ウクライナ戦争が拡大し「ロシアの飛び地」カリーニングラードが核戦争の舞台になる日

リトアニア外相が攻撃を示唆

今回は、スイスでもっとも高い信頼を得ているだけでなく、ドイツ語圏においても高い信頼度を獲得している「ノイエ・ツュリヒャー・ツァイトゥング」(NZZ)に掲載されたリトアニアのケストゥーティス・ブドリス外相(下の写真)へのインタビューの話を取り上げたい(この新聞については、拙稿「スイスの有力メディアが痛烈批判!ノルドストリーム爆破事件に「新説登場」でいま問われる、ドイツ政府の重大責任」で取り上げたことがある)。

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ブドリス外相は、チューリッヒ大学ヨーロッパ研究所での講演のために来訪した。写真は、昨夏ハーグで開催されたNATO首脳会議でのものである。 Simon Wohlfahrt / Bloomberg / Getty

(出所)https://www.nzz.ch/pro/litauens-aussenminister-kestutis-budrys-ueber-europa-russland-und-die-nato-ld.10006147

5月18日に公開された記事「『我々はロシアという重荷を振り払った』とリトアニアの外相は語る」において、「EU(欧州連合)のない新たな世界秩序のなかで、リトアニアは生き残れるだろうか?」との問いに、ブドリス外相はつぎのような物騒な発言をしているのだ。

「北欧・バルト地域などでは、さらに急速な地域化が進むことになるだろう。しかし、バルト海に面したロシアの飛び地、カリーニングラードという問題が残っている。我々はロシアに対し、彼らがカリーニングラードに築いた小さな要塞を突破できることを示さなければならない。NATO(北大西洋条約機構)には、万一の事態に備え、同地のロシアの防空基地やミサイル基地を壊滅させる手段がある」

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カリーニングラードとロシアの位置関係

(備考)地図の左からポーランド、カリーニングラード、リトアニア、ラトビア、エストニア、地図の左下はベラルーシ、右下はロシア。

(出所)https://expert.ru/expert/2021/42/kaliningrad-grinfild-rossiyskoy-identichnosti/

この発言は、リトアニアがカリーニングラードを攻撃することを明言したものではない。それでも、リトアニアがカリーニングラードをねらっていることを公然と認めている。

インタビューの冒頭、「外務大臣、NATOの非公式なマスコットはハリネズミです。平和的な動物ですが、身を守る術も心得ています。NATOには十分な『とげ』があるのでしょうか?」と問われた。これに対しブドリスは、「ハリネズミは捕食者にこう告げているのです。『お前は私より大きいかもしれないが、近づくことは許さない。もし試みれば、痛い目に遭うだろう』。しかし、NATOはこの概念をまだ完全には実行できていません」と語っていた。この文脈に合わせて考えると、どうやらリトアニアは、ロシアがもし何らかの攻撃を試みれば、リトアニアはカリーニングラードを攻撃し、痛い目にあわせると言いたいのだ。

ゆえに、ロシア安全保障会議のドミトリー・メドヴェージェフ副書記はこれを「反ロ的な吠え声」と呼び、ロシア外務省のマリア・ザハロワ報道官は「自殺的な妄想」と呼んだ(「コメルサント」を参照)。

哲学者カントのゆかりの地

上の地図からわかるように、カリーニングラードはポーランドとリトアニアに挟まれた飛び地である。「ブリタニカ」の解説によれば、1457年からはドイツ騎士団総長の居城となり、1525年から1618年まではプロイセン公の居城となった。当時の名称はケーニヒスベルクである。

1701年、城の礼拝堂で、ブランデンブルク選帝侯フリードリヒ3世は、フリードリヒ1世として、プロイセン初代国王の戴冠式を行った。1724年、プロイセンのフリードリヒ・ヴィルヘルム1世は、近隣のレーベニヒトとクナイプホーフをケーニヒスベルクと統合し、一つの都市を形成した。

あの偉大な哲学者イマヌエル・カントは1724年4月22日、ケーニヒスベルクに生まれた。カントの父親は馬具職人、母親は馬具職人の娘だった。カントが生きていた時代のケーニヒスベルクは東プロイセンの首都であり、支配的な言語はドイツ語であった。ケーニヒスベルクは、プロイセンの他の地域やドイツの他の都市とは地理的に離れていたが、当時は主要な商業の中心地であり、重要な軍港であり、比較的コスモポリタンな大学都市であったという(「スタンフォード大学」の資料を参照)。

カントは大学卒業後、ケーニヒスベルク郊外で6年間、幼い子供たちの家庭教師として過ごした。この頃には両親とも他界しており、カントが学問の道を歩むにはまだ経済的に十分ではなかった。1754年にようやくケーニヒスベルクに戻り、翌年からアルベルティーナで教え始める。1796年に72歳で教職を退くまでの40年間、カントはそこで哲学を教えた。彼の墓地はケーニヒスベルクにある。

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Photo by iStock

この都市は第一次世界大戦中、ロシア軍による包囲を受けたが、陥落には至らなかった。しかし第二次世界大戦では、1945年4月に終結した2カ月間の包囲戦の末、赤軍(ソ連軍)によって事実上、壊滅状態に追い込まれた。東プロイセンの最北端地域と共に、ケーニヒスベルクはその後、ソビエト連邦の主権下に入り、1946年にカリーニングラードと改名される。

1947年にはドイツ人住民全員が追放され、西ドイツおよび東ドイツに移住させられた。主にロシアやベラルーシからの数十万人の新たな入植者がこの都市に住むよう招致された。ソ連はカリーニングラード地方を国内でもっとも軍事的に強化された地域の一つに位置づけ、強力な工業化も進めた。大規模な軍産複合体の企業、機械工学などが発達している。

ロシア側もリスクを認識

4月23日にRIAノーボスチによって公表された、ロシア外務省のアレクサンドル・グルシュコ次官へのインタビュー記事で、彼は、「バルト海で展開されているNATOの活動は、国際航海および経済活動に深刻な脅威をもたらしている」とのべた。とくに、彼は、英国が主導する統合遠征軍(JEF)の活動の活発化に注目し、「その任務には極北、北大西洋、バルト海地域における迅速な対応が含まれている」と語った。さらに、「JEFの主導下で行われる演習では、海上封鎖やカリーニングラード州の占領といったシナリオも想定されている。NATOは、欧州のこの地域における対立を意図的に激化させる道を進んでいる」とまで話していた。

なお、統合遠征軍(JEF)は、英国が主導する北欧10カ国による軍事連合である。この連合は2015年、主にバルト海および北極圏地域における危機への迅速な対応、脅威の抑止、作戦の実施を目的として設立された。英国のほか、デンマーク、フィンランド、エストニア、 アイスランド、ラトビア、リトアニア、オランダ、スウェーデン、ノルウェーが加盟している。

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つまり、ロシア側もカリーニングラード州が一触即発の危険な状況にあると認識していることになる。

カリーニングラードで核戦争?

実は、拙著『プーチン3.0』の第三章「核抑止論という詭弁」において、カリーニングラードが戦渦に巻き込まれやすい地域であることについて説明したことがある。たとえば、カリーニングラードへの陸路として、「スウォーキ(スワルキ)ギャップ」(Suwalki Gap)と呼ばれる地域がある。ベラルーシからリトアニア・ポーランド国境沿いにカリーニングラードにつながる回廊だ。

もしこの回廊が閉鎖されれば、カリーニングラードの孤立を招くから、ウクライナ侵攻の最中にあっても注目されている地域ということになる。この地を通って、リトアニアから鉄道でカリーニングラードへと輸送する貨車はリトアニア政府の「嫌がらせ」にあってすでに遅延したりしている。何が起きてもおかしくない緊迫した地域だ。

さらに、NATO は2016 年以降、バルト三国とポーランドに多国籍の小規模な「トリップワイヤー」部隊を配備し、ロシアの攻撃が原則だけでなく実質的にNATO 全体への攻撃となるようにしてきた(トリップワイヤーとは、触ったり踏みつけたりすることで地雷などを爆発させる仕掛けのワイヤーを意味している)。同年6 月、NATO はバルト3 国とポーランドに四つの多国籍軍を配備することに合意したのだ。米英などの部隊をロシアやベラルーシとの国境近くに展開することで、侵攻があった場合に備えて時間を稼ぐと同時に、即応性の高いNATO 対応部隊の参戦へとつなげるねらいがある(図3-1 を参照)。

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(出所)塩原俊彦『プーチン3.0 殺戮と破壊への衝動』社会評論社、p. 120、2022年.

バルト三国経由のドローン

ウクライナがロシアのサンクトペテルブルクやその近郊を無人機(ドローン)などで攻撃する際、ポーランドやバルト三国の上空を通過させることで、より目標をねらいやすくしてきたということもある。

だからこそ、ロシア外務省は今年4月、ラトビア、リトアニア、エストニアがロシア領内の目標を攻撃するウクライナのドローンに空域を提供していると非難した。これに対して、バルト三国は、ウクライナ軍(VSU)の無人機がロシアを攻撃するために自国領空を通過することを許可していないと答えたが、実際は違う。

複雑な国内状況が露わになったのが、ラトビアである。ロシア側の報道によると、5月7日朝、ラトビアの空域で6機のドローンからなる編隊が確認され、そのうち5機はレゼクネ付近で行方不明となり、6機目は防空部隊によって撃墜された。残骸の鑑定の結果、このドローンはウクライナ製であることが判明した。

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ラトビアでは、当初、ラトビア国軍(NVS)統合参謀本部作戦担当副参謀長のエギル・レシュチンスキス准将が、安全上の理由からドローンを撃墜しなかったと説明した。残骸や爆発が民間人やインフラに脅威をもたらさないという確信がもてなかったためとした。 

しかしその後、NVS司令官のカスパーシュ・プダンスは、技術的手段が不十分だったことを認め、UAVの1機は、検知システムに全く捕捉されていなかったことも明らかになった。その結果、5月10日、アンドリス・スプルズ国防相が辞任した。それだけではない。5月14日には、政権基盤の弱いエヴィカ・シリーナ首相まで辞任した。

緊迫するバルト海上空

5月19日、NATOの戦闘機がエストニア領空で初めてウクライナのものとみられるドローンを撃墜した(ウクライナの情報を参照)。このエストニア上空でのドローン事件を受け、ポーランド国防相は20日、ウクライナに対し、攻撃目標をより慎重に選定するよう求めた。

つまり、バルト三国やポーランドは、ロシアとの戦争に巻き込まれる危機を声高に叫ぶが、本当は戦争を決して望んではいないのだ。軍事予算増額に向けた広報キャンペーンの一環として、ロシアからの攻撃の脅威について絶えず語るのと、しかし、それが現実の衝突の瀬戸際にまで近づき、核戦争へと発展する可能性があるという見通しをもつことは、全く別の話なのである。

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5月26日付のロイター通信は、リトアニア当局者が同日、ロシアが能力を大幅に拡大したことで、カリーニングラード飛地から半径最大450キロメートルに及ぶ欧州の深部までGPS信号を改ざんできるようになったとのべた、と報じた。どうやら、緊迫した情勢はつづいているようにみえる。

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