朝ドラが「歴史に埋もれた紳士・清水卯三郎」なぜ描く? 脚本家が明かした起用のワケ〈風、薫る第10回〉

『風、薫る』第10回より 写真提供:NHK
今日の朝ドラ見た? 日常の話題のひとつに最適な朝ドラ(連続テレビ小説)に関する著書を2冊上梓し、毎日レビューを続けて12年目の著者による「読んだらもっと朝ドラが見たくなる」「誰かと話したくなる」連載です。本日は、第10回(2026年4月10日放送)の「風、薫る」レビューです。(ライター 木俣 冬)
文明が開花したようなお名前・大家直美
主題歌はじまり。
主題歌の歌詞「風はただ知っている」が「風は正している」に聞こえるのは筆者だけ?
ついに出会ったりん(見上愛)と直美(上坂樹里)。
直美はおなかをすかしているらしいりんと環を炊き出しに連れていく。
教会から出ていったばかりですぐに戻ってきた直美の、その理由に「直美さんらしい」と吉江(原田泰造)は心広く迎え入れる。
「これからも教会には来てください」と十字架のバッジを返され、「はい」と受け取ってしまう直美。
出会ったばかりのりんと直美はなんだかギクシャクしている。
りんが炊き出しの礼を言うと、直美は無視して環に「お名前は?」と聞く。が、りんは「私?」と自分かと思ってしまい「お嬢さんの」と遮られる。直美は幼い子が気になるのだ。いや、幼い子にしか興味がない。りんにはまったく興味がない。たぶん、おっとりして見栄っ張りな感じが好きじゃないのだろう。
りんは直美の名前を聞いて「さすが東京、文明が開花したお名前ですね」と感心する。
直美はそこでようやくちょっと笑う。が、それは皮肉を感じた笑いであろう。彼女は第1回の冒頭でこんなふうに毒づいていたから。
「何が文明開化よ。新しいもんにすぐ飛びついて 見せびらかして」
りんは直美という名に反応したが、名字のほうは文明が開花したおかげで勝手につけられるようになったもの。りんの感想もあながち間違ってはいない。
余談だが、第1、2週とふたり主人公と言いながら、りんパートのほうが多い気がしている視聴者も少なくないようだ。でも、こんなふうに第1話の冒頭は直美が飾っているのだ。いろいろ配分に気遣いがあるのはわかる。
こんな感じで、りんと直美はどうも気が合わない感じ。でも、出会いは最悪なふたりがのちに最強のふたりになるのは、物語あるあるだ。
直美の名前には意味があった
おなかが落ち着いたところで職探しに行こうとするりんだったが、環が歩きたくないというので、直美に半ば強引にしばらく預けることにする。
困惑する直美ではあったが、子どもが気になるので、教会のなかで待たせることにする。
吉江も親切におもちゃを持ってくる。だが、彼は、捨て子ではないかと心配する。
『風、薫る』がちゃんとしているのは、話しづらいことを話すときは、少し脇に場所を移動することだ。
第1週、自警団に足止めをくらっていた美津(水野美紀)を中村(小林隆)がちょっと脇に呼ぶのもそうだった。こういう地味だが細かい配慮はぜひ続けてほしい。それこそ医療ドラマなので、患者のいる前で大声で話すような場面があったら興ざめだ。
意外とこういうデリカシーに欠けた場面がドラマにはある。患者さんが寝ていたり、昏睡(こんすい)状態だったりしても、話が聞こえていることもあるのに、と筆者は思うのだ。
閑話休題。
直美はりんが自分の親と同じように、このまま戻ってこないのではないかと疑いもするが、少なくともりんは娘に名前をつけていった。直美は教会に捨てられたときに、名前すらなかった。直美の名前の由来は聖書からだった。
ナオミは、聖書の「ルツ記」からとられた名前。ルツ(Ruth)の義母で、ルツはダビデ(David)の曽祖母。ルツにとってナオミは姑であったが、慕われる姑であったので、朝ドラでおなじみの意地悪する姑とは違う。ナオミという名前には「快い」「楽しい」「幸せ」などの意味がある。
直美の名前には教会で彼女を拾って育てた人たちの思いがこもっていたわけだ。りんには洞察力があるようだ。
その頃、りんは職がなかなか見つからず困っていた。
「母親ってのはどんなにひどい亭主でも我慢するしかない」から亭主に頭を下げろと説教される始末。でもそう言った男性は妻にこっぴどく叱られる。
チョコレートの紳士・清水卯三郎
西部劇みたいに砂埃舞うような東京砂漠を「猫じゃ猫じゃ」の端唄を歌ってとぼとぼ歩いているりん。
ここで彼女はまた運命的な出会いをする。
切れた鼻緒を日本自由新聞社の前で直していると、洋装の紳士(坂東彌十郎)が現れる。
手品をしてみせて、チョコレートをくれる。
「こんな美味しいもん、はじめて食べた。魔法みたい」と喜ぶりん。
ここでまた『風、薫る』のいいところは、もらったチョコレートを環にも食べさせてあげたいと言うことだ。
そこで思い出すのは『虎に翼』(24年度前期)。
寅子(伊藤沙莉)は戦後、GHQの人からチョコレートをもらう。そのチョコレートを寅子は、闇物資を拒否して痩せてしまった友人・花岡(岩田剛典)に「お子さんに」と言い添えて渡す。のちにそれが絵画になって、寅子たちの法律への思いの支えになる。ひじょうにいい話であった。
閑話休題。
りんは、就職先でなく嫁ぎ先を見つけてもらえないかと、紳士に頼み込む。ああ、悲しきりん。やっぱり女性は「奥様」しか道がないと追い詰められていた。
夕暮れになって、街灯がともる。これが文明開化の明かりと思ったけれど、江戸時代でも文明開化の時代でも、女の生き方は変わらないと絶望するりん。
「あがりが奥様から淑女に変わっただけ」
「この国を、女が、ううん男も、双六(すごろく)の目から外れた人も、生きていけるように変えてください」
切実そうなりんに、紳士は名刺をくれた。「瑞穂屋 卯三郎」
別の日、りんは卯三郎の店を訪ねることになるが、それはこれからのお話。
さて、素敵なおじさま(紳士)という感じの清水卯三郎。大山捨松(多部未華子)と並び、りんと直美に影響を与えるキーパーソンになる。
埼玉県立文書館のサイトによると清水卯三郎は「文政12年(1829)、羽生領町場村(現羽生市)で酒造業を営む家に生まれた清水卯三郎は、横浜に出て英語を学び、その才を生かして、薩英戦争では英国側の通訳として和平に尽力、また、慶応3年(1867)のパリ万国博覧会に日本人唯一の商人として参加するなど、幕末の外交・貿易で活躍しました」という。
また帰国後は、「卯三郎は、『瑞穂屋』を開業し、欧米の技術、学問を目にした経験を生かして実業家として活動しています。なかでも、歯科医学関係の輸入・出版をしたことで、日本の歯科医学の発展に貢献しました」とある。
脚本家の吉澤智子は第1週の試写会見で行われた囲み取材でこう語っている。
「捨松は、津田梅子(5000円札の肖像になった人物)とアメリカに行ったものの、津田梅子ほど何をした人か知られていません。清水卯三郎もまた、歴史の狭間(はざま)に埋もれていた人物です。それは彼が武士ではなく商人だったからだと思います。でも彼はとても大きな視野を持っていた。経済の目線で明治の時代を見ていたことがとても面白いなと思っていて。捨松や卯三郎を登場させることで文化や社会面からこの時代を描いていきたいと思っています」
パリ万博といえば渋沢栄一(1万円札の肖像になった)も参加していた。つまり、捨松も卯三郎も、お札になった人と行動を共にした人であり、お札になれなかった人なのだ(これからなるかもしれないが)。
捨松と卯三郎、「双六の目から外れた人」に焦点を当てる『風、薫る』にぴったりかもしれない。
さあ、第3週!
フォトギャラリー
主なシーンより
第2週(4月6日〜10日)
「灯(ともしび)の道」あらすじ
奥田家に嫁いだりん(見上愛)は、夫の亀吉(三浦貴大)や義母・貞(根岸季衣)とうまくいかない。娘の環を出産した後も状況は変わらない中、りんは懸命に子育てに励んでいた。しかしある夜、酔った亀吉が暴れ出し……。一方、直美(上坂樹里)も仕事を追われ、職探しの日々。そんなある日、偶然ある親子に出会う……。
連続テレビ小説『風、薫る』
作品情報
連続テレビ小説「風、薫る」。主人公はそれぞれに生きづらさを抱えた2人の女性。当時まだ知られていなかった看護の世界に飛び込み、傷ついた人々を守るために奔走し、時に強き者と戦う——明治という激動の社会を舞台に、幸せを求め生きるちょっと型破りな2人のナースの冒険物語です。
【脚本】吉澤智子
【原案】田中ひかる「明治のナイチンゲール 大関和物語」
【音楽】野見祐ニ
【主題歌】Mrs. GREEN APPLE 「風と町」
【語り】研ナオコ
【出演】見上愛 上坂樹里 佐野晶哉 生田絵梨花 小林虎之介 早坂美海 藤原季節 三浦貴大 内田慈 菊池亜希子 丸山礼 根岸季衣 小林隆 高嶋政宏 片岡鶴太郎 多部未華子 原田泰造 水野美紀 坂東彌十郎 ほか
【放送】2026年3月30日(月)開始(全26週130回)