東京ヴォードヴィルショー解散、広がる惜別の声と座長・佐藤B作の断腸

佐藤B作
さよなら公演なし、突然の解散発表

欽ちゃん一家。(前列左から)関根勤、斉藤清六、見栄晴、真屋順子、萩本欽一、わらべの高部知子、倉沢敦美、高橋真美、(中段左から)松居直美、生田悦子、小柳みゆき、イモ欽トリオの山口良一、後藤正、西山浩司、(後列左から)風見しんご、清水善三、佐藤B作、小西博之(敬称略)=1982年2月28日、フジテレビ
俳優の佐藤B作(77)が座長を務める劇団「東京ヴォードヴィルショー」が2026年5月をもって解散することが発表された。1973(昭和48)年の旗揚げ以来、半世紀以上にわたり日本の喜劇界を牽引してきた名門劇団の突然の幕引きに、SNS上では演劇関係者やファンから驚きと悲しみの声が殺到している。関係者によると解散公演などは予定しておらず、2025年10月に上演された「狐と南吉」が最後の公演となった。

島田紳助さん
5月11日までに更新された劇団の公式サイトで、佐藤が手書きのコメントを発表。「『エログロナンセンス笑いのパンチが乱れ飛ぶ!!』をうたい文句に立ち上げました」と振り返り、「諸事情により」解散すると発表。「53年間にわたり応援してくださった観客の皆々さまに心より御礼申し上げます」と深い感謝を綴った。
「人生のほぼ3分の2」 在籍メンバーや共演者が綴る感謝と寂しさ
解散の報を受け、長年劇団を支えてきた所属俳優や、かつて舞台を共にした役者たちが相次いでX(旧ツイッター)に胸中を明かしている。
1979年から47年間にわたり在籍した看板俳優の山口良一は、自身のXで人生の大部分を占めた劇団への愛着を語った。
欽ちゃんファミリーも支える
🔳山口良一のXポスト全文
「東京ヴォードヴィルショーは解散いたしました。 私は1979年から参加。47年在籍させていただにした。人生のほぼ3分の2いたわけですなぁ。ヴォードヴィルに入ったおかげで妻とも出会い、欽ちゃんと一緒にお仕事もできたわけです。感謝です。 私は自分の事を役者とは思っていませんで、じゃなんで劇団に入ったのか? 単純にヴォードヴィルな舞台を観た時に『わぁ、バカだぁ!面白い〜』と思ったからです。なので芝居が好きというより、面白い、楽しいことができそう!だからなんですね。53年間、そして私の47年間。本当にありがとうございました。劇団員、それぞれの道でまたお目にかかる日を楽しみに!」
世間的には「欽ちゃんファミリー」の印象が強い山口だが、最近の一般ユーザーからの「劇団所属だったとは…」という声に対し、「そうなんですよ、あまり劇団員というのは世間的には認知されてないような。無理せず歩んで行きます」と返し、劇団員としての歩みを静かに振り返った。
劇団東京ヴォードヴィルショーは当時、萩本欽一の番組を担当する構成作家集団「パジャマ党」と交流があったことから、佐藤B作や、山口良一が、欽ちゃんファミリーの一員としてテレビの世界に誘われた形だ。
また、劇団出身で「大森カンパニープロデュース」を主宰する大森博(ヒロシ)も、実家を失うかのような喪失感を吐露している。
🔳大森博のポスト全文
「本当に沢山の方が#東京ヴォードヴィルショー に気持ちを寄せて頂き有り難い限りです 実家がなくなることに 哀惜の念は堪えませんが 前へ 劇団がなければ大森カンパニーもなかったわけで 深い感謝と共に これからも邁進します」
他劇団や映像の世界で活躍する俳優陣からも、佐藤B作や劇団が与えた影響の大きさを物語るコメントが寄せられた。
現在、舞台「12人の怒れる男」で佐藤と共演中のモロ師岡は、稽古場でのツーショット写真とともに思いを綴った。
大森博、モロ師岡、山西惇、升毅ぶっちゃあ、ら惜別の声ぞくぞく
🔳モロ師岡のポスト全文
「佐藤B作さんと共演。名作『12人の怒れる男』隣の席でお世辞でもなく学生時代良く観させて頂いたB作さんと共演できるなんて夢の様ですと言ったら何を大袈裟なと優しく。その東京東京ヴォードヴィルショーが解散と知り寂しい気持ちになり稽古場で写真を撮って頂きました。間違いなく素敵な作品です!」
俳優の山西惇は、自身の役者人生の原点に同劇団があったことを明かしている。
🔳山西惇のポスト全文
「急な発表に驚きました。 素直に寂しいです。NHK『陽炎の辻』の現場で『東京ヴォードヴィルショーの『いつか見た男達』を見た衝撃が俳優を目指すきっかけの一つです』と佐藤B作さんにお話したのが、劇団500歳の会の始まりでした。長きに渡る活動継続は並大抵のことではなかったはず。お疲れ様でした。」
過去にB作の代役として劇団の舞台に立った升毅も、当時の思い出を「宝」と表現した。
🔳升毅のポスト全文
「劇団東京ヴォードヴィルショー さんに、 『戸惑いの日曜日』にて、 B作さんの代役として参加させて頂きました。 西郷輝彦さんはじめ、 劇団の皆さんとガップリやらせて頂いたこと…。 一生の思い出であり、宝です。 ありがとうございました」
お笑いコンビ「ブッチャーブラザーズ」の一員で、ベテラン芸人のぶっちゃあは、かつて劇団の門を叩こうとした若き日の熱い記憶を振り返っている。
🔳ぶっちゃあのポスト全文
「『日本妄想狂時代』を観て面白い劇団があることを知り、2度も願書を出したのだが、どちらも仕事が入って1度も受験出来なかった。『ザ・テレビ演芸』で高信太郎先生に飲みに連れて行って貰ったお店に、佐藤B作さんが来られてサインを貰った。東京ヴォードヴィルショーが無くなるとは本当に寂しい。」
難解な小劇場ブームの中で放った「笑劇」の眩しさ
ファンからも、昭和から平成にかけてテレビや舞台で圧倒的な存在感を放っていた劇団を惜しむ声が絶えない。
1980年代の小劇場ブーム(第三世代)を引き合いに出し、「『第三舞台』や『夢の遊民社』を観て意味不明・理解不能で凝固したオツムを東京ヴォードヴィルショーが溶解してくれました。笑劇の面白さでしたね」と、そのストレートな笑いの破壊力を称賛する声や、1980年代のヒットドラマ「翔んだカップル」などで劇団員が脇を固めていた実績を挙げ、「テレビに多大な貢献をした劇団。物心ついた時にはもう公演はプラチナチケットだった」と、当時の熱狂を懐かしむ投稿が見られた。
さらにSNS上では、元漫才師の島田紳助さんが若き日に同劇団から受けた衝撃についてのエピソードも書き込まれた。
当時を知るファンからは、「島田紳助さんが島田洋之介・今喜多代師匠に弟子入りする前くらいに京都勤労会館で見て『こんなに面白い世界があるのや!』と思ったと、KBS京都ラジオの『ハイヤングKYOTO』で話していたのを思い出した」というエピソードや、「島田紳助さんも漫才師にならなければ入りたかったと憧れていた劇団だった」といった秘話が書き込まれた。
島田紳助さんも憧れた「こんなに面白い世界があるのや!」
天才漫才師として一世を風靡した紳助さんをも魅了し、その後の芸能人生の引き金になるほどのエネルギーが、当時の東京ヴォードヴィルショーには満ち溢れていたことがうかがえる。
山口良一をはじめ、あめくみちこらが在籍し、久本雅美や柴田理恵といった希代のコメディアン・タレントを輩出してきた劇団東京ヴォードヴィルショー。53年という長い歴史に幕を下ろすことにはなったが、彼らが日本のエンターテインメント界に遺した「笑劇」のDNAは、これからも多くの表現者たちの中に引き継がれるのだろう。
(zakⅡ編集部 霞蓮刃)