優等生から「女ヤクザ」へ 10年ぶりに絶縁状態の長男と再会も「出て行けバカ野郎!」と罵倒され…崩壊した家族の絆を取り戻そうともがく姿

優等生から「女ヤクザ」へ 10年ぶりに絶縁状態の長男と再会も「出て行けバカ野郎!」と罵倒され…崩壊した家族の絆を取り戻そうともがく姿
当局から認定された初めての「女ヤクザ」とされる西村まこ(58)。暴力団を離脱後、更生支援活動に取り組みながら、10年ぶりに絶縁した息子2人との再会を決意する。その過程で同じく絶縁された実弟や母親の助けを借りようとするのだが、激しい憎しみと厳しい現実を突きつけられる。
やがて西村は、家族の大切さや母親の偉大さに気づいてゆき、ついに長男・大輝さん(28)と再会するのだが…。かつて悪名をほしいままにした元女ヤクザが、老いを目前にして人間性を取り戻そうともがく姿に密着し、人生で失ってはならないものとは何なのかを問いかける。
■国内唯一の「女ヤクザ」の過去と後悔

公務員の家庭で優等生として育った彼女が一転、スパルタ教育の父親に反抗して非行に走り、ついには女性にして関東最大の指定暴力団系の組員に。当時の心境について西村は「どうせ悪くなるんだったら一番悪くなりたい(と思った)。ケンカが強かったのとイレズミですよね。女にしておくのはもったいないといううわさが流れて」と振り返る。
現在は悪事にまみれた過去を悔い改め、NPO団体・五仁會の岐阜支局長として同じ元受刑者らの更生支援に尽力する。「過去をいかして人を更生させてあげるっていうことが、自分たちにしかできないんですよ。悪い人たちの気持ちが分かんないから」(西村、以下同)
そして、彼女の部屋には手放せないものがあった。「昔子どもが寝ていたベットです。思い出があるんで手放したくない。この子のためなら死ねると思った」。
まこには2人の息子がいるが、「ヤクザ」の母親を見限り、10年近く絶縁状態にあった。更生の道を歩んだことで、2人への愛情がよみがえり、自分勝手を承知で次男(20)の家を訪ねたが、「いまは突然過ぎて会えない」と言われ、顔を見ることさえ叶わなかった。
■長男・大輝さん(28)との再会を目指して

西村は過去の自分を悔やみ、息子たちへの想いを募らせる。「子どもが寝静まったのを見計らって。ここ(リビングのテーブル)でシャブ(覚醒剤)を100グラムずつあるじゃないですか、それを10グラムずつ分けて販売していました。相手(夫)は全くお金を出さない。子ども育てるのにお金が必要じゃないですか、どうしてもやめられなくて。介護とか医療事務(の資格)も取ったけど、結局イレズミがあるから使ってもらえず。もうちょっと頭使って、正業のほうに力を入れて育ててあげれば(逮捕されて)新聞に載ることもなかったし。それはすごい反省しています」。
「会いたいですね。会って、自分のいままでの行動を謝りたいですね。和解してまた元のように仲良くなりたいです」。
2024年6月上旬、西村は長男・大輝さん(28)に会うため東京へ向かった。新幹線の中で2人の息子の写真を見つめる。「上の子(大輝)は色んなことをやらせた。格闘技をやっているじゃないですか。格闘技が合ってたんですかね。(高校卒業後)東京に行ってプロになりましたけど。いま何をやっているか、すごい心配ですもん。ちゃんとお金を持っているのかとか、ちゃんと食べてるのかどうか」。
そして、ついに大輝さんが住むマンションに到着した。西村は緊張しながら、玄関のドアをノックする。
「誰だ?」(大輝さん)
「大輝!」(西村)
「誰だよ」(大輝さん)
「お母さんやて」(西村)
「出て行け、調子こくなよこの野郎、出て行けや」(大輝さん)
「ちょっと開けて」「ちょっと開けて」(西村)
「うるせえバカ野郎、出て行け」(大輝さん)
「なんで?会えんの?」(西村)
「なんでお前に会わなくちゃいけないの?」(大輝さん)
「お金に困ってないんか?出て来いって格好つけとらんでいいで」「おい、出て来いって」(西村)
西村はマンションの踊り場でしばらくうろうろしていたが、大輝さんは一向に出てこない。戻った車中でメモを書き、新聞受けに手紙を残したが、その3日後、大輝さんの厳しい返事が、YouTubeチャンネルの動画を通して届く。
「こんな手紙いらねんだよ、バカヤロー、こだれよ、これ、ゴミ箱行きだよ、こんな手紙、あんま勘違いすんなよ、この野郎、二度と俺の家にやってくんじゃねえぞ」
■実家での拒絶と親の心を知る日

6月下旬、岐阜市内に戻った西村は自らの行動を省みていた。「あの日は言葉づかいも悪かったなって思って。『出て来い』って言っちゃったので、もうちょっと言い方を考えて…。自分の過去は消えないんで、それを糧に今こういうこと(ボランティア活動)をしている、そういうことを分かってもらいたい」。
1ヶ月後、西村は実家へと向かっていた。「うちが(実家に)帰ると、帰って来てもらいたくないから、お母さんが弟に電話するんですよ、(弟の)会社に『うちが来た』と。そうしたら弟がなぜか警察に電話するんですよ。何にもしていないのに。口も聞きたくない、(母・弟から)縁切られたって感じ」。
「イレズミを見せるとうるさい。隠していかんと…。近所の目を気にするんで」と言いながら、家の近くで上着をはおった西村は、玄関で母親に呼びかけた。
「お母さん、お母さん」(西村)
「なあに、だあれ?」(母・啓子さん)
「お母さん、テレビ局の人と一緒に来たんだけど…」(西村)
「どうしてテレビ局が来るの?」(啓子さん)
「うち一人では無理なんで」(西村)
「突然すみません」(スタッフ)
「突然でびっくりしてるけど、何の?……」(啓子さん)
「大輝、拒否されたもんで、会うの。東京まで行って、会いにいったけど。説得してほしいの」(西村)
「やだよ、お母さん、そんな……本人が嫌だと言うのに割り込めない、でしょ?」(啓子さん)
「うちはまじめに本当にやっとるで」(西村)
「それが当たり前、人間生まれてきたからには」(啓子さん)
「健康(西村の弟)だったら会うように(大輝を)説得してくれるんじゃないの?」(西村)
「健康は会わない、絶対会わないって言ってたから。もうゴタゴタしたくないから、お母さんも」(啓子さん)
そして、話はおのずと亡き父のことへ及んだ。「お父さんはだいぶ前(35年前)に亡くなった。(まこ)に振り回されて…。一番苦労したのはお父さん。パパが一番苦労した。くも膜下(出血)で突然倒れた。元気だったのにね。まじめ一本。自転車で通ってたもんね、愛知県庁まで。自分の子だからね、最後までやれなかったけどね。しょうがない……こういう運命だ……」と啓子さんは涙を流す。
「いまになって、やっと親の気持ちが分かりますね。近所に恥ずかしいとか、そういう偏見で言ってるんじゃないかと思ったけど、本当は子どものためを思って言ってくれてるんだと。孫が生まれた時もずっといてくれて。育て方も教えてもらって。(陰で)いろいろ生活の援助もしてもらって…。自分はできなかったって泣いてましたけど、自分はすごくやってもらいましたね」(西村)
■弟・健康さんとの対話と一歩前進

それから4ヶ月後──。
「スポンサー大募集しています、よろしくお願いします。海外で試合することになっています。僕本気で勝ちに行きたいんですよ。サポートしてくれるスポンサー様、大募集しています。よろしくお願いします」(長男・大輝さんのYouTubeチャンネルより)
これを見た西村は「この子のためなら何でもしてやる。いまでも子どものためならなんでもしますよ。会ってくれるなら。やりようがないです、いまは……」と話す。
ついに西村は、弟・健康さん(57)に会いに行くことを決意した。「これがラストチャンスやね…」。
再会のチャンスを作ってくれた知人の家で、西村は弟の健康さんとなかなか目を合わせられずにいたが、意を決したように話し始めた。
「いままで悪かった…」(西村)
「俺はおふくろに迷惑をかけずに何もなければ、いままでのことは(水に)流すわ。今回は(知人)がいなかったら、他の人ではあかん(会わなかった)かったと思う、絶対。本当に…殺してやろうかと思ったもんな。うちの母親が亡くなったら守るものがない。絶対殺してやろうと思ってた。本音はお前がワルしようが、懲役行こうが、何していてもいい。家族に一切迷惑かけなければ。全て自分でやれや」(健康さん)
「それはもう一切しない。仲良くいままでのようにして欲しいだけ。お母さんの顔も健康の顔も見たいし。せっかく血が繋がってるから」(西村)
「前に比べたらすごい素直になってる。こんなふうに言わなかった。いままでだったら」(健康さん)
「これもいまの本当の自分。作ってるわけではないもんで」(西村)
話し合いは2時間にも及んだ。
「健康が言ってくれれば。(大輝は)健康のこと尊敬してるもんで…」(西村)
「いやいやいや。俺、無理だなって思ったもん。ものすごく憎んでいるような言い方やもんで。お前が手紙書くのが一番いい。本人は会わん。手紙のほうが(気持ちが)こもるし。何回も手紙書いて、ちょこっとずつやらんと…」(健康さん)
■母との時間、そして訪れた長男との再会の日

12月上旬、西村は再び実家を訪れた。
西村が「健康(弟)と仲直りした」と報告すると、母の啓子さんは「あ、そう」と笑った。
母娘は台所に立ち、一緒に肉じゃがを作る。
「ちょっと味見してくれる?醤油が足りん?」(啓子さん)
「醤油足りん」(西村)
「ああ、入れすぎじゃない」(啓子さん)
「もうちょっときれいに盛り付けしないと」(啓子さん)
「いいって、これで。いただきます」(西村)
「ちょっと何かが足りない?」(啓子さん)
「おいしいよ」(西村)
「無理しとる、ははは」(啓子さん)
「何十年ぶり、お母さんのごはん…」(西村)
「(表情が)やさしくなったね、柔らかくなったね、前はきつかったもんね。(亡くなった父も)喜んでいるわ。早く亡くなるからだよ、バカだよ。もうちょっと生きてればよかった…」(啓子さん)
帰り道、「気をつけてね、ありがとう、また来てね」と母に見送られ、西村は「送ってくれる姿を見ると、可哀想(なことをさせた)なって…。年食ったなって……」とつぶやいた。
その後、西村は大輝さんへ手紙を書き始めた。「あの時はごめんね、この時はごめんねって思い出せば、細かいところはいっぱいあるけど。書くときりがない」。
「追伸 インスタ見たよ 私に出来る事があればするので頼ってください。海外でチャレンジする事を聞いて、お母さんすごく嬉しかったです。大輝ならできると思います。力になるからね、頑張れ!」(大輝さんへの手紙より)
その手紙を託していた弟の健康さんから電話がかかってきた。
「(大輝に)手紙渡して…。会うことになったで」(健康さん)
「会えることになった?」(西村)
「なった!」(健康さん)
「ほんと?ありがとう!」(西村)
「本当に真剣に話をしたもんで、俺が…。OK!」(健康さん)
「OK!」(西村)
12月下旬、ついに大輝さんとの再会の日。
「ごめんな……。いまはまじめにやってる」(西村)
「いろいろあったけど、その一言で重みがあると思うよ。何十年というわだかまりが凝縮されてる懺悔だと思う」(健康さん)
「うちを使ってのし上がって行けばいい。(海外)行くならスポンサー募るよ。いっぱいなってくれる人いるで」(西村)
■親子の新たな関わりとこれからの道

「いきなり来られて、ドアも強くドンドン叩かれて正直腹は立った。腹は立ったけど、別に過ぎたことだし。一緒にいるメリットが正直なかったんで。今回は格闘技に協力してくれるってことだったんで、自分としてもメリットだなって思って、今日話させてもらった感じ」(大輝さん)
「自分のやりたいことは一生懸命やって頑張れって感じですね。自分はそのためなら一生懸命応援します。ちょっと子どもっぽいと思ったけど、これだけハキハキとものを喋れて、大きくなって、すごいしっかりして嬉しいです」(西村)
2025年1月、愛知県内。自宅でトレーニングに励む大輝さんの姿があった。「テレビの撮影に応じた理由は?」と問われ、大輝さんは「これ言ったら炎上するかもしれないけど、映ったら売名になるのかなって…。応援したいって言う人が1人でも2人でも増えたらそれはいいじゃないですか。俺はヤクザでも何でもないし、俺は俺だし。あいつとは違うんで。俺はまじめに生きていくので。そういうのをカメラの前で見せられたらいいかなって感じですね」と語った。
一方、西村はNPO団体・五仁會の会食で「いまスポンサーを探しています。息子の大輝ですけど、応援よろしくお願いします」と協力者を募る。
「やっと子どものためにやってあげられるなというか。いままで10年くらい離れてきた分、その分を取り戻してやってあげようかなって」(西村)
それから3ヶ月後。それまで母親との過去についてほとんど話をしなかった大輝さんが、トレーニングの後、当時の記憶を振り返った。「ジム内で(母親と)口げんかしたことがある。そしたらなんて言われたと思います?『歩いて帰れ』って言われたんですよ。置いていかれちゃった。6キロ歩いて帰りました。ははは。あいつふざけてるなって思って。慣れですよね、そういうのって。つらいっていうのはなかったです。当たり前だったから。そういう感じですかね…」。
※年齢等は2025年7月12日地上波初放送時
(朝日放送テレビ制作 テレメンタリー『赦し 続「女ヤクザ」の懺悔録』より)
【映像】女ヤクザ時代の西村まこ(実際の映像)
【画像】女ヤクザ時代の西村まこ
【映像】小指を失った西村まこ