11歳で摂食障害、体重23kg…「ほとんど食べず、運動をやめられなかった」イギリス少女が語る地獄のような日々

「私は摂食障害でした」「一週間食べないこともあった」「152cmで30kg前後になったこともある」……そんな告白をしたダイエット系人気YouTuber、加藤ひなたさんが3月27日にこうカミングアウトし話題になった。以前から、日本人女性のやせ過ぎ問題は国際的にも話題になり問題視されている。しかし、SNSには今もより細いタレントやモデル、インフルエンサーたちの理想の体形の写真があふれている。中には、AIを使い、やせ願望を煽っているものもあり、「自分は太っている」「やせなければ」と強迫観念のスイッチを知らず知らずにおされてしまうトラップがあまりに多く存在している。そして、最近では「マンジャロ」のような糖尿病治療薬が過激なダイエット薬として出回り、重篤な副作用や死亡例が報告され、医療機関や学会、厚生労働省なども使用に対して警告を行っている。

国立精神・神経医療研究センターの報告(※1)によると、日本で摂食障害の患者は約22万人、死亡率は約5%と推定されている。しかし、この数字は治療に進んでいる人たちの数字なので氷山の一角に過ぎない。そもそも摂食障害は、食事の量や食べ方といった食に関する行動や体形への強いこだわりなど、心と体の両方に大きな影響を及ぼす病気だ。軽い気持ちで始めたダイエットから摂食障害につながり、過食や嘔吐を繰り返すケースも少なくなく、摂食障害に陥っているという自覚なく進行しているケースも多い。また、摂食障害=食事に関する問題と思われがちだがそれだけではない。食事や体重に加え、運動量への強いこだわりが重なり、生活が崩れていくこともある。ヨーロッパの摂食障害に関する学術誌『European Eating Disorders Review』(※2)の研究レビューによると、摂食障害当事者が治療機関を受診した時点で、健康を害する「過度な運動」を行っている人が48%以上もいたという。

「摂食障害」「拒食症」といった言葉は知っている人が増えた。しかし、そのすさまじい実態をリアルに知っている人は少ない。自身も摂食障害を経験し、現在は摂食障害に悩む人や、回復までの食事指導について取材しているライターの遠藤一さんが、摂食障害の経験を持ちながらイギリスでパティシエ兼ケーキショップオーナーとして活動するアメリア・ヘイデンさんに取材した。アメリアさんは、地元ノーサンプトンで、ヴィーガン&グルテンフリーのスイーツやパンを提供する数少ないパティシエとして知られ、活動が地元紙に取り上げられるなど注目を集めている。一方で、幼いころから「やせたい」という思いに強くとらわれ、約10年間にわたり摂食障害に苦しんできた。現在21歳のアメリアさんは、自身の体験をSNSで発信しながら、「食べること」に苦しむ人でも安心して食べられるスイーツやパンを開発・提供している。そんなアメリアさんが語る摂食障害のリアルをお伝えする。

きっかけは寄宿学校「もっと小さくなりたい」

アメリアは2004年生まれの21歳で、家族は両親に妹が一人。「とても幸せで愛情に満ちた子ども時代」だったという。しかし、11歳のときに拒食症と診断される。

通常、摂食障害と診断されるケースは、思春期以降が多い。日本小児科学会のレポート(※3)によると摂食障害の好発年齢は 14~18 歳(ピークは 16 歳)で思春期女性の 0.5~1.0%に発症し、男性より女性に 10~20 倍発症しやすい。しかし、アメリアのように10歳前後であっても、発症するケースはある。

アメリアが拒食の道に進んだのは、厳しくなじめない「キリスト教色の強い」寄宿制の女子学校に入ったことがきっかけだった。学校は地域でとても評判がよく、両親も安心して入学させ、その後妹も入学し、いっしょに学んだという。

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提供/アメリア・ヘイデンさん

一見、幸せそうなプロセスに思えるが、アメリアは次第にストレスを抱えていった。「いい学校だったけれど、規則がとても厳しくて、先生たちはみな昔ながらの価値観を持っていて保守的でした。しかも、クラスは7人程度の少人数制で、とても閉鎖的で常に誰かに見られているような雰囲気があり、自分だけの自由な時間が持てないと感じていました」

日本では小学校の寄宿制というのは少ないが、イギリスでは名門の寄宿舎は多い。規律が厳しくても学校が終わって自宅に帰って解放できればいいが、寄宿制の場合、その後の生活もともにする。自宅に帰れるのは、週末や長期休暇のときぐらいに限られてしまう。学校生活のプレッシャーが確実にアメリアを蝕んでいった。

「家で過ごしていたときには、私はどちらかというとおしゃべりな性格でした。しかし、学校では本当の姿は見せられませんでした。先生たちは生徒たちがすることに対してまず批判するというスタンスで接するため、常にジャッジされて監視されている気がして、『完璧でいなければ怒られる』とビクビクして過ごすようになっていきました」

こういった感覚は、アメリアだけでなく、学校全体に蔓延していて、そんなストレスからか、生徒間でもいじめが蔓延していた。でも、いじめが教師たちに発覚すれば、「怒られる」「自分の評価が下がってしまう」と誰もが思い、告発するものはいなかったという。

「親に学校の問題を相談することも考えたのですが、親が学校に指摘すれば、告げ口をした私に結局は害が及んでしまう……。まだ小さかった私には、我慢することが最良の方法だと思うしかなかったのです」

アメリアはこのころ11歳にしては身長165cmとクラスの中でもひときわ背が高かった。しかし、この「大きな身体」が次第にアメリアを苦しめていくことになる。というのも、教師たちは、自分と姿格好が対等な生徒よりも小柄で子どもらしい生徒を特別視する傾向があったからだ。

「今振り返ると私の思い込みかもしれませんが、『先生に好かれる生徒=“小さい”子たち』というイメージがありました。背が高かったこともあり、自分だけ目立っているように感じて、周囲にうまくなじめないと感じていました。だから、『先生に好かれるには、少しでも小さくならなきゃ』と思うようになったのです」

しかし、身長を変えることはできない。「小さくなる」ために彼女が選んだのは「体重を減らす」という手段だった。

生活を支配する「食事」と「運動」

どうやって身体を小さくしていくか……。当時小学生だったアメリアの思考では、「食事を抜くこと」が簡単にできる手段だった。当初は食事を抜いたり、ほとんど食べないことを試した。しかし寄宿舎生活では人の目があり、思うようにはいかない。そこで場をやり過ごすために食べ物を隠して持ち帰り、捨てるなどして、少しずつ食事量を減らしていった。しかしこの方法では劇的に減らすことはできない。アメリアは食事の後、吐くことを試してみることにした。

吐くことを覚えてからアメリアは、食事の後にバレないように、トイレに行って、胃の中をスッキリさせる行為を繰り返すようになった。「食事をしても吐けばいい」という行為はアメリアにとって安心できる行為になっていった。体重は順調に落ちていったが、アメリアはそれだけでは満足できなかった。

「とにかく、小さくならなくちゃ、誰よりも小さく華奢にならなければ愛されないと思うようになっていました。食べないこと、嘔吐することで体重が減っても、もっともっとと思うようになり、時間があるときはありとあらゆる運動にもチャレンジしました。階段を上り下りして走る、ランニング、サイクリング、水泳、体操、ヨガなど、とにかく全部。不思議なことに運動していると空腹感が紛れるんです。食べ物のことを考える時間すらありませんでした」

これは欧米の摂食障害研究の中で「運動依存」と呼ばれている現象で、全米摂食障害協会(NEDA)は、生活に支障が出ていても運動をやめられないほど“やりすぎてしまう”状態だと説明している。

「食べることへの恐怖感もありましたが、私の場合それ以上に、毎日運動をしないと、まるで人生が終わってしまうような感覚に襲われていました。摂食障害がもっともひどかったころは、学校の勉強をしている以外は運動していて、食事をしていた記憶はほぼありません。まだ11歳でしたが、学校にはスポーツを頑張りたいと相談し、朝起きてはジムに行って、走ったり運動したりしていました。とにかくじっとしていると体に脂肪がついてしまいそうで、ゆっくり眠ることも座っていることも苦痛になっていったのです」

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”運動強迫症”で筋トレやヨガをし続けていた。 提供/アメリア・ヘイデンさん

アメリアは赤ちゃんのころから強迫性障害(OCD)という特性を持っていた。強迫性障害とは、頭から離れない不安やこだわりを持ち、本人もやめたいのに同じ確認や行動をくり返してしまうメンタル系の疾患だ。アメリアは幼少期から、同じ服を何週間も何ヵ月も着続けたり、“お気に入りのもの”ばかり身につけるなど、こだわりが強かったという。また、不安が強く、いつもすべてを完璧に、きれいに整えていないと落ち着けないという完璧主義の傾向もあった。この強迫性の症状が摂食障害に拍車をかけていった。

さらに、体重の増減、1日の摂取カロリー量、”何km、何分走った”など、すべて数字に換算していった。達成した数字だけが自分の努力を裏切らず、「うまくいっている」と感じられる唯一の拠りどころになっていった。

体重23kg、強制入院へ

こんな調子で生活をしていれば、体重はどんどんと減少していく。当時11歳のアメリアの体重は23kgしかなかったという。イギリスの11歳女子、同身長の健康体重は45kgであり、その約半分である。

そんなある日、運動をしていたとき、心臓発作を起こして救急搬送された。原因は、極度の栄養不足と脱水による心臓発作だった。学校にも、身体も心も健康的ではない状況が明かされてしまった。それでも、アメリアは学校に残りたいと主張したが、命の危険があることからしっかりと治療することが優先され、退学処分になった。

診断では「拒食症、強迫性障害(OCD)、うつ病、不安障害」が明らかとなり、長期にわたり強制的に入院することになった。イギリスでは、摂食障害などで命の危険が大きいとき、本人の同意がなくても精神科病院に入院させて治療できる「精神保健法」という仕組みがある。

「いつまた心臓発作が起きてもおかしくない状態で、頭もぼんやりとしていました。自分ではしっかりしているつもりでしたが、意志の疎通もできない状況で、身体も心も限界に近づいていました。病院で何かあったときにすぐ命を助けられる医療スタッフのそばにいる必要がありました。両親も体重が減っていることは知っていましたが、ここまでひどい状況になっていたことに、大きなショックを受けていました」

摂食障害は、見た目の変化が起こるのでわかりやすい病気と思っている人が多いが、実際にはそういった変化を見破られないように隠すため、倒れて問題の大きさを周囲が自覚することはとても多い。

入院当初は、食事の摂取や抗うつ薬・抗精神病薬の服用を強制された。といっても、アメリアは口から食事を摂ることを受け入れることはなかった。心臓が止まると医師から説明があっても、飲み込むことを拒否してしまう……。病院はそんなアメリアに、鼻からチューブを入れて栄養が送られる処置をし、薬も注射器で投与する方法がとられた。何よりもまず命をつなぎとめることを最優先とするため、栄養投与中もチューブを抜かないように、複数の看護師の補助で行われた。

最初の入院では、常に「2対1の監視体制」に置かれたといい、2人の看護師がアメリアの周囲から一瞬も離れることなく「シャワーを浴びるときも、眠るときも、何をするときも、常に数十センチ以内に看護師がいた」と振り返る。医師から「再び家族に会うためには、最低限の健康体重まで、現在の体重からほぼ倍近く増やさなければならない」と言われた。「当時、まだ11歳だった私は、病院での対応が恐ろしく、心細くて、その状況から逃れたい一心で、食べることに気持ちを持っていったのです」とアメリアは振り返った。

摂食障害が家族に与えた影響

病院が指定した規定の体重をクリアするのは簡単ではなく、数ヵ月の時間を要した。やっと退院の許可がおりて、家に帰ったが、その後の生活は容易ではなかった。

「摂食障害は治療をしても完全に治ることが難しい疾患と言われています。何度も繰り返す人も少なくありません。家族も私が食べることをやめて壊れていく姿を、ただ見守ることしかできない日々でした。とても怖かったはずです。退院してある程度体重が戻っても、心はまだ回復していないので、すぐに食べることへの恐怖感が蘇ってきました。親が作ってくれた食事を前にしても、不安や嫌悪感が出てきてしまい、うまく食べられない日が続きました。そんな私の姿を見かねて、家族は次第に追い詰められていきました。結果的に私の行動で家族が言い争うことが増え、バラバラになってしまいました」

生活にも制約があった。再び心臓発作の危険があるため、ジムへ行くことは許されなかった。それでも運動をしないと脂肪が燃焼できないという思いに再びとらわれたアメリアは、手持ちのマットやトレーニングチューブ、さらに重り代わりの家庭用品まで持ち込み、常に運動していたという。

実際には、拒食も運動も止められないアメリア。この状態に、同じ寄宿舎に行った妹も、休日に家に帰ってこなくなり、アメリアと両親だけの家の中では、アメリアの行動に関して「お互いに叫び合っているような状態だった」という。その後、両親は自分たちの力ではアメリアを救えないと絶望し、離婚して、どちらもアメリアの元を離れることになった。

「今こうやって大人になって思うのは、摂食障害は本人だけでなく、周囲の人たちにも大きな影響を与えてしまうということ……。担当医師が説明してくれましたが、入院したり、PTSDやパニック障害を併発したりすることもあって、仮に退院したとしても、元通りには戻れないケースは多いそうです」。

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アメリアがSNSに投稿した「立ち直れるし、7年かかっても状況は良くなるよって、過去の自分に言ってあげたい」というメッセージ。 提供/アメリア・ヘイデンさん

実家がなくなったアメリアは、再び病院に戻り、そこから7年間の入院生活が続いた。両親は、アメリアの養育はしなかったが、治療費だけは出してくれた。現在に至るまでに計6か所の病院にかかり、そのうち4か所は摂食障害の専門病院、残りの2か所は自傷行為やうつ病の治療のために入院した。

「両親が私の養育を放棄し、離婚したことが決定打となりました。家族全員とのつながりを断ち、入院を繰り返しましたが、摂食障害を完全に取り除くことができず、少し調子がよくなったと思うと、やせ願望が再燃するという繰り返しでした。年齢を重ねるごとに、周囲の目がより気になるようになって、助けようとする人や物事をすべて拒絶し、遠ざけるという生活を繰り返していきました」

深夜2時、階段100回…止められない“運動”

10代の少女だったアメリアにとって両親に捨てられたような状況は、孤独以外の何者でもなく、運動強迫は、ますます自らを縛るものとなっていった。就寝時間が過ぎても、午前2時になっても、睡眠不足で限界の状態でも、彼女は看護師や介護士の目を盗んでは、“絶対にやらなきゃいけないルーティン”を課していた。

「深夜に、看護師の巡回時間を避けて、見つからないように階段を100回以上上り下りして走っていました。音を立てずに静かに走ることは普通に走る以上によいトレーニングになりました。しかも、その回数は毎日“もっと増えていく”決まりで、終わるとベッドで気絶するみたいに眠って、早朝5時半に起きて、また同じ運動を最初から繰り返す。夜4時間以上眠ることはありませんでした」

その4時間の睡眠でさえ、20分ごとにスマホのアラームで起きては運動をしていたこともあり、アラームの音で病院のスタッフがその動きに気づくこともあったという。生命活動よりも運動を優先するアメリアに対して、病院側も睡眠薬を使うなどの対処をすることもあった。また、寝ている間、病院のスタッフが動かないようにアメリアの身体を押さえつけていた記憶もあるという。

「ぼんやりしながら目を覚ますと、動かせたのはつま先くらいでした。それでも私は“何かを動かしてカロリーを燃やさなきゃ”と思っていたんです。それでつま先を動かそうとしたら、結局、足も含めて全部を押さえられてしまいました」

自分でコントロールできるところが少しでもあれば、そこを動かさずにはいられなかった。元々は高身長の身体がイヤで「小さくなりたい」と始めた減量だったが、そのころには「存在したくない」と感じるようになっていった。「正直な気持ちは、自殺願望に近かったと思います。ずっと閉じ込められている感じで、本当に自分を止める自制心がまったく効きませんでした」と、完全に制御不能になっていた。

自分自身が死に近づいていることは自覚していたという。それでも食べないことや過度な運動をやめることはできなかった。「”やせること”だけが私にとって自分でできる唯一のことでした。もし死ぬとしても、『少なくとも私はそれをやり遂げながら死んだ』って思えるような、誇りというか、拒食症に“仕えて”正しいことをした、という感覚が欲しかったんだと思います」と、完全に摂食障害に身を捧げていた。

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提供/アメリア・ヘイデンさん

「あのころは本当に疲れ切っていて、『永遠に眠りたい』と思っていました。翌朝、目が覚めて、また同じ毎日が始まる。眠りたいのであれば眠ればいいのですが、そうすることができず、身体を動かさないと不安になってしまう……。その繰り返しが、とにかくつらかったのです。けれど、実際に自殺する勇気もありませんでした。入院する前に通っていたキリスト教の学校では、自殺はとても厳しく禁じられていましたし、自殺したら自分に何が起こるのかを考えると怖かったのです。だから、完全に身動きが取れないような気持ちのまま、どうすればいいのかわからずにいました」と、生と死の狭間に居続けた。

そして、12歳のとき「もう子どもは産めないかもしれない」と医師に告げられた。13歳のとき、長期間の飢餓状態が原因で甲状腺機能低下症を発症し、生涯薬を飲み続けることが必要になってしまった。14歳のときには、嘔吐による感染で歯を抜かざるを得なかった。確実に、摂食障害はアメリアの身体を蝕んでいった。

◇後編【摂食障害で車椅子生活…「食べることが怖い」イギリス少女が10年の絶望の先に見つけた「唯一の希望」】では、入院生活でアメリアさんの心を支えた、たった一つの希望について。そこから少しずつ自分を取り戻していく様子をお伝えする。