資産も収入もあるのに「住む部屋がみつからない」60代男性が直面した「どこも貸さない」という過酷な現実

神奈川県藤沢市の亀井野に、高齢者が終の住処を求めて全国から集まる民間のアパートがある。

【写真を見る】住居棟とカフェの入る棟の2階部分をつなぐ回遊デッキ。住人同士が談笑することも(写真提供:株式会社BAKERU)

高齢者施設でもサービス付き高齢者向け住宅でもないのに、満室で入居を待つ人が100人以上いる。仕掛けたのは、28歳で九州からスーツケースひとつで上京してきた女性。原点にあったのは、ある高齢者に「ご紹介できる部屋がありません」と告げざるを得なかった歯がゆい経験だった。

高齢者と若者が寄り添い暮らす多世代共生型アパート

「僕ロンドンに留学してたことがあって」

「そうなんだ。天気よくないっていうよね」

「写真見せて。ありゃ。これじゃ小さくて見えないよ〜(笑)」

よく晴れた日曜日の朝。神奈川県藤沢市のアパートに隣接するモダンなカフェで、高齢者と若者が10人、お茶会を開いていた。持ち寄ったお菓子をつまみ、ドリンクを片手に会話を楽しんでいる。

高齢者と若者が寄り添い暮らす多世代共生型アパート, クリスチャン家庭で育った「人の役に立ちたい」の原点, 初めての部屋探しで体験した不誠実な対応, 他社で断られてきた人が集まる不動産会社, 初めて「部屋をご紹介できません」と告げた日, 技術ではなく「関係性」で孤独死を防ぐ住宅をつくろう, 高齢者が本当に居心地がいいと思える住宅とは……, 前例のない住宅モデルに誰も理解を示さない, 「お節介すぎない関係」が成立するアパート, 「暮らし」という価値観で選ばれる住宅

お茶会の様子。鮎川さんも加わり11人でワイワイとお話し中(写真:筆者撮影)

20代の男性が大学を卒業したと話すと、90代の男性はそれを聞きながら「俺が若い頃はな」と笑う。途中で「こんにちは」と新たな若者がやってきて、高齢者たちは「お〜。久しぶりだね」と自然に受け入れ、輪が広がった。世代を超えた穏やかな交流の様子に、取材で訪れた筆者の心も自然とゆるんでいく。

ここは多世代共生型のアパート「ノビシロハウス亀井野(以下、ノビシロハウス)」。10代・20代の若者から70代以上の高齢者まで、幅広い世代がともに暮らしている。

といっても部屋はそれぞれ独立したひとり暮らしで、高齢者も若者も自分のペースで生活する。とくに特徴的なのが、若者が「ソーシャルワーカー」として入居し、高齢者と日常的な関わりをもつことで家賃が半額になる仕組みだ。

「目指すのは、高齢者がひとりでも安心して暮らせる住まいです」と語るのは、株式会社ノビシロ代表取締役の鮎川沙代さん(43)。なぜのどかな街の一角に、これまでにないユニークな住宅が誕生したのだろうか。その背景には不動産業界に疑問を抱いた体験と、高齢者の住まい探しに対する強い思いがあった。

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左側にノビシロハウス、右側にお茶会が開かれた「カフェノビシロ」がある(写真:筆者撮影)

クリスチャン家庭で育った「人の役に立ちたい」の原点

1982年、鮎川さんは佐賀県で生まれた。クリスチャンの家庭で、聖書の教えがそのまま日常の教科書だった。

「『人に親切にしなさい』って小さい頃から刻み込まれているんですよ。だから、人の役に立ちたいという気持ちが自分の根底にあります」

その静かな思いに火をつけたのが、2011年3月に発生した東日本大震災だった。その頃、鮎川さんは地元に近い福岡の税理士事務所で働いていた。

「なにか力になりたくても、九州にいながらできることは限られていました。当時は寄付をしたりボランティアに行ったりすることも、金銭的に難しくて」

それでも「なにもしない」という選択肢は鮎川さんになかった。ピンポイントで東北を支援するのではなく、もっと大きな枠組みで社会に貢献できないか。たどり着いたのは、「雇用を生み出す」という考え方だった。

「会社をつくって雇用を生む。それが社会への貢献になるんじゃないかと思いました。ボランティア精神はずっとあったのですが、20代後半に差しかかって、自分の時間だけを差し出すやり方は一生続かないなと感じたんですよね」

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「やりたいことは全部やる」好奇心旺盛な子どもだったという(写真:筆者撮影)

ただし鮎川さんが目指したのは、稼いだお金で寄付をするような形ではなかった。

「資本主義の社会では、人を助けるにもお金と時間が必要です。せっかくなら、その仕組みを使って事業として成り立つ形で人の助けになりたいなと。稼いだお金をなにに使うかは自由だという人もいますが、私は事業そのもので人の役に立ちたいと思ったんです」

2011年6月、内側から湧き上がる思いに突き動かされるように、鮎川さんはスーツケースひとつで九州を出た。

初めての部屋探しで体験した不誠実な対応

上京した翌日に、部屋探しをスタート。初めてのひとり暮らしだったこともあり「部屋はすぐに決まるだろう」と楽観的に考えていた。しかし28歳の鮎川さんは仕事もなく、東京に足がかりがない状態。不動産会社をめぐったものの門前払いをされ、すぐに部屋を借りることはできなかった。

ひとまず働かなければとアルバイトをはじめ、ネットカフェで寝泊まりする日々。2カ月ほどでようやく電話営業の仕事に就き、部屋探しのために再び不動産会社へ向かった。しかしそこで受けたのは、あまりにも不誠実な対応だったという。

「『新宿まで1本で行ける場所で、家賃8万円の1K』と希望条件を伝えました。担当者から提示されたのは3つの物件資料。老朽化が進んでボロボロの2軒とそれよりはマシな1軒で、実質的な選択肢はひとつしかありませんでした」

「駅から徒歩10分以内」と希望を伝えていたにもかかわらず、実際に物件まで歩いてみると20分はかかる。「遠いですね」と鮎川さんが言うと、「すいません。道に迷っただけです」と担当者は言い張った。土地勘のない鮎川さんは「フリーレント1カ月分がついた特別なパック料金なので10万円で入れる」と言われ、すすめられるまま契約に気持ちが傾いていく。

ところが契約の前日、担当者から不可解な電話がかかってきた。

「『フリーレント1カ月と言いましたが、1日分だけでした。差額の賃料8万円を現金でもってきてください』と言われたんです。そんなことがあるのかとビックリしましたよ。でも、ずっとネットカフェ暮らしでこれ以上長引かせたくなくて、しぶしぶお金を払いました」

あとでわかったことだが、その不動産会社は「フリーレント1カ月」をスタンダードで提供している会社だった。「1日」のフリーレントを売りにするはずがない。だとすれば、浮いた差額分は担当者の懐に入ったとも考えられる。

なぜこんな営業がまかり通るのか。鮎川さんが行き着いた答えは、個人の資質ではなく「構造」の問題だということだった。

不動産仲介業者の報酬は法律で賃料の1カ月分が上限と決まっている。集客にも広告費がかかるため、来店した客に契約してもらわないと赤字になる。営業の給料は歩合制が多く、客の満足は二の次――。それが当時の不動産仲介営業の実態だった。

「給与体系や集客方法を変えなければ、結局同じことの繰り返し。だったら自分でやろうと思ったんです」

他社で断られてきた人が集まる不動産会社

半年後の2012年4月、鮎川さんは不動産仲介会社「エドボンド」の代表に就いた。業界のカラーに染まっていないことは、むしろ強みになった。既存の枠組みにとらわれず、理想の会社を一からつくり上げることができたからだ。

エドボンドでは広告は一切出さず、口コミと紹介だけで集客する方針を徹底した。

「起業したばかりの頃は、お客様も少なくて本当に苦しかったです。でも私みたいな辛い思いをする人がいないようにと一人ひとりの相談に向き合ううち、少しずつ『あそこは親身になってくれたよ』『強引な営業もされなかった』という評判が広がっていきました」

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「どんな境遇の人も断らない」を信念に部屋を紹介し続けてきた(写真:筆者撮影)

人生の節目ごとに訪ねてくるリピーターや、知人を紹介してくれる客が増え、数年で会社は軌道に乗った。営業職の給料も相場より高めの固定給に変更できた。するといつの間にか、シングルマザー、外国籍の人、DVの被害を受けた人、服役歴のある人など、住まい探しで困難を抱えた人たちが自然と集まるようになっていた。

「私たちは『社会的に弱い立場の人のための仲介です』と謳っていたわけではないんですよ。でも結果的に口コミや紹介で、ほかの不動産会社で嫌な思いをしたり断られたりした方たちが集まってくれるようになりました」

どんな事情のある人も、自分たちからは断らない。相談に訪れる人たちと向き合い続けるなかで、その思いは鮎川さんの揺るぎない信念になっていった。

初めて「部屋をご紹介できません」と告げた日

しかし、その信念を貫けない事態が起きる。

ある日、紹介で60代後半の男性が相談に訪れた。話を聞くと「23区内で家賃15万円までの1LDK」を希望しているという。男性は資産も収入も十分にあるため、通常であればなんの問題もなく住まいが決まる案件のように思えた。

だが結論から言えば、鮎川さんはこの男性に部屋を紹介できなかった。60代後半と聞いて、どのオーナーも首を縦に振らなかったのだ。

「それまでどんな境遇のお客様であっても、どうにかして部屋を見つけてきました。でもあの日、初めてお客様に『ご紹介できる部屋がありません』と言わなければならなかった。今でも忘れられないくらいショックでしたね」

お金があるのに部屋を借りられない。どれだけ頭を下げても、オーナーが「ダメ」と言えばそこで終わる。鮎川さんにとって、不動産仲介業の限界を突きつけられた瞬間だった。

技術ではなく「関係性」で孤独死を防ぐ住宅をつくろう

なぜ断られたのか。オーナーたちに事情を聞くと、返ってくるのは決まって「孤独死のリスク」という言葉だった。

「保証人がいないとか、お金がないとか、そういう問題じゃないんです。若い人だって保証人がいない人はいるし、家賃を払えない人もいる。それを担保するのが保証会社ですよね。問題の本質は、ひとり暮らしの高齢者が亡くなっても、誰にも気づかれないリスクなんです」

若い入居者は学校や職場に通っている場合が多いため、姿を見せなければ周囲が異変に気づける。しかしひとり暮らしの高齢者は社会との接点が少なく、発見が遅れやすい。発見が遅れると、警察対応や原状回復など精神的・経済的に大きな負担がかかる。そのリスクがオーナーにとって最大の懸念だった。

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株式会社R65がおこなった調査によると、65歳を超えて賃貸住宅を探した際、「苦労した」と回答した人が42.8%。直近1年以内が最も多く、2人に1人以上が苦労を感じている結果が出た(引用元:株式会社R65プレスリリースより)

「それならば、孤独死のリスクさえなくせたら部屋を貸してもらえるはず」と考えた鮎川さんは、IoTセンサーメーカーの代理店になるなど方法を探りはじめた。しかし、やればやるほど違和感が膨らんでいった。

「ふと気づいたんです。私は入居者の味方であるはずなのに、やっていることはオーナーさんの安心のためでしかないって。入居者は『部屋を貸してほしい』とは思っていても、『死んだらすぐ見つけてほしい』なんて思っていないんですよ」

高齢者が本当に居心地がいいと思える住宅とは……

では、高齢者が求める家とは、本当に居心地がいいと思える住宅とはなにか。その答えを求めて介護の専門家や医師を訪ね歩いた。そのなかで、重要な出会いを得る。生活に密着した介護支援をおこなう株式会社あおいけあ代表、加藤忠相さんとの出会いだ。

加藤さんは利用者の自立支援に力を入れ、革新的なアプローチで国内外から注目されている人物。鮎川さんは加藤さんのもとに通い、勉強会に参加して「高齢者がどう老いていくのか」「認知症になってからどう暮らせば幸せを感じるのか」を学んだ。

「高齢者をもっと知る必要がありました。不動産業界の常識だけでは解決できない問題がたくさんあった。加藤さんとの出会いがなければ、ノビシロハウスは生まれていなかったと思います」

約3年にわたって理解を深めた鮎川さんは、2019年、加藤さんら数人とともに「株式会社ノビシロ」を設立した。

学んだ知識を礎に、高齢者が安心して過ごせる住まいについて構想を重ねると、鮎川さんの脳裏に浮かぶのは「かつての日本では当たり前だった生活の風景」だった。子と親、祖父母が同じ屋根の下で暮らし、日常のなかで自然と支え合う。そうしたゆるやかな関係性のなかで暮らすことができれば、歳を重ねることへの不安は和らぐのではないか。

この発想が、多世代共生型賃貸住宅「ノビシロハウス」の原型となった。

前例のない住宅モデルに誰も理解を示さない

発想をもとに社内外で話し合いを重ね、これまでにない斬新な構想が完成する。

若者が「ソーシャルワーカー」として高齢者と同じアパートに住み、声かけといった日常的な関わりで自然な関係を築く賃貸住宅。若者は家賃が半額になり、高齢者は人とのつながりのなかで安心して暮らせる。暮らしそのものが孤立を防ぐインフラになる仕組みだ。

新たに建物を建てようと考えていたある日、転機が訪れた。ノビシロの役員でもある加藤さんのもとに、近くの金融機関から「アパートを買いませんか」と相談を持ち込まれたのだ。

物件は小田急江ノ島線の六会日大前駅近くにある学生向けアパート。近くには日本大学のキャンパスがあるものの、コロナ禍などの影響で学生が減り、8部屋のうち6部屋が空室になっていた。

「アパートを見に行くと『あおいけあ』所有の更地が隣接していて、合わせると100坪くらいになる。加藤さんから『ここでなにかできないかな』と言われ、プランを書きはじめました。既存のアパートをリノベーションし、更地には新築の棟を建てて2棟がつながるようにしたんです」

費用は億単位でかかる。それも、前例のない新しい仕組みの住宅だ。銀行が簡単に融資を認めるとは思えない。鮎川さんは構想の実現に向けて事業収支計画書を作成し、銀行にかけ合った。返済計画、家賃収入の見込み、ノビシロが借り上げて支払える金額。一つひとつ説明を重ね、融資の審査を通した。

「すべて難しかったです。世のなかにない住宅をつくるわけですから、最初は誰にも理解してもらえませんでした。満室になるまではプレッシャーがありましたね」

うまくいかなければすべて自分の責任。それでも鮎川さんのなかには「絶対に大丈夫」という確信があった。

構想から約1年半後の2021年1月、「ノビシロハウス亀井野」が誕生した。既存のアパートをリノベーションした居住棟は2階建ての全8室で、1階がバリアフリー対応の高齢者向け、2階が全世代対応で若者も住める構成だ。新たに建てた棟には、1階に誰でも利用できるカフェを設け、2階に訪問看護事業者と在宅訪問診療の拠点が入居した。

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ノビシロハウスは2階建ての「South棟」と「North棟」で構成されている(写真:筆者撮影)

しかし建物が完成しても、入居者がすぐに集まるわけではない。鮎川さんはノビシロハウスの存在を知ってもらうため、高齢者の多くが利用するテレビや新聞を通じて情報を発信。少しずつ問い合わせが増え、半年ほどで満室になった。

「お節介すぎない関係」が成立するアパート

では実際に、ノビシロハウスではどのような暮らしが営まれているのか。

印象的なエピソードがある。はじめてひとり暮らしをすることになったソーシャルワーカーの男子学生が、お茶会で「せっかくだから自炊をしたい」と言ったそうだ。すると70代の女性がこう応じた。

「じゃあ、お買い物から一緒に行きましょう」

スーパーで食材を選ぶところからはじまり、レシピを一緒に考え、つくって、食べる。それが月に1回のペースで約2年続き、学生は少しずつレパートリーを増やしていったという。

「友達になったらするようなことなんです。たとえば一緒にご飯を食べに行ったり、お出かけしたり、共通の趣味を一緒にやったり。そういう自然な交流が生まれているのが、いちばん良かったなと思います」

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次から次へと話題が移り、会話が途切れない(写真:筆者撮影)

若者からはこんな声も聞こえてくる。「戦争を経験した人の話は、10代・20代だと普通なら聞けない」「高度経済成長期を現役で生きた人に、自分の悩みを重ねて相談できた」。古き良き時代の日本には普通にあった「お隣さんとの会話」が、ここにはあるのだ。

一方で、開設当初は想定外のことも起きた。

「私たちは福祉サービスや介護はしないと明言していました。家賃しかいただいてませんから。でも報道を見て『なんでもやってくれる住宅』だと期待した入居者の家族がいらっしゃって。私たちはその期待に気づけなかったんです」

そのご家族はノビシロに「なんで毎日来てくれないの」と連絡をすることもあった。何度も話し合ったが理解を得られず、約1年で退去に至ったという。

この経験を機に、問い合わせの段階から「介護サービスは一切提供しません」と繰り返し伝えるようにした。ここは福祉施設ではなく、あくまで民間の賃貸住宅。その線引きの徹底が、長く続く共生には必要だと鮎川さんは学んだ。

「暮らし」という価値観で選ばれる住宅

ノビシロハウスに入居を希望する人たちは、通常とはまったく異なる基準で住まいを選んでいる。

「お部屋探しをする際、家賃、間取り、築年数、沿線を条件にする方が多いですよね。でも私たちの場合は入り口が違う。『こういう暮らしをしませんか』と提案しているので、その価値観に共感した方たちが全国から集まってくるんです」

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住居棟とカフェの入る棟の2階部分をつなぐ回遊デッキ。住人同士が談笑することも(写真提供:株式会社BAKERU)

実際に、秋田や神戸からノビシロハウスで暮らすために移り住んできた人がいる。生活環境も人間関係もすべてが変わる。それにもかかわらず、都心からやや離れたこの場所にやって来たのは「この暮らしのほうが楽しそうだ」と感じたからだろう。

不動産の常識からするとあり得ないことのように思えるが、ノビシロハウスは立地や相場ではなく、"暮らし"という価値で選ばれる住宅なのだ。

現在、入居待ちは100人以上。2027年には東京・東久留米で2号棟のオープンが予定されており、すでに問い合わせが相次いでいるそうだ。

なぜこのアパートはここまで人を惹きつけるのか。若者の家賃が半額になる「からくり」と、孤独死を防ぐ仕組みについて、後編でひもといていく。

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鮎川さん。「ノビシロハウス」の前で(写真:筆者撮影)