渋谷から一駅なのに「街の電気屋」が大繁盛の謎

池尻大橋に並ぶ2棟のタワマン(筆者撮影)
高速道路しか印象にない街
三軒茶屋から渋谷まで歩いたことが何度かある。国道246号を使えばほぼまっすぐ渋谷に着く。距離は3kmほどだが、ここを歩いていると、とても乾いた気分になる。首都高3号線の高架が246号を覆いつくすようにあるし、道の両側には真四角で煤けたぶっきらぼうなビルがびっしり並んでいる。これら高架とビルのせいで、通りは日中も太陽の光に乏しい。
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三軒茶屋あたりは、こじゃれた喫茶店やレストランなどがあって、なんとなく賑わっている。渋谷は国内でも有数の大都市だ。その間に池尻大橋駅があるのは知っていたが、これまで気にとめたことはなかった。「駅はあるけど街はないな」くらいに思っていた。
池尻大橋駅には東西南北に出口がある。地図を眺めると、北口と東口が目黒区で、西口と南口が世田谷区であることがわかる。駅の東側に目黒川が流れ、その向こうに地域のランドマーク、大橋ジャンクションが見える。

輪っかの両隣にあるタワマンの影が長く伸びているのがわかる。「国土地理院 電子国土WEB」より
池尻大橋駅界隈の地図を上から覗くと、国道246号沿いに丸い輪っか(直径130~175mの楕円)があり、それを挟むようにタワーマンションが建っている。その輪っかが「大橋ジャンクション(目黒区大橋1~2丁目周辺)」で、これを挟んでいるタワマンは「クロスエアタワー(目黒区大橋1-5)」と「プリズムタワー(目黒区大橋1-10-1)」だ。これらが、約3万8000平方メートルの地域にすっぽり収まっている。
同ジャンクションは「2013グッドデザイン・未来づくりデザイン賞」を受賞している。車がぐるぐる回るループ部を覆蓋(ふたのこと)で包み込み、大気汚染や騒音など周辺環境への影響を抑える設計が特徴で、「巨大構造物でありながら、都市生活への負荷を減らし、機能性と環境配慮を両立させたこと」が、受賞のポイントなのだそうだ。
天気のいい日は富士山も見える
大橋ジャンクションの屋上は「目黒天空庭園」と名付けられた約7000㎡の公園になっている。桜や松など、植樹された1000本以上の樹木のなかには、住民がワインを作るためのブドウの木もあるらしい。天気のいい日は富士山を見ることもできるという。入場は無料だ。

目黒天空庭園(筆者撮影)
ここを歩いていると、まさかジャンクションの屋上とは思えない。両側に立つタワマン、プリズムタワーの5階、クロスエアタワーの9階は庭園に直結している。グッドデザイン賞の受賞理由はこの庭園の存在も大きい。

庭園はタワマンに直結(筆者撮影)

目黒川の向こうに大橋ジャンクションが見える(筆者撮影)
池尻大橋の「大橋」は、江戸時代の文化年間(1804~18年)に目黒川に掛けられた橋なのだそうだ。明治頃までこのあたりは農村地帯で、水田や牧場が広がっていた。その後、くねくね蛇行していた大山街道がまっすぐに整備され、現在は国道246号となっている。1907年(明治40年)には、玉川電鉄(その後東急玉川線)が開通し、現在の大橋ジャンクションの場所には玉電大橋車庫があった。
こんな歴史があるのだが、前にも書いたとおり、街の印象はうすい。しかし、国道246号から1ブロック内側に入り込むと、途端に印象が変わる。
地元の人たちにはお叱りを受けそうだが、とにかく私はこれまで、三軒茶屋と渋谷の間には国道246号しかないと思っていた。もちろんそんなわけない。駅前にはおちついた商店街がある。歩いているとお揃いのシャツを着た3人の男性が、金属製の火ばさみを片手に、道端に落ちているタバコの吸い殻など、ゴミ拾いをしている姿にでくわした。商店街にある店の有志が集まって美化活動を行っているという。

池尻大橋駅前商店街の街並み(筆者撮影)
街のあれこれについて訊こうと呼び止めた。
「俺たちは新参者だから、街を語るのにはちょっと重荷なんだよね。でも、関戸さんなら生き字引だから訪ねてみるといいよ」
そんなふうに話してくれた。
都会の真ん中で「街の電気屋」が繁盛する謎
商店街の真ん中あたりにある「関戸電気商会(目黒区東山3-14-1)」は古くからこの街で営業する電気屋さんだ。従業員6人体制で、毎日大忙しなのだそうだ。

東山三丁目自治会会長・関戸正義さんと看板犬のガンモくん(筆者撮影)
代表の関戸正義さんは今年で81歳になる。父親の代からここで電気屋を営んでおり、現在は息子さんが3代目を継いでいる。関戸さんは地域自治会の会長も務めている。池尻大橋についてこんなふうに話してくれた。
「昔はこの商店街にも、魚屋とか八百屋、豆腐屋とか、なんでもあったんですよ。でも今はそうした物販はすっかり減ってしまって、そのかわりレストランなんかは増えましたね。日用品の買い物は駅にある成城石井(池尻大橋店)とかライフ(目黒大橋店)ですね。昔は商店街でなんでも揃ったんだけど、そういう意味じゃちょっと不便になったかな」(関戸さん)
物販が減ってスーパーマーケットが増えるのは、ここに限ったことではなく全国の商店街で同じことが起こっている。ただ不思議なのは、関戸電気商会の繁盛ぶりだ。既述のとおり、従業員6人で日々の仕事を回しているという。街の電気屋としてはかなりの規模だ。私は本連載を通して、たくさんの商店街を歩いてきた。電気屋、本屋、時計屋などは、スーパーや量販店におされてどんどん姿を消している。
「このへんはけっこう古い街でね。うちも古くからのお客さんに支えられているかっこうですよ。あとここらは昔は戸建ての家が多かったんだけど、今ではマンションだらけでしょ。そんな物件のオーナーさんとか、不動産屋さんとお付き合いがあるから、エアコンなどの家電製品の付け替えなんかの需要が多い。
品物を入れたあとも、テレビのリモコンの使い方がわからないとか、電子レンジ、洗濯機の使い方を教えてほしいだとか、そんな小さなお願いごとがひっきりなしでね。そういうのって、大手の量販店には頼れないでしょ。だからうちみたいな街の電気屋を便利だと思ってくれる。そんな人がたくさん住む街でもあるんですよ」(関戸さん)
知らない土地でも、「あの人に会えばわかる」と名前が挙がる人物がいる街は強い。関戸さんが「僕より、よく知ってる人がいるよ」と、まさに数珠つなぎのように、商店会の会長さんを紹介してくれた。
地価爆上がりの池尻大橋
関戸電気商会の関戸さんに教えられて向かった先は、大橋ジャンクションから目黒川を隔ててすぐの場所にある「石綿モータース(目黒区東山3-6-16)」だ。

石綿モータース(筆者撮影)
訪ねると、代表の石綿俊哉さん(66)が「これから出かけなきゃいけないけど、少しならいいよ」と話を聞かせてくれた。
「このあたりは高度経済成長期のころからずっと開発が続く場所なんですよ。64年の東京オリンピックの前後に国道246号の拡張工事もあった。以前はうちはもっと駅(池尻大橋)に近い場所にあったんだけど、61年に今のところに越してきたんです。渋谷とか中目黒がどんどん開発されているでしょ。東急の渋谷開発が一息つけば、次は池尻大橋だって言われています。そんな話とともに、地価もどんどん上がっている。10年前に比べると2倍になったくらいの印象ですね」(石綿さん)

石綿モータース代表で池尻大橋駅前商店会の会長・石綿俊哉さん(筆者撮影)
確かに地価の上昇は相当な勢いらしい。国土交通省発表の「2025年地価公示」を基にした、東京都の住宅地における地価(1平方メートル当たり)上昇率ランキングでトップをマークした地域は、池尻大橋駅から700~800メートルの場所にある「目黒区青葉台4丁目」だ。国道246号を挟んで住友不動産のタワマン「青葉台タワー(目黒区青葉台3-6-28)」も近い場所だ。
「家賃もどんどん上がっててね、坪単価3万~4万円で借りられたらラッキーって感じらしい。うちは車の整備工場だけど、会社を閉じて賃貸に出したほうが、ひょっとしたら儲かるかもしれない。でもさ、昔からのお客さんがいるから、そういうわけにもいかないでしょ」
石綿さんはそういってカラカラと笑った。
池尻大橋には、たしかに街があった
街を歩いて、地元の人たちに訊くと、「あそこのビルは◯◯が買った」「あのガソリンスタンドは東急系列が買った」と、さまざまなウワサを口にする。今後はこの街にも、さらにタワマンが立ち並ぶのかもしれない。そうなれば、地価はさらに上がるだろう。
池尻大橋には、たしかに街があった。しかも、思ったよりずっと人間くさい街だった。けれど地価が上がり、再開発の期待が高まるほど、そういう魅力は失われていくのかもしれないなあ、と街の真ん中を流れる目黒川を見て思ったのであった。

ジャンクションの輪っかの内側は運動公園になっている(筆者撮影)

目黒天空庭園とタワマン(筆者撮影)

目黒天空庭園の風景(筆者撮影)

目黒天空庭園の案内板(筆者撮影)

ジャンクションと首都高とタワマンの作りだす不思議な光景(筆者撮影)

大橋ジャンクションのある場所にかつて走っていた玉電の案内板(筆者撮影)

取材の日に立ち寄った街の人気店「カフェ・ブラン・エ・ノワール(目黒区東山3-4-10)」のガトーショコラとコーヒー。手作りのケーキが美味(筆者撮影)

地元民以外にも人気の銭湯「文化浴泉(目黒区東山3-6-8)」(筆者撮影)