シェイクスピア夫妻の愛と喪失を描く 『ハムネット』 クロエ・ジャオ監督インタビュー

Image: ©2025 FOCUS FEATURES LLC.
『ノマドランド』(2020)で第93回アカデミー賞にて作品賞と監督賞を受賞した、クロエ・ジャオ監督による待望の最新作『ハムネット』が全国で公開された。
原作は北アイルランド出身の作家マギー・オファーレルによる、世界で喝采を浴びた同名小説。ウィリアム・シェイクスピアの妻アグネスの視点から、夫妻の息子ハムネットをめぐる波乱に満ちた出来事や、不朽の名戯曲「ハムレット」の誕生までの日々を描く。
第98回アカデミー賞では作品賞を含む8部門にノミネートされ、主人公アグネス役のジェシー・バックリーが主演女優賞に輝いたことも記憶に新しい今作。ギズモードでは脚本・製作・編集も兼任したジャオ監督にインタビューを行い、作品への想いを聞いた。
原作を読んで感じたこと。そして原作者との共同作業

――16世紀を舞台にした物語でありながら、とても普遍的なテーマで感動しました。4年ぶりの新作の題材として、なぜこの物語を選んだのですか?
クロエ・ジャオ監督(以下、CZ):私は、私たちが物語を選ぶのではなく、物語が私たちを選んでくれるのだと思っています。今回はたくさんのシンクロニシティが次々と起きて、私をこのプロジェクトへと導いてくれました。
――マギー・オファーレルによる原作を読んで、最も印象的だったことは?
CZ:物語の親密さに心を打たれたと同時に、その壮大なテーマにも驚かされました。この物語は、愛や死、変容、そして芸術や物語が持つ変革の力について深く踏み込んでいます。それらはまさに、私自身が人生において問い続け、探求してきたことでした。
また、アグネスという人物にも魅了されました。彼女はとても独特な語り部です。アーティストでもあり、クリエイティブな存在でありながら、その表現方法は、私たちにはすでに馴染みの薄いものです。感性や直感、自然との調和を重んじる彼女の在り方にも、私は深い興味を抱きました。
――映画化を決定した後、まずどこから着手されたのでしょうか?
CZ:原作をガイドとして使用し、著者のマギー・オファーレルと共同で脚本を執筆しました。キャストはもちろん、撮影監督、美術監督、衣装デザイナーなど、各部門長にも協力してもらい、みんながそれぞれのフィーリングやアイデアを持ち寄って、作品を少しずつ築き上げていきました。実のところ、私は最初から明確なビジョンを持っていたわけではなかったんです。

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――原作者との共同作業はいかがでしたか?
CZ:マギーでなければなりませんでした。彼女がこの物語を書いたからこそ、私も今作を実現できたのだと思います。彼女は自分の創造した世界をとてもよく理解しているので、一緒に執筆することができて本当に良かったです。
絶妙なキャスティングの理由

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――シェイクスピアの妻であるアグネスを演じたジェシー・バックリーの繊細な演技から、目が離せませんでした。彼女をキャスティングした理由を教えてください。
CZ:原作を読んだ時点で、これはジェシーのための役だと思っていました。ジェシーは自分の内面を世界にさらけ出すことを恐れない女優だからです。彼女は非常に寛大です。そして、一瞬一瞬を恐れずにありのままに生き、自分らしさを貫く力があります。それはアグネスを描く上で、まさに不可欠な要素でした。
――アグネスという人物を形づくる上で、どのような準備をしたのでしょうか?
CZ:ジェシー自身が準備してくれたように思います。私の仕事は彼女とポール(・メスカル)のために脚本を書くこと、そして、ジェシーとアグネスをあらゆる角度から結びつけることでした。ジェシーがセットに足を踏み入れたとき、アグネスとしてそこに存在できると感じられるようにするためです。それは彼女自身が向き合うべきプロセスで、私はそのための環境を多方面から整える必要がありました。衣装デザイナーとのやり取りから、当日のスタッフ全員の空気感、現場で流す音楽、彼女が使う小道具に至るまで、すべてがその一部です。
要するに、身体的なアプローチや潜在意識への働きかけをどう行うかということなんです。夢や動きを通して、彼女――つまりアグネスとジェシーが、同じ人物として存在できるようにするための作業でした。
――また、今作には夫として、そして父親としてのシェイクスピアが描かれています。ポール・メスカルの演技も素晴らしかったです。
CZ:実はジェシーよりも先にポールに会ったのですが、私は彼のことがとても気になっていたんです。当時は彼の作品をまだ観ていなかったにもかかわらず、まだ広く知られていなかった頃の素朴な佇まいに魅力を感じていました。その外見の奥には、何かが煮えたぎっているような、非常に力強いエネルギーが潜んでいる印象を受けたんです。ジェシーとポールのケミストリーを試してみたところ、相性がぴったりで、それが決め手となりました。
『ハムレット』は単なる復讐劇ではない

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――今作を通して、シェイクスピアについて何か新しい学びはありましたか?
CZ:たくさんありました。私はシェイクスピアのことを、あまりよく知らなかったんです。何が真実かは、結局のところ誰にもわからないんですよね。だから私が語れるのは、皆さんがスクリーンで目にしたことだけなんです。
ただ、私は今作を制作するまで、「ハムレット」は復讐についての演劇だと思っていました。でも実際には、死や変容や人生について、そして、「生きるべきか、死ぬべきか」という絶え間ない葛藤がいかに困難であるかについての物語であり、単なる復讐劇以上の作品だと気づきました。
――今作を拝見して、人間が死や喪失に対して抱くさまざまな感情について思いをめぐらせました。監督がこの映画を通して得た最も大きなものは何ですか?
CZ:とても良い質問ですね。私は創造と破壊こそが、宇宙や自然、私たち自身の存在にとって、最も自然な状態だと考えています。けれども、私たちは自然からあまりにも切り離されてしまったために、破壊という側面を不自然なものとして捉えるようになってしまったのだと思うんです。
社会や学校、コミュニティには、どのように喪失を受け入れ、どのように死を迎え、どのように悲しむべきかを教えてくれる場はほとんどありません。本来はとても人間的な経験なのに、間違ったこと、悪いこと、恥ずべきことのように扱われてしまいがちです。そのこと自体が、この問題に対する認識を変える必要性を示しているのだと思います。そして、多様な支援があれば、恐怖心はきっと和らいでいくはずです。
今後の展望

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――クリエイターとして、若い世代へのアドバイスはありますか?
CZ:私は誰もがシェイクスピアのように自らの経験を昇華させる力を持っていると心から信じています。彼だけでなく、私たちの誰にでも内なる世界があるはずなんです。ですので、私からのアドバイスは、答えは外側にあるのではなく、いつだって自分の内側にあるということ。まずは自分自身の内面、特に影の部分や、人に知られることを恐れている領域を見つめる内省のプロセスが欠かせません。そこにこそ、あなたの最も豊かな創造性と物語が眠っているんです。
――東京国際映画祭では是枝裕和監督と対談されて、ドキュメンタリーにも興味があるとおっしゃっていましたね。今後はどのような作品を予定されていますか?
CZ:今はあらゆる可能性を探っているところです。ドキュメンタリーもそうですし、演劇にも興味があるんです。『ハムネット』を手がけるにあたって、舞台演劇がどれほど観客を没入させられるかということを模索しました。映画のラストシーンでは、グローブ座に集まった人々がどのような感情を抱いていたのかを描きたかったんです。映画自体は今この瞬間ではないですが、音楽を通してその体験を再現することはできます。ドルビービジョンやIMAXシアターのような環境なら、観客をより深く没入させることもできるはずです。
でも、観客が実際に声を合わせ、俳優たちとハーモニーを生み出すあの一体感には、決して敵わないと思うんです。だからこそ、人は一体感を味わうためにコンサートに行ったり、サッカー観戦に行って、一緒に声を張り上げたりするんだと思います。
――共同体験ですね。
CZ:そうです。まるで何千人もの僧侶が声を合わせて読経しているかのような、そんな一体感です。サッカーのスタジアムやコンサート会場では、人は死を恐れないはずです。なぜなら、自分が周囲の環境とひとつになっていると感じるとき、人は別れを恐れなくなるからです。
だから私は、人々が集まり、一体感を共有できるような空間を、ストーリーテリングを通してどう生み出せるかを常に考えています。
――最後に、これから『ハムネット』を観る日本の映画ファンに伝えておきたいことはありますか?
CZ:ぜひオープンな心で楽しんでください。
映画『ハムネット』は全国で公開中。
Source: ハムネット