ウシは、ウシ単独では、ウシとして地球上に存在できない…胃の中に「1gあたり100億個」も存在する細菌の正体

「わたし」の中に無数の生命が潜んでいる。

あなたの中の「他者」とは何か? 異なる生命体の共存と融合が形作る「生命」。最新研究でわかった「驚きの生命観」!

生命とは何か 溶けていく「個体」の境界線』では、科学出版賞受賞作家の中屋敷均さんが、「驚くべき生物たちの姿」を描きます。

本記事では、草食における多様な腸内細菌の働きなどについて詳しくみていきます。

(※本記事は中屋敷均『生命とは何か 溶けていく「個体」の境界線』より抜粋・編集したものです)

内なる外界

動物の発生は1細胞の受精卵から始まる。2細胞、4細胞と次々と細胞分裂を繰り返した受精卵はやがて胞胚(もしくは胚盤胞)と呼ばれる、中に空洞を持つ球形の細胞塊となる。たとえば発生の研究材料として有名なウニの胞胚では、そこから表面の一部がくぼんでいき、中の空洞に向かって押し込まれ、ついには反対側まで到達する(図2-1)。日本列島から真下に向かってトンネルをどんどんと掘り進め、最終的に少し曲がりながらブラジルに到達するようなイメージである。

ウシは、ウシ単独では、ウシとして地球上に存在できない…胃の中に「1gあたり100億個」も存在する細菌の正体

ヒトやマウスといった哺乳動物では、もう少し複雑な過程を経るが、原理としては同じことが起こる。つまり私たちヒトをはじめとする動物の体の基本構造は、中に空洞がある土管に手足や頭部がついた形をしている。このような荒っぽい説明をすると、発生学の先生には叱られそうだが、進化的には、これが私たちの体の基本設計なのである。

だから口腔から始まる食道、胃、腸といった消化管の内部は、トポロジー的には体の外部であるし、実際、体組織の外部にあたる。その消化管の中を食物や水分が通っていくが、それは体の外部を通っているに過ぎない。その体の外部にある食物に対して、消化管表面の細胞が様々な分解酵素などを分泌し、吸収を担う細胞が栄養となるものを吸収していく。一方、分解されないものや、栄養にならないものは、そのまま通り抜けて肛門から排出されることになる。その肛門とは、ウニのモデルで言うなら胞胚表面が陥没を始めた、つまりはトンネルを掘り始めた入り口に相当する部分なのである。

動物の体組織内は、自然免疫や獲得免疫といった生体防御機構を担う細胞や抗体などの分子に満ち溢れており、原則的には異物の侵入を許さない。しかし、この私たちの体内にある「外界」は、その最終防衛線の外側であり、体内と比較すれば異物の存在に寛容である。

また、そこは巨大な多細胞生物が、「食事」をしている現場であり、そのおこぼれにあずかろうとする微生物たちにとっては、またとない場所でもある。実際、そこにはおびただしい数の微生物たちが存在している。ヒトの体を構成する細胞の数は37兆2000億個とされているが、私たちの消化管に存在する微生物の総数は、少なくともそれと同等か、それ以上と推定されている。その多くは単細胞の細菌であるが、酵母などの真菌やウイルスも存在し、種レベルでみれば1000は超える多様な生物が含まれる。また同一種の微生物であっても系統に違いがあれば、生理・生態的な機能が違う場合もあり、実際の多様性はより複雑なものになっているだろう。

そういった多彩な微生物たちが持つ遺伝子の中には、ヒトゲノムにはない機能を持つものが多く含まれており、その集団としての遺伝子総数は約330万個(2億3200万個という推定値もある)に上るとされている(*1)。ヒトゲノムに存在するタンパク質をコードする遺伝子は約2万個と言われているが、その数をはるかに上回る未知の遺伝子プールを、私たちは腸内に併せ持っているのである(図2-2)。

草食動物の単位とは何か?

地球上で最大のバイオマス〔章末註1〕となっている植物が持つ主要な炭素源は、セルロースやヘミセルロースなどの細胞壁構成成分であり、中でもセルロースはその40~50%を占めている。この豊富な植物のバイオマスを利用する草食動物は、理にかなった食性であり、その種数も個体数も肉食動物よりはるかに多い。そんな草食動物たちの被食から逃げも隠れもできない植物は、自分を守るために様々な工夫をして生き残ってきている。その一つが自身の体を構成するセルロース、ヘミセルロース、リグニンなどが、いずれも難分解性の化学物質であり、捕食者にとって食べにくいものになっていることである。

何百年も朽ちない法隆寺のような木材建築が存在するのは、その難分解性のおかげである。実際、肉食のネコやライオンなどは言うに及ばず、ウシやヤギなどを含めた草食動物も、セルロースやヘミセルロースなどを、自分自身では分解することができない。では、草食動物は、自分で分解できないものを、いったいどうやって栄養源としているのだろうか?

その答えが、腸内細菌である。微生物の中には、セルロースやヘミセルロースを分解する酵素を作るものがおり、草食の哺乳動物は、自分のゲノムにコードされていない分解酵素を、そういった腸内細菌が持つ遺伝子によって補っている。

一般に草食動物は肉食動物に比べて消化管が長く、肉食動物の消化管は体長の3~5倍程度であるのに対して、草食動物では体長の10倍を超える消化管を持っているものも珍しくない。実は、この草食動物の消化管は、微生物の培養タンクのような役割を持っており、その長い消化管を使って微生物が活発に活動できるような環境を作り、複雑な植物バイオマスの分解を可能としているのである。

草食動物と一口に言っても、栄養豊富で食べやすい果実や塊茎などを主体に食べるものも少なくないが、いわゆる「草を食む」ことに特化した筋金入りの草食動物が、ウシやヤギなどの反芻動物と呼ばれる偶蹄目のグループである。これらの動物は、第1から第4までの4つの胃を持つが、第4胃が通常の哺乳動物の胃にあたることから、他の3つは「前胃」と称されることもある(図2-3)。その中でも、特に第1胃はルーメンと呼ばれ、他の「胃」と比べて容量が大きく、セルロースやヘミセルロースなどを分解する微生物の主要な培養タンクの役割を果たしている。ここでは内容物1gあたりに約100億もの細菌類と50万~100万の原生動物が含まれていると言われている。

反芻動物の唾液には腸内微生物の成育を促進する尿素などが含まれており、それがルーメンで酸性化した内容物を中和する役割も併せ持っている。咀嚼された植物組織と唾液の混合物は、微生物の作用で徐々に分解されていくが、分解されていない固形物は、再度、口に戻され、また唾液と混ぜ合わされて咀嚼され、ルーメンや第2胃へと戻ってくる。これが反芻であり、時間をかけてゆっくりと難分解性の植物組織が分解されていくプロセスである。

これら胃の内部は酸素が少ない嫌気性条件下にあり、発酵によって代謝されたセルロースやヘミセルロースからは、酢酸、プロピオン酸や酪酸といった揮発性脂肪酸〔章末註2〕を主体とした低分子の有機物が産生される。セルロースはグルコースが重合したもので、これを分解すると、当然グルコースが遊離してくるのだが、これらは微生物に利用されてしまい、その食べ残しのような揮発性脂肪酸が、反芻動物の主なエネルギー源となっている。第3胃では、ミネラルや水分が吸収され、残った分解物が発酵を担った微生物とともに、第4胃に送られる。そこで微生物は胃液により殺菌、分解され、小腸へと送られて、タンパク源として吸収されることになる。反芻動物にとって腸内細菌は、植物バイオマスを分解してくれるパートナーであるが、そこで得られた炭水化物を、タンパク質に変換して提供してもらう、少し可哀相な「家畜」のような存在にもなっている。

生物にとって、外界からエネルギーを取り入れて代謝し、自己複製することは根源的な生命活動である。しかし、反芻動物を含む草食動物は、その基本中の基本が自己完結していないように思える。それは腸内細菌がいなければ、主食である植物からエネルギーを摂取することができないからである。生態系における草食動物の存在は、腸内細菌との共存が前提となっており、それ抜きでは、現実的に生物種として成立していない。ウシは、ウシ単独では、ウシとして地球上に存在できないのである。

草食における多様な腸内細菌の働き

ここまで偶蹄目の反芻動物を紹介したが、たとえばウマやサイなどの奇蹄目の動物では、腸内細菌はまた少し違った働き方をしている。奇蹄目の動物には、胃が1つしかなく、雑食性のヒトなどと、ほぼ同様の体の仕組みをしている。これらの動物は草だけでなく栄養豊富な果実や貯蔵根や塊茎なども食物としており、そういった易分解性の栄養源は胃で分解され、小腸で栄養が吸収される。

一方、難分解性のセルロースやヘミセルロースなどは、ほぼ分解されず、胃や小腸を通過していくことになるが、小腸の後ろにある長い盲腸がこれらを分解するための腸内細菌の培養タンクとなっている。盲腸内ではルーメンのような嫌気的発酵が起こり、生じた揮発性脂肪酸が栄養分として吸収される。ただし、この場合、反芻動物のように腸内細菌を胃液で殺菌して栄養分として吸収することはできないため、共生という意味ではより平和だが、セルロースやヘミセルロースなどのエネルギー利用効率は低くなってしまう欠点もある。

雑食性のヒトは、長い盲腸も持たないが、難消化性のデンプンや食物繊維などは大腸に棲む腸内細菌の発酵作用により揮発性脂肪酸へと変換され、吸収されている。ヒトにおいても、腸内細菌は難分解性の食物を分解することに大いに役立っているのだ。

興味深いことに、ヒト腸内にもセルロースを分解する Ruminococcus 属細菌が存在することが、2024年の『サイエンス』誌に報告された(*2)。これらの菌は、ヒト以外の霊長類では多く見つかり、ヒトにおいても古代人、狩猟採集民、また農村部に住む人の大腸にも比較的豊富に存在する傾向があった。一方、都市化が進んだ地域ではこういった菌を持つ人の比率が大きく低下していた。つまりヒトもかつてはセルロースのような植物繊維を栄養源とする能力を持っており、現在も潜在的にはあると推定されるが、文明化に伴った食生活や生活習慣の変化で、腸内細菌叢が変化し、その能力が消滅しかかっていることが窺われる結果となっている。

腸内細菌の草食動物に対する貢献は、植物組織の分解だけにとどまらない。植物は自分の体を守るために、固い細胞壁に加えて、捕食者に有害な様々な二次代謝物、すなわち「毒」を作っている。代表的なものにはテルペン、アルカロイド、シアン配糖体などが挙げられる。猛毒で有名なトリカブトの毒は、ジテルペン系アルカロイドのアコニチンが主成分である。腸内細菌は、こういった有毒物質の解毒にも一役買っていることが知られている。

有名な事例としてはギンネムが作るミモシンとその誘導体の 3,4-ジヒドロキシピリジンの無毒化作用が挙げられる。日本人にはあまりなじみがないが、ギンネムは亜熱帯地方で家畜飼料としてよく栽培されている、ネムノキに似た低木である。貧栄養な環境でも成長が早いという優れた特徴を持っているが、この木の若葉や芽にはアルカロイドの一種であるミモシンが含まれている。

このミモシンに対する家畜の感受性は、地域によって差があることが知られていた。特にオーストラリアの家畜はミモシンに弱く、ウシやヒツジなどのミモシン中毒が問題となっていた。この感受性の差を生み出していたのが、ミモシンを分解する腸内細菌の Synergistes jonesii で、オーストラリアの家畜はこの菌を持っていなかったのだ。実験的にミモシン耐性を持つハワイのヤギのルーメン液をオーストラリアのヤギに移植すると、ミモシン耐性となることが判明した(*3)。これを受けて、オーストラリア政府は、重要な家畜であるウシなどにも S.jonesii を含むルーメン液を投与し、この問題の解決に成功している。

また、この文脈で一番有名な例は、やはりコアラの持つ腸内細菌であろう。コアラはよく知られているように、オセアニアに自生するユーカリの葉しか食べない(図2-4)。しかし、ユーカリには、青酸化合物や高濃度のタンニン、フェノール、テルペンといった様々な有害物質が含まれており、一般的に言えば、まったく食用に適さない。コアラが猛毒を含むユーカリを主食にできるのは、彼らが持つ腸内細菌のおかげである。たとえば、タンニンはタンパク質に結合する性質があり、タンニン―タンパク質の複合体となると、消化できなくなってしまう。しかし、コアラの腸内細菌の中にはタンニンとタンパク質を遊離させる酵素(タンナーゼ)を持っているものがおり、この複合体を分離してタンパク質の消化を助けてくれる働きがある(*4)。コアラの腸内細菌の作用機構は、まだその全貌が解明されたわけではないが、腸内微生物の助けを借りて100時間とも言われる時間をかけ、ゆっくりとユーカリを分解していくのである。

図2-4

腸内細菌はユーカリを分解するために必須の存在であり、これを持たない生まれたてのコアラは、ユーカリを食べることができない。有袋類であるコアラは、生まれてしばらくの間は、お母さんの袋の中でお乳を飲んで育つが、乳離れをする頃になると、母コアラはパップと呼ばれる盲腸で作られた特殊な排泄物を赤ちゃんコアラに離乳食として与える。この中には、ユーカリを分解するために必要な腸内細菌が詰まっており、母コアラからこのパップをもらって初めて、子コアラは生態系の中で独り立ちできるのである。

私たち生物は皆、親から受け取った遺伝子を、自分の子孫に伝えていく。その遺伝子とは、この生態系の中で自己複製し、命をつないで、子孫を作っていくためのノウハウの結晶と言ってよいものである。しかし、コアラにとっては、自分が持つ遺伝子を受け渡すだけでは、その子孫がこの生態系の中で生きていくのに不十分であり、自分が持つ微生物を、つまりそれらが持つ遺伝子を含めて、受け渡すことが必須なのである。コアラもまた、コアラ単独では、コアラとして地球上に存在することができないのである。

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章末註1 バイオマス:生物(バイオ)と量(マス)を合わせた造語で、特定の時点においてある空間に存在する生物由来の物質量を指す。

章末註2 揮発性脂肪酸:酢酸、プロピオン酸、酪酸などに代表される、常温で揮発しやすい短鎖の脂肪酸を指す。動物の消化管内に生息する微生物が、植物の繊維などを分解・発酵する過程で産生され、草食動物の主要なエネルギー源となる。

*1 Qin J et al. (2010) Nature 464, 59–65.

*2 Moraïs S et al. (2024) Science 383, eadj9223.

*3 Jones R J et al. (1986) Aust. Vet. J. 63, 259–262.

*4 Osawa R et al. (1993) Biodegradation 4, 91–99.