)

100以上の国と地域で開催される世界最大規模のコンテストで、優勝者は日本代表としてアメリカの本選に進出する。製造現場の人手不足を解決するAI技術や微細な手術を可能にするロボット開発などそれぞれが社会課題の解決に挑む企業だ。

「しゃべってきた回数は今日のスピーカーの誰よりも多いと思う。研究のプレゼンもそうですし、会社つくってなおのこと『僕ができることはしゃべってお金を取ってくることだ』と言っている」(長谷川さん)

「多くの企業をこの業界に巻き込み、すべての希少疾患に対して業界全体で宣戦布告をする。僕たちはそれをリードする会社でありたい」(勝田准教授)

治療法のない様々な病の薬となり得る技術。世界中に薬を待つ人たちがいる。

StapleBioは本戦に進むことが決まった。平野洋一郎審査員長は「今だけでなくて世界に対してその未来にどれだけ役立てるかこの可能性を考えた」と評価した。

「1秒でも早く薬を届ける。僕は大学発のベンチャーなので学生を含めいろいろな方と話をしながら目指していきたい」(勝田准教授)

大きく前進した手応えを感じた。

■揺らぐ「創薬大国」の地位と政策の壁

■希少疾患と闘う3歳の男の子, ■独自技術「Staple核酸」と開発阻む「死の谷」, ■祖母を救いたい…学生研究者の葛藤, ■ベンチャー立ち上げと世界への挑戦, ■揺らぐ「創薬大国」の地位と政策の壁, ■それでも歩みを止めない

2024年11月、進行性の病を患っていた祖母が入院した。「今の時点で知らされているのは退院はできないだろうと」(長谷川さん)

「口が開いたままの状態で、手首とか指とか固まってボタン(ナースコール)も押すことができない」(祖父・晴幸さん)

「『(薬は)もうすぐだよね』って会いに行くたびに言われていたから、たぶんもうすぐだと思っていたと思うんですけど、私はもうすぐじゃないとわかっていながら研究が進んでいると言うしかなくて。実験をやっている側の感情と家族としてもうすぐだよって望みをかけていたけど、無責任な声掛けで最後に私に対して残る感情が何なんだろうという苦しさがある」(長谷川さん)

薬を届けたいという思いは叶わず、2024年の末、祖母は亡くなった。薬を届けることの難しさを痛感した。

「本来治らないはずの病気を治すなんて不可能じゃないですか。治したいと思ってしまうことですら本来おこがましい事なのかもしれないですけど。でも、興味を持っちゃいましたからね」(勝田准教授)

2025年5月、アメリカからニュースが届いた。生後間もない赤ちゃんの遺伝子変異を特定して、この赤ちゃんのためだけのオーダーメイドの薬が作られた。開発から投与されるまでにかかった期間はわずか半年だった。

日本はかつて「創薬大国」とも呼ばれていたが、医薬品の世界の売り上げ上位300品目で見た国内企業の作った製品の数は年々減り続けている。さらに新型コロナのワクチンの開発でも海外に後れを取り、2022年には4兆6000億円もの赤字となっている。

2024年、政府はこの状況を打開しようと動いた。「日本を世界の人々に貢献できる『創薬の地』としていく。政府がコミットしていくことを、ここに宣言をいたします」(岸田文雄元総理)

「医薬品」を今後の日本の成長を担う「基幹産業」とし、国内外からの投資や人材などを呼び込んで、世界を巻き込んだ体制づくりを進めると宣言した。

ところが事態は一変。「ファルマにとっても加盟企業にとっても、大変前向きなメッセージだった。(政権が変わり)2024年12月に残念ながら前向きだった政策が逆転してしまった」(米国研究製薬工業協会 PhRMA ハンス・クレム日本代表)

世界で最も新薬の開発が盛んなアメリカの業界団体は不信感をあらわにする。理由は国が決めた薬の公定価格だ。高齢化が進み、国民医療費が増加するなか、国は医療費を抑えるため、毎年のように薬の価格を改定する。国は医薬品産業への支援を強化すると表明した一方で、2025年度、「新薬」の43%の価格を引き下げた。

「私たちが政府に求めることは特許期間中に革新的な医薬品の価格を保護し、イノベーションを支援する政策枠組みを導入すること」(ハンス・クレム代表)

開発される新薬の価値が正しく評価されなければ世界から投資は集まらない。この問題が解決されるまで政府が掲げる取り組みへの参画を留保するとけん制したのだ。

■それでも歩みを止めない

■希少疾患と闘う3歳の男の子, ■独自技術「Staple核酸」と開発阻む「死の谷」, ■祖母を救いたい…学生研究者の葛藤, ■ベンチャー立ち上げと世界への挑戦, ■揺らぐ「創薬大国」の地位と政策の壁, ■それでも歩みを止めない

どんな状況でも、研究者たちは開発を進めるしかない。

「今回届いたのが患者さん由来の細胞で増殖できる数に限りがあったり、かなりデリケートなので管理に気を使う」(長谷川さん)

研究はヒトへの臨床試験を見据えた次のステップに。進むたび、開発資金は膨れ上がる。

2025年5月、血管が異常に伸びる病を患う謙くんは19回目の手術を終え退院した。薬がない現状では、手術を繰り返していかなければ生きてはいけない。

「安全性が担保されていない、担保されるべきというのはすごく理解できる。まったくもって手が届かないなら仕方ないですけど、少しでも可能性が残されていれば、あの時ああしとけばよかったとは思いたくない」(母・茉衣美さん)

研究チームは今日も薬の開発を続けている。次は十億円を超える資金を集める必要がある。

「一番の勝負どころじゃないですかね。臨床試験に進めるかもそうですし、今自分が倒れたらどうなるんだろうと考えると怖さはある。みんな頑張ってくれている時に研究費がなくなってしまったらどうしようって。いろいろな人の思いが少しずつ大きくなる。一生懸命頑張らないといけないと感じる」(勝田准教授)

「死の谷」の向こうに薬を待つ人がいる。研究者たちはきょうも歩みを進めている。

(熊本朝日放送制作 テレメンタリー『「死の谷」に挑む~かつての創薬大国で~』より)

【映像】希少疾患と闘う平井謙くん(3)

【画像】希少疾患と闘う平井謙くん(3)

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