投資価値より共感が売れる?「アート・バーゼル香港」で目撃した、買い手たちの劇的変化

世界のアートマーケットはいま、静かだが確実な地殻変動の真っただ中にあるようだ。3月27〜29日に開催された「アート・バーゼル香港」の基調講演で語られたのは、女性や若年層といった新世代コレクターの台頭。これから起こる相続や世代交代の波が、この流れをさらに決定づけていくという。熱気に包まれたフェア会場で目にした、新たな感性のいまを現地からお届け。

女性コレクターの台頭と市場の変化

プライベートバンキング大手のUBSによると、今後20〜25年で約85兆ドル(約1京3000兆円)もの資産が次世代へ引き継がれ、10〜15年以内に世界の富の主導権は男性から女性へシフトしていくと予測されている。

すでに中国では女性が男性の3倍の金額をアートに投下しており、同様の傾向がシンガポールや日本でも見られている。さらに彼女たちは、新進作家を積極的に支援しているという。こうした新世代のコレクターは、アートを投資として選ぶのではなく、社会課題や自らのアイデンティティと共鳴する対象として求めていることが示唆されていた。

意思決定者が変わることで、アートの市場は大きく変化していくと思われる。

展示作品に見る需要の変化

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モカ・リー《Innuendo 02 〈Here and Now〉》(2026)、《Between all the Silence》(2021)。ジェイソン・ハムによるブースの展示風景より。 Hearst Owned

こうした新たな買い手たちの潮流は、実際のフェア会場にも表れていた。韓国・ソウルを拠点とするギャラリー「ジェイソン・ハム」では、SNSのバイラル画像をモチーフに描くモカ・リー(Moka Lee)の作品が視線を集めていた。彼女の作品はロンドンのギャラリーでも展示されるなど国際的な人気を誇る。

ブースを見渡すと、彼女以外にも女性アーティストの作品が自然と目に留まる。ギャラリー側に話を向けてみると、ことさらに女性作家を意図して特集したというよりは、「いま、結果的にこうした作品への反響が非常に大きい」という言葉が返ってきた。市場の需要がつくり上げるブースの雰囲気は、コレクター層の価値観のゆるやかな変化を物語っているようだ。

女性のリアルな身体性への共感

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ジュディ・シカゴ《Dichroic Hothouse Flower 1》、《Dichroic Hothouse Flower 2》、《Dichroic Hothouse Flower 3》(すべて2023)。ジェシカ・シルバーマンのブースの展示風景より photo: Chris Grunde

サンフランシスコから参加したギャラリー「ジェシカ・シルバーマン」では、フェミニズムアートの巨匠ジュディ・シカゴの特設セクションを展開。ギャラリー担当者は、アジアで彼女の業績が広く紹介される機会が少なかった点に触れ、今回の展示の意義を強調した。

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ロイ・ハロウェル《Three Centimeters Dilated》(2023)。ジェシカ・シルバーマンのブースの展示風景より。 Hearst Owned

さらに強い反響を呼んでいたのが、若手作家ロイ・ハロウェル(Loie Hollowell)の作品だ。子宮口が開く過程を題材にした《Three Centimeters Dilated(3センチ開大)》は、妊娠にともなう高揚と生々しい痛みを同時に描き出す。

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チョウ・ユウチェン《borrnnn》(2025)。キアン・マリンゲのブースより。 Hearst Owned

こうした表現は女性作家にとどまらず、香港のギャラリー「キアン・マリンゲ」では、男性作家であるチョウ・ユウチェン(周育正/Chou Yu-Cheng)が妻の妊娠に着想を得た「borrnnn」シリーズを展示。ふっくらとした果実をモチーフに、生命の神秘を静謐に表現した本作。女性の身体的なリアリティが、コレクターたちの強い共感を呼んでいることがうかがえた。

理想化された女性像の解体

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草野絵美「Ornament Survival」(2026)。ギャラリーは√K Contemporary。 Hearst Owned

デジタルアートに特化した新セクターに日本から唯一出展した草野絵美のインスタレーションも、現代における女性の表象を問うものだ。本作は日本アニメの変身ヒロインを再解釈し、現代における生存戦略としての“変身”を提示している。巨大な変身コンパクトには、インカメラが仕込まれ、「You're Just Data!(君はただのデータに過ぎない!)」という挑発的な言葉が刻まれている。常に“見られる客体”として、あるいは単なるデータとして消費される虚しさやプレッシャー。そうした無機質な眼差しを逆手に取り、変身を鎧に生き抜こうとするメッセージを感じさせた。

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右の作品がダニエル・オーチャード《Seamstress》(2026)。ペロタンのブースの展示風景より。 Hearst Owned

パリを本拠地とするメガギャラリー「ペロタン」でも、そうした女性像の解体と再構築が展開されていた。ダニエル・オーチャードの新作《Seamstress》は、ピカソやマティスといった男性中心的な美術史の文脈に介入し、断片化された造形で新たな女性の身体性を描き出す。

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ローレン・サイ《The Dying Word》(2025)/PERROTIN Hearst Owned

また、モデル・俳優としても活躍するローレン・サイによる、少女の頭と身体が切り離されたメランコリックな展示も、内面的な虚無や孤独を見事に立体化している。社会や歴史が規定してきた理想像を打ち破り、新たな世代ならではの表現の広がりを感じさせる空間となっていた。

自らのセクシュアリティを主体的に描く

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シャーフェイ・シア《When she was asleep》、《Sotto le stelle》(ともに2025)。P420のブースの展示風景。 Hearst Owned

イタリア・ボローニャのギャラリー「P420」では、中国出身のシャーフェイ・シア(Shafei Xia)による、春画のような水彩画に人だかりができていた。欲望や嫉妬をテーマに、色彩豊かな描写の中に予期せぬ物語を挿入するのが彼女の持ち味。性的なモチーフを扱いながらも下品に陥らず、むしろ、人生を謳歌する前向きさを感じさせる。こうした生々しいテーマを東洋的な色彩で包み込んだ表現もまた、自らのアイデンティティや欲望に忠実な新世代の審美眼を刺激するのではないか。

まとめ:新世代のコレクターの登場

会場をめぐって感じたのは、新たな決定権をにぎるコレクターたちが、すでに明確にその姿を現しているということ。かつては個人的すぎるとされたテーマが、いまやマーケットを動かす大きな動機となっている。富の主導権が次世代へと移り行くなか、アートは投資の対象である以上に、自らの内面を投影する存在へと変わりつつあるのかもしれない。

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