「女性宮家」でもない「旧宮家からの養子」でもない…皇室の継続的な継承を望むために本当に必要な議論とは
国会では、皇族数を確保するための皇室典範の改正にむけて作業が進められてはいるものの、その実現が次第に危ぶまれるようになってきた。
それも、日本の国をどうするか、根本からの議論が欠けているからではないだろうか。本稿では、そのことについて考えてみたい。

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皇室典範改正への不安
皇室典範の改正をどのように進めるか、衆議院と参議院の正副議長がとりまとめ案を作成することになり、その作業が進められてきた。
ところが、とりまとめ案が提示されるのは当初の予定からずれこみ、現在では6月のはじめと設定されている。4月15日に全体会議がもたれたときには、すぐにでもとりまとめ案ができるとされていたのに比べると、大きな違いが生じている。
5月28日付の『読売新聞』では、とりまとめ案の原案が報道された。それを見ると、女性宮家の創設と旧宮家からの養子を認めることは固まったようだが、先送りされる部分があまりにも多いものになっている。
たとえば、女性宮家が創設された場合、配偶者や子供の身分をどうするのか。原案では、それを皇室典範には明記せず、「適時適切な措置」をすることを付帯決議に盛り込むことになったという。
養子についても、原案では、慎重な制度設計を求めるという。しかも、一定年数ごとに法案の見直しも求めるという。
果たして、こうした原案を提示されたとき、政府は皇室典範の改正案を作成することができるのだろうか。論争になってきた事柄が実質的に棚上げされており、作成作業は難航が予想される。
高市首相などは、今国会中に皇室典範の改正にこぎ着けたい考えだが、国会の会期は7月17日までしかない。会期が延長される可能性もあるが、これで皇室典範の改正は実現されるのだろうか。そうした不安も生まれるようになっている。
それも、当初から予想されたことであった。というのも、女性宮家の創設や旧宮家からの養子について、どちらも無理なところがあるからである。
「女性宮家」が先送りされる理由
まず、女性宮家についてである。
女性宮家が創設されるのは、女性の皇族が結婚したときである。その際に、女性皇族個人の意思が尊重されることになっているが、仮にその意思が確認された場合、配偶者の地位が問題になる。

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その際に、二つの考え方がある。
一つは、男性の配偶者を皇族とするというものである。これは男性皇族が結婚したとき、女性の配偶者が皇族になるのと同じである。上皇后や皇后、そして秋篠宮妃もその道をたどってきた。憲法に規定された男女平等の考え方からすれば、これが本来のあり方のはずである。
ところが、男性に皇族の身分を与え、さらには、そこに生まれた子供にも皇族の身分を与えることに、保守派は反対している。保守派が懸念するのは、それが女性・女系天皇への道を開くことになりかねないということである。
そこで、配偶者や子供には皇族の身分を与えないというもう一つの案が生まれた。
一般の国民には戸籍があり、天皇や皇族には皇籍がある。皇籍に入れば、皇族として特別な扱いを受け、当然、その生活費や活動費は国から支給される。逆に、選挙権などが失われ、訴訟することもできない。憲法が規定する基本的人権が制限されるのだ。
女性宮家において、女性は皇族でも、配偶者や子供は一般国民というのは、ひどく奇妙である。
その奇妙さは、住む場所について考えれば明確になってくる。
それぞれの宮家は現在、常陸宮家が渋谷区東の常盤松御用邸を邸宅に住んでいる以外、皆、赤坂御用地で生活している。
となれば、女性宮家も赤坂御用地に設けられるだろう。そして、女性皇族の配偶者や子供も、皇族ではないにもかかわらず、そこに住むことになる。配偶者がどこかの企業や団体に勤務していれば、そこから通勤することになる。
配偶者や子供も、皇族と同じように警備の対象になるとも言われているが、なんとも奇妙な状況である。
しかも、皇族には姓はないわけで、姓を持つ配偶者や子供と、姓を持たない女性皇族が同居することになる。それは、保守派が忌み嫌う夫婦別姓が実現するようなものである。
配偶者は子供に皇族の身分を与えたときには、今度は、そうした人たちを国民が皇族として認めるかどうかが問題になってくる。そうした問題があるがゆえに、今回の原案では、その決定を完全に先送りしているのだ。
そもそも「皇族復帰」に手を上げる人は
旧宮家からの養子となると、より問題は複雑である。
戦後臣籍降下した旧宮家は11あったが、それから80年ほどが経過する間に、すでに6つの家が断絶しており、もう一つそれが見込まれる家がある。残っているのはわずか4つの家である。

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そうした家のもとになるのが伏見宮家で、これは断絶が見込まれている。伏見宮家が創設されたのは応永十六年のことで、西暦では1409年である。室町時代であり、室町幕府の第三代将軍足利義満の治世下である。義満は京都に金閣寺(鹿苑寺)を建てたことで知られる。金閣寺の創建の方が少し早いが、伏見宮家の歴史はそれに近いのだ。
伏見宮家は創設以来600年以上にわたって続いてきたわけで、26代にも及んでいる。ほかの旧宮家はすべて、この伏見宮家からわかれたものである。
伏見宮家の初代は栄仁親王で、北朝の第3代、崇光天皇の第1皇子だった。つまり、天皇家とのつながりは、室町時代にまで遡らなければならないのだ。
そんなにも縁が遠いにもかかわらず、旧宮家の人間が天皇や皇族の親戚としてとらえられるのは、明治以降、旧宮家の男子が、明治天皇や昭和天皇の娘と結婚してきたからである。
しかし、それは保守派が嫌う女系でのことで、男系だとどうしても室町時代まで遡らなければならない。そんな天皇や皇族と親戚とも言えない人々が皇族として復帰したとき、国民はそれを認めるだろうか。
皇室の長い歴史のなかでは、いったん臣籍降下した人物が皇族に復帰する例はある。出家して僧侶になっていた場合が多いが、それも臣籍降下した本人か、その子供に限られている。子供では二例しかない。平安時代の醍醐天皇と鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての源忠房である。
旧宮家から養子に入る場合、まだ結婚していない若い世代が想定されている。そうなると、臣籍降下した人物の孫や曾孫にあたる。そんな人物が皇族に復帰した例は、これまでの歴史でなかったことである。養子案はそもそも保守派が必死に守ろうとしてきた伝統を破壊するものなのである。
国会でとりまとめ案の作成が延び延びになっているのも、そこで提案されていることが、こうした難しい問題をはらんでいるからである。原案はそうした難しい事柄について「先延ばし」を提案しているが、それでは、法案を作成することは難しい。『読売新聞』の後、ほかの新聞各紙も原案を報道しているが、それはあくまで現状の案であり、変更がなされる可能性もある。
しかも、女性宮家が誕生するには、女性皇族が結婚しなければならないわけだが、現在未婚の女性皇族は5人おり、眞子元内親王以来、結婚した例がない。
旧宮家からの養子にしても、皇族に復帰する意思を持っている人物が現れるという保証はない。皇族として生まれたわけではなく、ずっと一般国民として生活してきた人間が、何かと制約が多い皇族になることを希望するものであろうか。
旧伏見宮家の現在の当主、伏見博明氏は、その回顧録で、「天皇陛下に復帰しろと言われ、国から復帰してくれと言われれば、それはもう従わなきゃいけないという気持ちはあります」と答えている。この発言が、保守派にとっては養子があらわれる根拠の一つとなっているのかもしれないが、伏見氏は皇族を経験しており、下の世代になれば当然考え方は違ってくる。
「愛子天皇」でも問題が解決するわけではない
では、女性宮家や旧宮家の養子以外、皇族の数を維持し、皇位継承を安定化させる方策はあるのだろうか。
国民の間では、「愛子天皇待望論」が高まりを見せている。だが、女性天皇や、さらには女系天皇が誕生しても、それで将来の問題が解決するわけではない。

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保守派のなかには、天皇家は126代にわたって男系で継承されてきたことを強調する人々がいる。だがそれは、神話にもとづくもので、天皇家のはじまりがいつか、それが確定しているわけではない。最新の考古学の研究では、日本で王権が統一されたのは古墳時代中期の5世紀のこととされている。それは、それ以前にはまだ天皇にあたる存在がいなかったことを意味する(松木武彦『古墳時代の歴史』講談社現代新書)。
日本において王朝の交替がなかったことに価値を見出したのは江戸時代の国学者、本居宣長である。宣長は、それが日本が中国に勝っている根拠としたものの、中国がそれで日本を評価するようになったわけではない。
天皇が5世紀以降に現れたのだとしても、男系での継承が今日まで守られてきたのは貴重なことかもしれない。
だが、社会の変化によって「家を守る」ということに価値は見出されなくなってきた。まして、男系での継承にこだわることに意味があるのか、そうした考えが強くなっている。世論が女性天皇や女系天皇を容認するのも、それが関係する。
現在、皇位継承の資格を持っている男性皇族は秋篠宮、悠仁親王、それに常陸宮の3人である。上皇の弟である常陸宮はすでに90歳である。その点では、将来において天皇に即位する皇族は秋篠宮父子しかいないことになる。
皇室典範の改正がなされず、秋篠宮の後に天皇に即位した悠仁親王に男子が生まれなければ、その代で皇統は途切れる。たとえ男子が生まれても、悠仁親王一家以外、皇族がほかにいないという事態も生まれかねない。
今、本当に必要なのは、問題山積の皇室典範改正を議論することではなく、皇統が途絶える可能性を視野に入れつつ、それが起こったとき、国のあり方をどのようにしていくかを考えることである。
その際には、共和制への移行も視野に入れる必要がある。天皇に代わって大統領を国のトップとする方向である。
ただ、王制と大統領制が併存する国は地球上に存在しない。しかも、大統領制がさまざまな問題を抱え、その運営が難しいことは、現在の国際情勢が証明している。
共和制を視野に入れつつ、この国の形をどうしていくのか。戦後に占領という事態は経験したものの、海外の勢力に征服されたことがなく、明確に国家としての独立をなしとげた経験を持たない日本人は、今や初めて、自分たちで自分たちの国のあり方を決断する必要に迫られている。
そこまで議論を深めなければ、皇位の安定的な継承も実現されないのである。
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