WBCは現代の「まんじゅう怖い」であってほしい! サブスク席巻で庶民の“共通言語”がますます失われていく?

WBCで満塁ホームランを放った大谷翔平選手(写真:CTK Photo/アフロ)
(立川 談慶:落語家、著述家、筋トレ愛好家)
待ちに待ったWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)が始まっております。日本代表の初戦は、台湾を相手に大量13得点の7回コールド。大谷翔平選手の衝撃の満塁ホームランから歴史的な爆勝で幕を開けました。
ただ、それでもどことなく、前回開催された3年前ほどの熱気にこの先も包まれていくのか、どうなんだろうという気が、個人的にしています。それは、テレビをつけてチャンネルを変えても、その熱狂を見ることができないから。
そう、今回のWBCは、特定のプラットフォーム(編集部注:ネットフリックス)に加入しなければ、その熱狂の輪に加わることが許されないのです。
巷では早速加入したという、見事にネトフリの術中にハマってしまっている人もいて、「大谷の満塁ホームランを観られた!」と興奮気味に話してはいます。
無論、水を差したいわけではありません。
ただ、なんとなく、ただでさえ国内のプロ野球中継もなかなか放送しなくなってきているのも含めて、なんだかなあとしっくりしない心持ちになってしまっているのは、私だけではないものと確信します。
3年前、私はWBCに救われた
3年前の春、私はWBCに救われた思いをしていました。
その頃、私は、本格的な役者デビューとなった映画『碁盤斬り』(主演・草彅剛)の撮影のまっただ中。京都は太秦にいました。この映画は落語『柳田格之進』が原作です。
きっかけは、さらにさかのぼること3年。コロナ禍のことでした。当時は完全に落語の仕事がなくなっていました。
苦肉の策で作家と名乗り、なんとか出版を重ねてその原稿料で家計を支え続けていたのです。
その流れで小説『花は咲けども噺せども』を著し、一番最初に書いた本『大事なことは立川談志に教わった』を面白がってくださった脚本家の加藤正人さんの手ほどきとサポートを賜り、脚本化までこぎつけたのです。
人生、何が幸いするかわかりません。
その脱稿祝いで加藤さんと飲んでいた写真をSNSにアップしたところ、加藤さんが脚本を務めた『碁盤斬り』の関係者の目に留まり、「落語家さんを紹介してほしい」という流れで、『碁盤斬り』主人公の柳田格之進が住む長屋の大家・八兵衛役を賜ったのです。
それまでVシネマやテレビドラマへの出演はかなりありましたが、本格的な映画への出演は願ってもないことでした。まして『孤狼の血』などのバイオレンス映画で一世を風靡している白石和彌監督がメガホンを取る初の時代劇というのですから、私にしてみれば落ち着いていながらも激しく、楽しいながらも緊張感が漂う現場でした。
映画の冒頭から私のセリフで始まるという流れで、草彅さんの娘役には清原果耶さん、ほかには國村準さん、音尾琢真さんら、初顔合わせの俳優陣やスタッフとの間に流れる空気は心地よいとはいえ、ピンと張り詰めていました。
現場は無口になりがちで、それはそれで決して不快ではなかったのですが、かようなコミュニティでの距離感を一気に詰めて、軽やかな空気に変えてくれたのが、WBCでした。
今年のWBCで失われた“あの”感覚
役者やスタッフの多くが、WBCの話題に関心を持ち、テレビでも見ていました。現場でも、快進撃を続ける日本代表チームの活躍を報じるテレビやラジオに、皆がくぎ付けとなっていました。
各自の収録が終わる度に、
「大谷、快投です!」
「打ちました!」
などの話題で持ち切りだったのです。

WBC日本代表、写真撮影のためグランドに出る大谷翔平(中央)、2026年3月4日撮影=東京ドーム(写真:スポーツ報知/アフロ)
セットの裏側で、あるいは休憩時間のわずかな合間に、
「今の見ましたか?」
「大谷があそこで……」
と交わされる言葉は、初対面の役者・スタッフの間で“緩衝材”としての役割を担うようになりました。ベテランの國村隼さんとラジオを真ん中に置きながら休憩中に飲んだコーヒーの味は、インスタントでしたが格別でした。
私は大家で、國村さんは大店の主という役柄の壁を越えて、WBCのプレーに一喜一憂する……。
それ以降、國村さんと打ち解けてゆくにつれ、野球は単なるスポーツではなく、見知らぬ者同士をつなぐ「最強のコミュニケーション・ツール」だなぁと感謝した次第です。
他方、今年のWBCはどうでしょうか。
特定のプラットフォーム(編集部注:ネットフリックス)に加入しなければ、その熱狂の輪に加わることが許されないのです。この事実に、大仰かもしれませんが、言葉にしがたい「世知辛さ」を覚えずにはいられません。
かつてテレビは、スイッチ一つで世界と繋がれる「開かれた窓」でした。裕福な家庭も、生活のやりくりに苦心する庶民も、同じ夜に同じ画面を見つめ、翌朝の駅のホームや職場の給湯室で「共通言語」を交わすことができていました。そこには、さまざまな立場を一時的に忘れさせてくれる「情報の平等性」があったようにも思えます。
ところが、人気スポーツイベントの放映権高騰という「現代資本主義の理屈」によって、落語会でいうところの入場料、「木戸銭」が課されるようになりました。「金を払った者だけが、共通の話題に入る権利を得る」というものです。
このドライな選別は、私たちの社会から「ささやかな共通の楽しみ」を奪い、コミュニティを細分化させているようにすら思えます。この先、オリンピックのような“人類共通の祭典”すらも、サブスク課金のクローズドな空間に閉じ込められてしまう未来が訪れてしまうのではと、心配になります。
このWBCで思い出される落語があります。『まんじゅう怖い』です。
落語『まんじゅう怖い』は何を描いているのか
『まんじゅう怖い』は、ほんとに他愛ない話で、ただ「お互いに怖いものを言い合う」だけの単純なストーリーです。
長屋の若い衆が集まって、世間話のついでに「お前さんは何が怖い?」と互いの「怖いもの」を言い合います。
ヘビが怖い、クモが怖い……などと繰り出し、人一倍知恵のある奴が本当は大好きな『まんじゅう』を怖いと「逆張り」して、大好物を手に入れてしまうという話です。
そんな何気ない言い合いが、一つのコミュニティを温かく編み上げていく姿にこそ、「コミュニケーションの本質」があるような気がします。つまり、『まんじゅう怖い』という噺(はなし)の面白さは、「みんなで同じ話題に興じる力」、すなわち「共感力」、他愛のない共通の話題で盛り上がる「仲間としての空気感」こそが肝なのです。
3年前のWBCは、私にとって、まさに『まんじゅう怖い』でした。
「昨日の一打、痺れたね」「いや、私はあの守備が怖かったよ」と、誰もが同じテーマで、時には監督にもなったつもりで「あそこで交代させるべきだった」「いやあ、次が相手チームは左の4番だったからなあ」などと言い合えたことが、役者やスタッフの距離を縮め、仲間意識の情勢に一助となったのでした。
共通の「怖いもの(あるいは愛すべきもの)」を肴(さかな)に語り合うことのできる楽しさは、人生にとって欠くことのできないもの、大袈裟に言うならば、平和な社会をもたらす大切な要素なのではとも思うのです。
もし、『まんじゅう怖い』で描かれる長屋の連中が「何が怖い?」と話し合おうとしたとき、隣の八っつぁんが「俺はサブスクに入ってないから、話に入れないよ」と去っていったら、あの落語の滑稽なまでの多幸感は成立するのでしょうか。
かつて、社会の潤滑油的な役割を果たした野球のような共通の話題、庶民のささやかな話題を一部のプラットフォームが独占し、「有料コンテンツ」に囲い込んでしまう昨今の風潮は、私たちの精神的な豊かさを少しずつ削り取っていくような気がしてなりません。
マルクス流に言えば「共有の入会地」が必要だ
もちろん、ビジネスの論理を全て否定するつもりはありません。何もかもが高騰している世の中で、スポーツ大会を運営する側の理屈もわかります。
しかし、文化の火を絶やさないためには、誰もがアクセスできる「広場」、マルクス的に言うと「共有の入会地(コモンズ)」は、多少なりとも残しておくべきではないかと思うのです。
子供たちが、お金の有無にかかわらず、ヒーローの活躍に目を輝かせて翌日の教室で語り合える。
撮影現場の俳優たちが、役柄を超えて一つのプレーに魂を震わせ、そこから会話を弾ませることができる。
そんな「当たり前」の景色が、一部の契約者だけの特権にならないように。
3年前、あの京都の撮影現場に流れていた心地よい一体感を思い出すたび、私は強く願わずにはいられません。感動は、もっと自由で、もっと開かれたもので、誰の手にも届くものであってほしいなぁと。
とまあ、そんなことを来る13日の金曜日、「お江戸 上野広小路亭」にて18時から、独演会を開催いたします。演目は『阿武松』と『付き馬』。ゲストは漫談のコラアゲンはいごうまんさん。
あ、こちらは有料3千円です(笑)。

立川談慶(たてかわ・だんけい) 落語家。立川流真打ち。1965年、長野県上田市生まれ。慶應義塾大学経済学部でマルクス経済学を専攻。卒業後、株式会社ワコールで3年間の勤務を経て、1991年に立川談志18番目の弟子として入門。前座名は「立川ワコール」。二つ目昇進を機に2000年、「立川談慶」を命名。2005年、真打ちに昇進。著書に『教養としての落語』(サンマーク出版)、『落語で資本論 世知辛い資本主義社会のいなし方』、『安政五年、江戸パンデミック。〜江戸っ子流コロナ撃退法』(エムオン・エンタテインメント)、『狂気の気づかい: 伝説の落語家・立川談志に最も怒られた弟子が教わった大切なこと』(東洋経済新報社)など多数の“本書く派”落語家にして、ベンチプレスで100㎏を挙上する怪力。
関連記事
初の女性首相誕生「うれしくない」という声もあるけれど…落語で考える高市フィーバーと救世主を期待する大衆心理
すしざんまい「5億円マグロ」は今年の景気浮揚を「握っている」のか?スーパーの安売りマグロを食べながら考えた
大阪・関西万博&ミャクミャク「大成功」をもたらした「大衆の無責任」