『風、薫る』の脚本家・吉澤智子「捨松はりんと直美のメンター役。清く正しくないけれど、生身の主人公を描きたい」

恋愛ドラマを中心に、医療ドラマから時代劇まで様々な作品を手掛けてきた脚本家の吉澤智子さん。放送中の連続テレビ小説『風、薫る』(総合、毎週月曜~金曜午前8時ほか)で脚本を担当している。原案は、田中ひかるさんの『明治のナイチンゲール 大関和物語』(中央公論新社刊)。明治期に看護師という職業の確立に貢献した大関和と鈴木雅をモチーフにしたバディドラマ。見上愛さん演じる一ノ瀬りんと、上坂樹里さん演じる大家直美の2人が、看護婦養成所で共に学び、患者や医師との向き合い方に悩み、ぶつかり合いながら成長し、やがては“最強のバディ”になっていく物語。第1週ではりんの住む村にコレラが広がり、隔離される患者や家族など、令和のコロナ禍を彷彿とさせるエピソードが展開した。医療の黎明期を駆け抜けた2人の女性をどう描くのか。吉澤さんに執筆の裏側を聞いた。(取材・文:婦人公論.jp編集部 油原聡子)

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【写真】りんと直美のメンターになる捨松

いつかバディものを

連続テレビ小説では異例ともいえる女性2人のバディもの。執筆のきっかけは、制作統括の松園武大さんからのオファーだ。「正規の看護教育を受けてトレインドナースとなった大関和さんと鈴木雅さんの物語を作りたい」と依頼された。

「いつか女性のバディものを書きたいと思っていました。”朝ドラ”でバディものは聞かないですし、医療ものを手掛けたかった。夫を病気で亡くしたので医療関係者に知り合いも多い。看護の世界を描けることがとても嬉しく、こんないい話はないだろうと二つ返事でお受けしました」

りんと直美のモチーフは、大関和と鈴木雅。1886年に桜井女学校付属看護婦養成所に1期生として入った。最初期に本格的に看護を学んだ2人だ。

(『風、薫る』/(c)NHK)

大関和は、下野国黒羽藩の家老の娘として生まれる。明治維新後、家は没落。士族の男性と結婚するもうまく行かず、子どもを連れて離縁。上京し看護婦養成所に入学する。

鈴木雅はクリスチャンとして育ち、英語が堪能。和とともに看護婦養成所で学んだ。慈善活動に力を入れたほか、看護婦の育成に目を向けた人物。

2人をモチーフに、りんと直美のキャラクターを考案。りんは那須の山裾の村で愛情いっぱいの環境で育った元家老の娘、直美は教会に捨てられていた子どもで、厳しい環境をしたたかに生き抜く女性だ。

「大関さんも鈴木さんも資料がほとんどありませんでした。脚色されている資料も多く、歴史考証の方が調べてくださったんです。ナースは天使のようなイメージがありますが、大関さんの足跡をたどると天使というよりも戦う女性だと感じました」と話す。大関和は看護の質確保や後進育成のため、看護技術を綴った本を執筆。看護婦同士が支え合うための組織作りや廃娼運動にも関わったとされる。

「大関さんには泣き虫だったのか『ナキチンゲール』というあだ名があったといくつかの資料にありました。りんの、感情豊かで思ったらすぐ行動するところは、大関さんからイメージしました。鈴木さんは、大関さん以上に資料が集まらなくて。史実では武家の娘ですが、大胆にアレンジして、教会の前に捨てられていたという直美の人物像を作りました」

きれいごとではなく

(『風、薫る』/(c)NHK)

2008年に脚本家デビューし、連続テレビ小説初挑戦。「りんと直美、2人分の人生があるので、15分の枠に収めるのに苦労しています。2人のエピソードのバランスも難しいけれど、ぶ厚いストーリーが描けるのはバディドラマならでは」と打ち明ける。

描きたいのはリアルな女性像だ。脚本家になる前から、ドラマで流れる女性同士の会話に違和感があった。

「綺麗すぎると感じていて。仲が良いほど女性同士は辛らつ。今とは時代が違うので、言葉選びが難しいのですが、女性同士のリアルな会話を描けたら、『自分と友達の話みたい』と視聴者に親近感を持ってもらえると期待しています」

劇中でりんと直美は、悩み、時には間違えながらも前に進んでいく。りんが、自分の行動についてたびたび、「間違えた」と悔いる場面が印象的だ。

「間違える主人公にしました。バディものだと、どちらかが突っ込んだり、訂正したりできる。清く正しくないけれど、生身の女性を描くことができると思っています」

りんを演じる見上愛は、キャスティングで選出。大河ドラマ『光る君へ』では藤原彰子役を演じ、豊かな感情表現が注目された。「見上さんは生身の人だと感じさせてくれる演技をします。コミカルなお芝居をしてもリアルさがある。表情も豊かなので、セリフに頼らず、見上さんを信じて脚本を書いていけます」

直美を演じる上坂樹里はオーディションで選ばれた。「上坂さんは佇まいが美しくて、周囲の空気が綺麗。直美は苦しい境遇の孤児で、きつい言葉や世を呪うようなセリフを言いますが、直美の根っこの部分は腐っていないと思わせてくれるのは上坂さんだからこそ」

今につながる医療現場の苦悩と喜びを

『風、薫る』の原案は、田中ひかるさんの『明治のナイチンゲール 大関和物語』(中央公論新社刊)。原案を読み、当時、病人の世話をする看護人は命を引き換えにお金を得る蔑まれる職業だったと知った。

「看護は大変な仕事なのに、今では考えられないような扱いを受けていて驚きました。そういう厳しい状況の中で、大関さんと鈴木さんが看護の仕事を確立した。女性が自分の名前で肩書きを持って働くのは大変な苦労があったはず」と推測する。

(『風、薫る』/(c)NHK)

医療や病気をめぐり、劇中では、令和とリンクする描写も目立つ。第1週では、りんの住む村にコレラが広がった。隔離される患者、遠巻きに見る村人たち…。りんの幼なじみの虎太郎(小林虎之介)の家族やりんの父も感染し、隔離されてしまう。

「コロナを思い出しながら、スタッフさんと話し合って書きました。当時、街で感染者がどんな目で見られていたのか…。りんたちの状況は、令和に通じる部分もあります。明治時代には感染症が流行りましたし、令和に通じる医療現場の苦悩や喜びを描いていきたい」

「看護」とともに大きなテーマとなっているのが「働く女性」だ。当時、女性は「誰かの妻」になるのが当たり前。女性が自立するための仕事もなかった。婚家を逃げ出したりんは、「誰かの妻」以外の道を求める。直美は恵まれない出自故に結婚に難しさを感じていた。道を外れた2人が、自立の選択肢として選んだのが看護婦だった。『風、薫る』は働く女性の始まりの物語でもあるのだ。

「働いていると苦しいけれど楽しい瞬間がある。苦しいからダメだというわけじゃない。苦しいけれどそれが誰かのためになるし、つながった最後には喜びになることもある。『働く女性は大変』とよく言われますが、つらいだけだったらみんな働いていないはず。りんや直美を通して、働くことの苦労と楽しさを届けたいんです」

魅力的な捨松像

(『風、薫る』/(c)NHK)

歴史上有名な人物も登場する。りんと直美を看護の道へ導くのが、多部未華子さん演じる大山捨松だ。会津藩の家老の娘に生まれ、12歳の時に官費で留学。津田梅子らとともに渡米し、明治15年に帰国。その後、陸軍卿の大山巌と結婚。女子教育や看護教育の支援に力を注いだ。

「捨松は、りんと直美にとってメンターのような存在。この時代、アメリカで看護に触れたことのある人はすごく珍しい。捨松は、『津田梅子と一緒にアメリカに行った人』『鹿鳴館で踊っていた人』というイメージを持たれる方が多いと思いますが、調べるうちに日本にチャリティーや医療を根付かせた人だと分かって、とても魅力的に感じました」

多部さんは、ヒロインを務めた『つばさ』(2009年)以来、17年ぶりの連続テレビ小説出演。捨松の初登場は第1週「翼と刀」の第5回。那須を訪れた大山巌・捨松夫妻の馬車が、道を歩いているりんとぶつかってしまい…。華やかな洋装で、白く清潔なハンカチをりんに差し出す捨松の存在感は抜群だった。

「多部さんは華があって上品。きついセリフを言っても可愛く見える。捨松はアメリカ帰りで言葉がストレートなので、多部さんの品の良さもあって、すごく素敵に演じていただいています」

『風、薫る』で光を当てた人物がもう1人いる。上京したりんが働くことになった瑞穂屋の主、清水卯三郎(坂東彌十郎)だ。人生に悩むりんと直美を新しい世界に誘う役割を果たす。

卯三郎は実在の人物で、幕末から明治にかけて活躍した実業家。漢学や数学、化学などの学問を納め、オランダ語や英語も通じた。商売をはじめ、パリ万国博覧会に参加し、茶屋を出店。東京・日本橋で、欧米から持ち帰った品を扱う「瑞穂屋」を営んだ。

「卯三郎はあまり知られていませんが、商人だから大きな視野を持っていたし、政治とは違った目線で明治初期を見つめていた。とても面白い人です。文化や社会の側面から明治を捉えたいという思いもありました」

大山捨松や清水卯三郎に背中を押され、りんと直美はともに看護婦養成所で学び、日本社会に看護を根付かせていくことになる。

「書き始めて1年以上が経ちました。りんと直美が出会うと、化学変化を起こして関係もどんどん変わっていきます。これから楽しいバディになっていくので、毎日ご覧になっていただけたら嬉しいです」