コップ1杯の水で「1km上流のクマ」を特定! 秋田県も導入した「環境DNA」の驚くべき実力

目撃前にクマの存在を警告…福井の釣り支援会社が挑む「環境DNA」の正体とは
コップ1杯の水でクマを特定
冬眠明け早々、市街地にクマが出没し始めている。各自治体がさまざまなクマ対策を講じているが、昨秋から秋田県が取り入れたのは、川や湖の水からクマのDNAを検出する「環境DNA」調査だ。
「コップ1杯の水があれば、24時間以内に、1km上流にどのクマがどれくらいの数いたかが推測できます」
こう言うのは、株式会社フィッシュパス(福井県坂井市)の中谷優基さん。
川をクマが歩けば毛が落ちる。水を飲んだら唾液が残る。そんな微小な痕跡でDNAが分析できるというのだ。
フィッシュパス社は川釣りライフをサポートする会社だ。川や湖で釣りをするときは、その地域を管轄する漁協から遊漁券を購入しなければならないのだが、遊漁券の存在さえ知らない釣り人が多く、漁協は困窮するばかり。そんな釣り人や漁協のために、フィッシュパス社では24時間いつでも遊漁券を購入できるスマホのアプリケーションを開発。
漁協は定期的に資源調査を行わなくてはならず、これまでは網ですくったり、電気ショッカーで魚を浮かせるなど、専門的な技術や人手が必要で、自然環境にもよくなかった。そこで同社は漁協もサポートすべく「環境DNA」事業を始めたのだという。
水をすくえば、そこに含まれている魚のウロコやフンなどで、1km上流に、24時間以内に、どんな魚がどれくらいいるのかわかるそうで、現在、全国の漁協や環境コンサルタント、環境アセスメント企業などがこのシステムを利用しているという。
そんなフィッシュパス社がどうしてクマ対策に乗り出したかというと、
「遊漁券事業などでお付き合いのあった秋田県の漁業関係者がクマに襲われ、大ケガを負ったのです。それがきっかけとなって、クマの環境DNAを調べることになりました」(中谷さん・以下同)

「クマの爪痕からクマのDNAを採取して、そこに人間のDNAもあれば、人間を襲ったクマがそこにいたということもわかります」と、中谷さん

フィッシュパス社の環境DNA分析室。DNA保存液を使うことで72時間採取したときの状態が保たれる。遠い現地からも採取した水を送ってもらえば分析することができる(PHOTO/フィッシュパス社提供)
目撃前にクマの存在を注意喚起
環境DNAを分析して、どこにどれだけの数のクマがいるか割り出すことでどのような対策が立てられるのか。
「科学的根拠に基づいて、クマが多く出没するところに罠を仕掛けることができます。どこまでクマが侵入してきているのか、どこにクマが多くいるのか知ることで、注意喚起することもできます」
昨年、1万3592件と全国でもっともクマの出没件数が多かった秋田県。草むらでガサガサと音がしただけで「クマが出たのでは」と恐怖を感じる人が多いというが、
「もしかしたらイノシシかもしれない。環境DNAを調べることで無用な恐怖感を取り除くこともできます」
秋田県でも男鹿半島のあたりはクマの目撃情報が少ない。今後は「クマがいるか、いないかわかっていない」地域も調査していく予定だ。

川の水を採取。これで1km上流までに24時間以内に、クマがどれくらいいたかわかるという(PHOTO/フィッシュパス社提供)
国も導入! 広がる環境DNA
環境DNAの技術が開発されたのは、今から10年ほど前。当初は環境DNAを分析するためにバケツ1杯ほどの水を要することもあったが、今ではコップ1杯程度の水で河川や湖はもとより、海や下水なども調べることができる。
「土や空気で分析することもできます。クマの爪痕からクマのDNAを採取して、そこに人間のDNAがあれば、人間を襲ったクマがそこにいたということもわかります」
すでに国交省は河川水辺の国勢調査に環境DNAを使うことを決めており、着工前、途中、工事完了後の土の環境DNAを分析する大手ゼネコンも出てきた。
「洋上風力発電所を建設する際にも役立つと思います。環境アセスメントの領域ではかなり浸透していくのではないでしょうか」
絶滅危惧種のレッドデータリストは10年ごとに更新される。その調査にも環境DNA分析が使われているが、
「我々フィッシュパスは魚類の調査を任せてもらえそうです」
目下の関心はそちらに移りつつあるのかと思ったが、中谷さんは最後にこう言うのだった。
「クマとの遭遇を避けるためか、ここ2〜3年で秋田県の釣り人の数がものすごく減っているんです。クマがいない、クマが来ないという科学的根拠があれば、安心して釣りを楽しんでもらえる。環境DNA分析でその手助けをしたいですね」

フィッシュパス社では、調査した結果を見える化している。青丸が大きいほどクマが多く出没していることを示している(PHOTO/フィッシュパス社提供)
取材・文:中川いづみ