「行列ラーメン店で修行→うどん店開業」彼の学び

2月、品川にオープンした「藤丸うどん」店主の中島崇宏さん。彼のキャリアは飲食業界の文脈で見ても極めて異色だ(写真:筆者撮影)
りんかい線・品川シーサイド駅から徒歩5分、京急本線・青物横丁駅から徒歩6分。東京・品川区東品川に「藤丸うどん」が2月25日オープンした。
【画像】360円~とコスパも抜群!東品川にオープンした「藤丸うどん」の外観やメニュー

東品川にオープンした「藤丸うどん」(写真:筆者撮影)
長崎・九十九島で水揚げされた新鮮な煮干しを使った出汁に、北海道産の小麦・燻風を使ったしなやかな麺を合わせた一杯で早くも人気となっている。

「藤丸うどん」の看板メニュー・藤丸うどん(写真:筆者撮影)
店主・中島崇宏さんのキャリアは、飲食業界の文脈で見ても極めて異色。立ち食いうどんで10年修行し、その後、銀座の名店「銀座 八五」に飛び込む。そして再び、うどんの世界へ。この一見、遠回りに見える経歴こそが、唯一無二の「うどん食堂」を生み出した。
一流シェフが手がける革新的ラーメン店「銀座 八五」

屈指の行列店である「銀座 八五」(写真:筆者撮影)
まず押さえておきたいのが、中島店主の修業先である「銀座 八五」という店の異質さだ。店主の松村康史さんは、もともとラーメン職人ではない。京都全日空ホテルで総料理長を務め、36年間フレンチの世界を極めた料理人である。いわば“料理界のエリート”が、ゼロからラーメンに挑戦したのである。
彼が掲げたコンセプトは「丼の中のフルコース」。タレに頼らず、生ハムなどの食材から直接旨味を引き出したスープは、従来のラーメンの文脈から大きく逸脱している。

「銀座 八五」店主の松村康史さん(写真:筆者撮影)
その革新性はすぐに評価される。オープンから間もなく『ミシュランガイド東京』に掲載、さらに2022・2023年には一つ星を獲得。そして現在もビブグルマンに掲載されるなど、世界的ガイドが認め続ける存在となっている。
毎週の予約は5分とたたないうちにいっぱいになってしまう、いわば「日本一予約の取れないラーメン店」のひとつと言っていいだろう。
つまり中島さんが飛び込んだのは、予約が取れない人気店であるだけでなく、ラーメンという枠を超えた料理の最前線だった。
技術以上に影響を受けた、料理人としての「在り方」
そんな店で、中島さんは何を見たのか。
「ラーメンじゃないんですよ。なんだろう、あれは」
そう語るほど、「銀座 八五」の一杯は既存のジャンルに収まらない。油に頼らず、素材の旨味を積み上げるスープ。その構造は、まさにフレンチの技術そのものだった。もともと「出汁に特化したうどん」を目指していた中島さんにとって、それは答えだった。
「こんな出汁が引けたら、うどんはもっと面白くなる」
ラーメン店でありながら、学ぶべきは出汁の設計思想。ここが、彼のキャリアにおける決定的な転換点となる。
しかし中島さん自身が語るように、最も大きかったのは技術ではない。それは、松村康史という料理人の「在り方」だった。ミシュランに評価されるトップシェフでありながら、決して威圧的ではない。常に穏やかで、そして細やかにお客と向き合う。その姿は、効率を極めた立ち食いうどんの世界とは真逆だった。
「こういうやり方もあるんだと思いました。こうでなければいけないとあんまりこだわらなくていいんだ。自分のスタイルでうどん店を作っていけばいいんだと気づかせてくれたんです」
職人でありながらサービスマンである。その両立こそが一流だと気づいた瞬間だった。
高級店のエッセンスを、日常価格に落とし込む

「銀座 八五」のラビオリグルマンディーズ中華そば(写真:筆者撮影)
もう一つ重要なのが、「銀座 八五」の完成されたオペレーションだ。一杯の提供までの流れが徹底的に設計され、無駄が一切ない。短い時間の中で最高の体験を提供するための準備力と再現性。これは、立ち食いうどんで培ったスピードとはまた別次元の精度だった。
中島さんは、ここで気づく。
「高いものを作ることが価値じゃない。どう効率よく美味しくするかが大事なんだ」
この視点が、後の店づくりを決定づける。
こうして生まれたのが、「藤丸うどん」のコンセプトだ。「日本一予約の取れない店」出身でありながら、目指すのは「日本一入りやすい“うどん食堂”」。
サラリーマンだけではなく、女性客、お年寄り、学生まで老若男女に選んでもらえるお店を目指す。

「藤丸うどん」のメニュー「とり天ちくわ天うどん」680円(写真:筆者撮影)
中島さんがもともと感じていたうどんの良さは残しつつやりたかった。うどんは位置づけ的には安いものと思っていたので、価格は360円から。誰でも入れて、回転は速い。これを「うどん食堂」と銘打ち、新しいジャンルとして広げていこうと思った。

メニューは360円から。もっとも高いものでも890円という、お手頃価格だ(写真:筆者撮影)
そのためにはいかに効率よくダシをとるかがポイントだ。一般の店より材料の量はそれほど多くなく、安価な食材を使っていても、手間を惜しまずかけることで美味しいものは作れる。
基本の煮干しだけではなく、椎茸やドライトマトを使った複合的な出汁。鶏天などの油が加わることで味を開かせる発想。そして何より、食べ手への細やかな気遣い。

調理中の様子(写真:筆者撮影)
この一杯には、「銀座 八五」で学んだ旨味の重ね方とおもてなしの両方が息づいている。高級店のエッセンスを、日常価格に落とし込むその設計は極めてロジカルだ。
うどん→ラーメン→うどん。この経歴は一見すると異端だ。しかし実際には、
・立ち食いうどん店で「回転と現場力」を学び
・銀座 八五で「出汁と思想」を学び
・それを統合して「うどん食堂」という形に昇華した
極めて一貫した進化とも言える。
「誰でも気取らず美味しい料理を楽しめるように」

師匠との2ショット(写真:中島さん提供)
そしてその根底にあるのは、松村康史の哲学「誰でも気取らず美味しい料理を楽しめるように」という思想だ。
「味、おもてなし、一期一会の心という“八五イズム”にしっかりこだわりたいです。無機質な回転型ではなく、できる限り接客の温かみ、空間の作り方にこだわる。どんな世代にも受け入れられる、優しい場を目指してお店づくりをしていきます」
“日本一予約が取れないラーメン店”と、“日本一入りやすいうどん食堂”。対極にあるようでいて、その根っこは同じなのである。
中島崇宏という料理人は、その両方を知っている。だからこそ、今までになかった日常の最高到達点のような一杯がこの街に生まれたのだ。