映画「国宝」はなぜここまでヒットしたのか 興行収入200億円超の社会現象に 映画会社「東宝」の総合力の強さとは

■IPを預けやすい環境, ■ユーザー層裾野広がる, ■ヒットが期待できる, ■タッチポイントの強さ, ■“興行収入”が後伸び

 興行収入200億円を突破し、実写邦画の歴代記録を塗り替える歴史的大ヒットとなった映画「国宝」(李相日監督)。観客動員数は1400万人を超え、「社会現象」を巻き起こしている。吉田修一の最高傑作を実写化した、歌舞伎の深淵に挑んだ本作は、なぜこれほどまでヒットすることができたのか。AERA 2026年3月23日号より。

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 昨年6月に公開された「国宝」。歌舞伎界を舞台にしたこの映画は、主演の吉沢亮、横浜流星の熱演も評判を呼び、今年2月15日時点で観客動員数1415万人、興行収入は実写邦画では歴代最高の200億円を突破する記録的なヒット。22年ぶりに記録を塗り替えた。公開から9カ月を経過した今も上映が続くロングランとなっている。

 そして同じく好調なのが、この「国宝」を配給する映画会社の東宝だ。

 昨年の邦画の興行収入では、トップ10のうち、「国宝」をはじめ「劇場版『鬼滅の刃』」や「名探偵コナン」など、東宝の配給作品が9本を占めた。

 業績も順調だ。2026年2月期通期の連結業績予想は、営業利益が570億円から650億円、売上高が3千億円から3600億円へと昨年10月に上方修正され、過去最高益を更新する見通し。株価も昨年8月に上場来高値を更新し、ここ10年を見ても右肩上がりの傾向にある。

 好調の要因は何か。

 野村證券リサーチアナリストの三木成人さんは、「ヒットが見込める作品が集まりやすい。そんな土壌が東宝にあることがいちばんの要因です」と指摘する。

■IPを預けやすい環境, ■ユーザー層裾野広がる, ■ヒットが期待できる, ■タッチポイントの強さ, ■“興行収入”が後伸び

■IPを預けやすい環境

「ひとことで言えば、“総合力のある会社”。映画の制作や配給、興行だけでなく、アニメ事業や演劇、IP(知的財産)ビジネスなど幅広い分野を手がけています。特定の事業に依存せず、各分野がバランスよく収益を上げています。こうした多角的な強みがあることで、良い作品が集まる土壌が出来上がっているのだと思います」

 三木さんがとくに注目するのがアニメだ。劇場公開だけではなく配信や商品物販、ライセンスなど幅広く売り上げを拡大し、IP・アニメ事業は業績の牽引役となってきている。原作の権利を持つIPホルダーからしても安心してIPを預けやすい環境が整っていると三木さんは言う。

「いまでは、人気のある漫画原作を同社のアニメレーベル東宝アニメーションが関わる形でアニメ化されるケースが増えています。東宝と組めば、テレビアニメの製作に留まらず、映画化や配給、さらには舞台化などに機動的につなげることができます。こうした幅広い展開力は、IPホルダーにとっても大きなメリットになっていると思います」

 具体例として、大ヒットアニメ「呪術廻戦」を挙げる。2020年にテレビアニメ放送が始まると人気が大きく高まり、翌2021年には「劇場版 呪術廻戦0」が公開された。テレビアニメ開始から1年余りという異例の早さで映画化が実現した。

「その後も舞台化やゲーム化、新テレビシリーズの劇場先行公開などにもつながっていました。こうした多面的な展開によりIPを盛り上げることができるのは、幅広い事業を持つ東宝だからこそだと思います」(三木さん)

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■ユーザー層裾野広がる

 それにしても、コロナ禍には映画館に足を運ぶ人が減り、映画業界には大きな逆風が吹いたはずだ。悪影響はダメージとして残っていないのか。

「たしかにコロナ禍の頃は利益が縮小し、ピンチだったと言えるかもしれません。しかし逆に、その頃にステイホームで配信などを通してアニメを見る習慣がつき、さまざまなコンテンツに触れることで、ユーザー層のすそ野が広がった面もあると思います。配信であれば新作だけではなく古い作品をあらためて見ることもでき、全般的にコンテンツの価値の上昇につながった。映画界にとって新たなチャンスにつながりいまの好調があるとも考えられます」(同)

 業績はここ数年しっかり伸びていて、先行きも明るいと三木さんは評価する。今後は海外も成長領域になるという。

「これまで海外市場では十分に存在感を発揮できていませんでした。ただ、2023年には初の自社配給で北米公開した『ゴジラ-1.0』が大ヒットし、海外展開の手応えをつかんだのは大きな転機でした。今年は次作『ゴジラ-0.0』の日米同時期公開を控えており、前作以上のヒットになるか注目しています」(同)

 東宝の好調の要因について、別のアナリストにも聞いてみよう。SBI証券シニアアナリストの栗原智也さんの視点はこうだ。

「コロナ禍以降、日本アニメの存在感が世界的に高まる中、『鬼滅の刃』などの大ヒットを通じて、『人気漫画IPを東宝に任せればヒットする』という好循環を築いてきました。こうした流れからアニメ事業への期待が高まり、株価も上昇してきました。さらに今期は、『国宝』が想定を上回るヒットとなり、業績を大きく押し上げたと見ています」

■ヒットが期待できる

 東宝のアニメ事業が目指すものとは何か。

「ポイントは、東宝の言う『アニメ事業』はアニメのプロデュースではなく、作品に出資して権利を押さえ、商品化などのライセンス収入を得るIPビジネスにあります。国内外の二次利用から大きな収益を得られる体制を整えたことは、過去10年の東宝にとって大きなターニングポイントだったと思います」(栗原さん)

 では、そのIPの源泉はどこにあるのか。

「日本のアニメはいま世界で人気が高い。日本のアニメを押さえれば、世界市場を押さえられるといっても過言ではないでしょう。その日本のアニメで成功するには『どこを押さえれば』いいのか。それは、漫画で次々に原作という“金の卵”を生み出す『週刊少年ジャンプ』、すなわち集英社の作品を押さえることが重要だと思います」(同)

 実際、昨年の興行収入ランキングには、トップ5に「鬼滅の刃」「チェンソーマン」といったジャンプ作品が2本入る。

「かつてジャンプの大ヒット作品では、アニメ制作を東映アニメーション、商品化をバンダイナムコが手がけるのが主流でした。しかし近年は、東宝の配給力やマーケティング力などの総合力が評価され、多くの作品を手がけるようになってきています。いまでは、“東宝に任せればヒットが期待できる”という実績が積み重なっています」(同)

■IPを預けやすい環境, ■ユーザー層裾野広がる, ■ヒットが期待できる, ■タッチポイントの強さ, ■“興行収入”が後伸び

■タッチポイントの強さ

 東宝が集英社の原作アニメの主要プレーヤーとして存在感を高めていると栗原さんは評価する。

 もちろん、「ジャンプ」作品に限った話ではない。「週刊少年チャンピオン」(秋田書店)で連載された漫画「弱虫ペダル」は、2013年にテレビ東京系で放送が始まり、その後、劇場版アニメを東宝が配給した。テレビシリーズ放送の直後に総集編映画をイベント上映するなど、アニメ放送と劇場展開を短期間で連動させる手法は、当時としてはあまり一般的ではなかったという。

「自前の劇場網」を多く持つことも大きい。運営企業別で見た映画館のスクリーン数(24年時点)では、東宝の「TOHOシネマズ」は700を超え、イオンシネマを運営するイオンエンターテイメントに次ぐ国内2位だ。

「自社が出資した作品を、自社のスクリーンで思うように宣伝できる。ユーザーに対する“IPのタッチポイント”の強さ。これがヒット率の高さにつながっている。こういった点は、東映や松竹と比べても大きいと言えます」(同)

 実際、売上高や時価総額を見ても、東宝は2社を大きく引き離す。「国宝」の記録的なヒットも、そんな東宝の強みによるものなのか。

「東映や松竹が『国宝』を手掛けていた場合、これほどのヒットにはならなかったかもしれません。そう言えるほどの大きな差があると思います」

 こう話すのは、コンテンツビジネスにくわしいエンタメ社会学者の中山淳雄さん。

■“興行収入”が後伸び

「スクリーン数でも圧倒するなど、上映に必要な“面”を押さえられている。1980年代からマーケティングに力を入れてきて、“マーケティングの東宝”と言われるほど配給力と宣伝力が強い。国内の東宝グループ(東宝、東宝東和、東和ピクチャーズ)の配給シェアは実質的に50%超えで、この寡占度は世界の映画産業でもめずらしい」

 これまで200本を超えるヒット映画を分析してきたという中山さん。「国宝」について、とくに注目するのが、封切り後の興行収入の推移だ。

「普通のヒット映画なら、4週目くらいで伸びのカーブが下がってくる。つまり、最初の1カ月で売り上げの6、7割は刈り取ろうというのが、通常の映画のモデルです。ところが『国宝』は4週目、5週目、6週目とどんどん売り上げが伸びていった。こんな映画は見たことがありません」

 なぜか。作品自体の力はもちろんあるだろう。しかし中山さんは、そこに東宝という会社の力を見る。

「そこまで興行収入を“後伸び”させるマーケティング力、プロモーション力には特別なものを感じました。『国宝』のヒットは、まさに東宝だからこそ生まれた。そう言えるのではないかと思います」

(編集部・小長光哲郎)

■IPを預けやすい環境, ■ユーザー層裾野広がる, ■ヒットが期待できる, ■タッチポイントの強さ, ■“興行収入”が後伸び

※AERA 2026年3月23日号

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