最近の高級車の「内装デザイン」は迷走しているかもしれない。木目が消えて失われたもの

トヨタ・クラウン ロイヤルサルーンG 2003

かつて高級車の価値は、座った瞬間に伝わった。木目パネルの感触、厚みのあるシート、節度のあるスイッチ。視覚的な派手さより先に、触覚や身体感覚が「これはいいクルマだ」と教えてくれた。

木目には格式があり、革には重みがあった。日本の高級車では、モケットのような厚い布地にも独特の豊かさがあった。柔らかく、温度変化が少なく、乗る人をやさしく受け止める。そこにあったのは、見せる豪華さではなく、もてなす上質さである。

メルセデス・ベンツ GLE

だが、最近の高級車で目立つのはレザーや木目素材ではない。光だ。最新のメルセデス・ベンツ GLEの内装をみてみると、ダッシュボード全面に広がるディスプレイ、ドアを走るアンビエントライト、夜になると浮かび上がるグラフィック……。かつて木や革が担っていた「高級さ」の記号を、いまは光と画面が引き受けている。

ダッシュボードとトランクに残る「馬車の記憶」

自動車は、ある日突然誕生したわけではない。中に人が乗り込んで座る乗り物の室内空間の考え方は、かなり長いあいだ、実は馬車の延長線上にあった。いま現在当たり前のように使われている自動車用語にも、実は馬車時代の名残が色濃く残っている。

Shutterstock

たとえばダッシュボード。いまではメーターやディスプレイが集まる、運転席前の象徴的な面を指す言葉だが、もともとは馬が蹴り上げる泥や小石を防ぐための板だった。つまり、あそこは最初から高度な情報パネルだったわけではない。出発点は、ただの泥よけだったのである。

トランクも同じだ。現在では車体後部の荷室そのものを指すが、もともとは旅行用の大きな荷箱だった。初期の自動車では、それを車体の後ろに括り付けて運んでいた。いまのクルマのように荷室が最初から車体に統合されていたわけではない。先にあったのは車ではなく、荷物のほうだった。

それはボディタイプの名前でも同じである。セダン、クーペ、カブリオレ、リムジン。いまではただの車型分類として用いられている言葉だが、もともとは馬車の種類を指していた言葉だ。クーペが「切り詰めた」ものを意味するのも、大きな馬車を短くして、より個人的な乗り物に仕立てたことに由来する。リムジンにいまも特別な格式高さが残るのも、客と御者の空間がきっぱり分かれていた馬車の構造を引きずっているからだ。

どんなふうに見られたいのか。どういう扱いを受けたいのか。誰を乗せ、誰と違っていたいのか。そうした感情が、馬車の時代から呼び名の中に織り込まれていたのだ。

なぜ木目は高級車の象徴になったのか

高級車の内装を長く支配してきたのは、木目だった。機械であるはずのクルマに、なぜ木が必要だったのか。理由は明快だ。木は、工業製品の中に工芸品らしさを持ち込める素材だったからである。均質な金属や樹脂と違い、木目には揺らぎがある。同じ模様は二つとない。大量生産品である自動車の中に、一点もののような気配を差し込める。その効き目は大きかった。

NorthSky Films / Shutterstock.com

しかも木には、家具や建築、応接間の記憶がある。木目が入るだけで、内装は単なる操作空間ではなくなる。ロールス・ロイスやジャガーが本木目を使ってきたのは、豪華に見せるためだけではない。移動空間を、機械からサロンへ近づけるためだった。

日本車も木目を熱心に使った。ただし、意味合いは少し違う。欧州車の木目が格式だとすれば、日本車の木目は豊かさの見える化だった。クラウンやマークII、セドリックのようなクルマに使われたツヤの強い木目調パネルは、今見ると少し大げさに映るかもしれない。だが当時のあれは、高級感をひと目で伝える記号として機能していた。