【"朝ドラ"「風、薫る」第8週】孤独な侯爵夫人・千佳子(仲間由紀恵)が吐露した"胸を失う恐怖" りん(見上愛)が夫を呼んだ理由

連続テレビ小説「風、薫る」(毎週月~土曜午前8時、NHK総合ほか)第8週「夕映え」では「患者の心に触れる」とは何かを、これ以上ないほど具体的に突きつけてくる週だった。乳がん治療で入院してきた和泉侯爵家夫人・千佳子(仲間由紀恵)は、誰も病室に入れず、看護婦見習いのりん(見上愛)さえ拒む。病院は名誉を守るため、責任を養成所に押し付けようとしていた。その魂胆を、看護指導の教師・バーンズ(エマ・ハワード)が見抜く展開もあった。看護が“世話”から“想像力”へと変わる瞬間を描いた、重要なターニングポイントだった。
■身分の壁と、心の壁
千佳子の「侯爵家の奥様」という肩書が、病院全体の空気を変えてしまう。何か粗相があれば、病院や医師たちの名誉に関わる――だからこそ病院側は、看護婦見習いのりんたちに世話をさせ、問題が起きたら養成所のせいにするという、責任逃れの予防線を張る。
バーンズはその目論見を察して断ろうとするが、直美(上坂樹里)が言う。りんに任せてみてはどうか。うまくいけば養成所の株も上がるし、りんなら“心に触れる看護”ができるかもしれない、と。
その言葉もあってか、りんは千佳子の看護を引き受ける。ところが、いざ病室へ入れば、千佳子はけんもほろろ。幼い頃から側にいる女中が常に彼女に寄り添い、りんが入り込む余地はない。窓を開け、清浄な空気を入れ、シーツを替え、朝食の様子を聞き取ろうとしても、冷たく遮られる。
そして治療のためとはいえ、お通じのことを尋ねた瞬間に千佳子の逆鱗に触れてしまう。脈も体温も測らせてもらえず、看護の基本動作すら拒否される絶望が、りんを襲う。
ここでりんが気づくのが、「他人に身体を触れられること」の恐怖。看護は正しくとも、その正しさだけでは、人は受け入れてくれない。
まして千佳子の病は胸の病気である。身体の一部ではなく、女性としての尊厳に直接触れる領域だ。りんが懸命に千佳子に寄り添おうとしても、千佳子が返すのは「思い上がらないで」の一言。他者の気持ちを100%理解することはできない。その当たり前を、りんは突きつけられる。

■理解できなくても、想像する
千佳子の拒絶で、りんは“理想の看護”が遠ざかっていく感覚に飲まれる。直美もまた、別の悩みを抱えている。肌の病で痒みに苦しむ学用患者・丸山(若林時英)。どれほど背中が痒いか、眠れない夜を過ごしているかということを、直美は想像しきれない。
患者の辛さを完全に理解することはできない――りんと直美は、違う入り口から同じ壁にぶつかる。
病院の裏手の中庭——見習いたちが落ち込んだ時に一人で考えに来る場所が、りんの視界を開く。夕食を持った同期らが現れ、本来は寮で食べるべき弁当を、さながらピクニックのように広げるシーン。勝手に心配して、勝手に来てくれて、勝手に一緒にいてくれる――りんが噛みしめるのは、そのありがたさだ。
そして同時に思い至る。病院で一番の個室にいる千佳子は、いまも一人だ。助かる見込みは半分もない。孤独と恐怖の中で、誰にも弱音を吐けないのではないか。
ここで看護は、技術ではなく想像力になる。理解できないことを認めたうえで、それでも想像する。それができるかどうかが、りんの成長を分ける。

■「胸を失う恐怖」を言葉にできた瞬間
千佳子の心をほどいたのは、説得でも正論でもなかった。すごろくという、たわいない遊びだった。最初は渋る千佳子だが、暇を持て余しているのか、あるいはりんに少し心を開いたのか、盤上の駒を進める。
その途中で、千佳子がぽつりと語る。彼女が小さい頃のすごろくの上がりは「奥様」だったこと。少女時代の夢が、身分ではなく“言葉”として二人をつなぐ。ここから千佳子は、手術を拒む本当の理由を、訥々と語り始める。
空が綺麗だと思える夫と結婚できた幸せ。だからこそ、胸がなくなる恐怖がある。胸のない自分で夫の隣に立つことを考えると、不安と恐怖が増していく。少女でもないのに、そんなことを気にしてしまう自分が情けない――涙ながらに吐露する千佳子に、りんはそっと背中に手を当てる。
ここに見えるのが“看護の核心”だ。身体に触れられるのを拒んでいた千佳子が、触れられることを受け入れる。呼吸を合わせ、相手の尊厳を守りながら、必要な瞬間にだけ触れる。
千佳子の本心を聞いて、どう行動すべきか。バーンズや直美に相談し、思い切って夫・元彦(谷田歩)を呼び出すという一歩を踏み出したりん。看護婦見習いの枠を超える勇気は、危うさも孕む。
しかし、黙って見守るだけでは救えない孤独があることも、りんは知ってしまった。名家の妻として張り詰めて生きてきた千佳子には、家庭内で抱えていた“もう一つの背景”がある。その事実が浮かび上がることで、千佳子の頑なさはわがままではなく、生き方の鎧だったと分かっていく。
人は、孤独に沈むだけでは生きられない。小さな風が吹くから、また踏ん張れる。第8週は、その両方を描いた。
(北村有)
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