「ハイスぺ夫と私は釣り合わない」と嘆く35歳の相談者に、鴻上尚史が伝えた「妻としての人間的成長」

 自分と夫が釣り合っていないと話す35歳女性。以前は容姿全体が悪かった夫が向上心の強いイケメン夫に変わったことで、取り残されているように感じるという相談者に、鴻上尚史が伝えた専業主婦の「人間的成長」とは。

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【相談257】

 素敵な夫と自分が釣り合っているか不安で仕方ありません(女性 35歳 ななみ)

 鴻上さん、初めまして。私の今後の生き方について相談させてください。

 私は現在35歳の専業主婦で、小学生と幼稚園児の子供がいます。同い年の夫とは同級生の紹介で出会いました。夫は子供ができる前までは太っていて容姿全体が悪かったのですが、性格が穏やかで全てを包み込んでくれるような優しい人でした。

 子供が生まれた頃から、徐々にダイエットをしたりして美容を意識して容姿が良くなっていきました。それと同時に資産運用やお金を稼ぐことに熱心になり、昼間は会社員で夜は水商売のオーナーをしています。夫はすごく忙しくてあまり家にいる時間がありません。それでも家にいる時は私の話を聞いてくれたり、子供たちの遊び相手をしてくれたりして愛情を感じています。

 今の夫は向上心が強くストイックなイケメンで、以前の夫とは雰囲気がガラリと変わりました。夜の仕事に行く姿は、夜職用の格好をしていてホストみたいで怖いです。そんな夫を見ていると、ほとんど変わらず歳だけ食っていく私はこのままでいいのかと不安になります。私は子供の頃から家庭的な奥さんになるのが夢で、今の暮らしは私に合っていると思いますし夫もずっと専業主婦でいていいよと言ってくれていますが、取り残されたような不安な気持ちは消えず、私はこの先どう生きたらいいのでしょうか。子供の頃から、対人関係が苦手で友達は今までほとんどおらず、勉強もできず、就職しても仕事がうまくできず、たまたま容姿が良かったおかげでチヤホヤされて生きてきました。

 きっと私は精神的にも幼くて夫には釣り合っていません。私はどうするべきなのでしょうか。出来ることなら、人間として成長して堂々と夫の横にいたいです。

【鴻上さんの答え】

 ななみさん。そうですか。「太っていて容姿全体が悪かった」夫が、「向上心が強くストイックなイケメン」になりましたか。

 それはすごいことですね。

 そんな夫と釣り合う人になりたいんですね。

「私はどうするべきなのでしょうか」と書かれていますが、答えはななみさんが自分で言っていますね。

「出来ることなら、人間として成長して堂々と夫の横にいたい」

 つまり、「人間として成長する」これが答えですね。

 でもそれが難しい理由も、ななみさんは書いていますね。

「たまたま容姿が良かったおかげでチヤホヤされて生きてきた」からですね。

 対人関係が苦手でも、仕事がうまくできなくても、勉強ができなくても、容姿のおかげで、チヤホヤされてきたと思っているのですね。

 ミもフタもないことを言いますね。ななみさんが僕に相談したのは、容姿は年齢と共に衰えていく、ということを分かって不安に思っているからではないですか。夫が「太っていて容姿全体が悪かった」時は、容姿の良いことで堂々と横にいられたのに、その唯一の理由を失う予感に(または失ったと思って)焦っている、ということでしょう。

 容姿がダメなら、「人間的成長」ということではないですか。

 いえ、ななみさん。責めているのではないですよ。その考え方は、とても的を射ていると思います。

 どんなに美人さんもイケメン君も、残念ですが、年齢と共に、容姿は衰えます。それは、誰にも避けられないことです。美人さんやイケメン君から容姿を取ったら、何も残らなかった、というのが一番不幸なことでしょう。

 とはいえ、ななみさん。

「人間的成長」とはなんでしょうか。これはなかなかやっかいな言葉のような気がします。

 特に今は、幼稚園児と小学生の子供の世話に手一杯で、「人間的成長」なんて考えている余裕も時間もないんじゃないでしょうか。

 ななみさんは、「家庭的な奥さんになるのが夢」だったのですね。で、「夫もずっと専業主婦でいていいよ」と言ってくれているのですね。

 では、「家庭的な奥さん」の「人間的成長」とはなんでしょうか。「専業主婦」の「人間的成長」とはなんでしょうか。

 働いていると、「成長」の一応の目安がありますね。給料が上がるとか、新たな役職につくとか、資格を取るとか。でも、それが「人間的成長」かどうかは、厳密に考えると分かりませんよね。

 だって、お金はすっごく稼いでいるけど、人間としては、本当に嫌な奴で弱者への思いやりなんか少しもない、なんて人もいるでしょうからね。それは「経済的成長」であっても、「人間的成長」とは思えませんよね。

 ななみさん。二人の子供達の世話は、まだまだ大変でしょう。

 でも、子供が生まれた時から2歳ぐらいまでの混乱、二人目が生まれてからの戦場のような忙しさを思い出すと、今は、子供への接し方は、変わったんじゃないでしょうか。

 もし、子育てに関するさまざまな発見、「子供のなだめ方」「自分の怒りのしずめ方」「有効な時間の使い方」「効果的な調理の方法」「子供とのコミュニケーションの方法」「上手なお金のやりくり」などを見つけているとしたら、ななみさんは、専業主婦として「人間的成長」を遂げていると僕は思います。

 逆に言えば、子供が生まれてからの間、ずっと「同じやり方」「同じ怒り方」「同じ接し方」をしていたのなら、「人間的成長」はなかったということです。「十年一日のように、同じグチを続ける」なんていうのは、「人間的成長」から遠い結果ですね。

 働いてない、つまり明確な基準がない世界では、なかなか「成長」を実感できないと思います。でも、ちゃんと子育てを続けられているとしたら、ななみさんは、立派に「人間的成長」を続けていると僕は思います。ですから、夫の横に堂々と並ぶことができるのです。

 ちなみに、僕の考える「人間的成長」というのは、なにかに「気づく」ということだと思っています。

「気づき」はなんでもいいのです。「体にいい食材を知る」なんてのが、一番、分かりやすい「気づき」ですが、「怒りは、こうやったら少し収まる」なんていう「気づき」もとても意味があると思います。「こういう言い方が説得には有効だ」という「気づき」、「こういうやり方だと食べてくれる」「こういうほめ方がいいみたい」なんていう「気づき」もあるでしょう。

 なんの「気づき」もないまま、何日も何週間も何カ月も過ぎるのなら、それは「人間的成長」をしていないんじゃないかと僕は思っているのです。

 ちなみに、経済的なことだけの「気づき」が多い人は、「経済的成長」を遂げた人で、人間的な「気づき」が多い人は、「人間的成長」を遂げるのではないかと、僕は思っているのです。

「気づき」のためには、本を読んだり、テレビの情報番組を見たり、ネットの怪しげな情報とちゃんとした情報をより分けたり、人の話を聞いたり、自分自身に問いかけて、じっくり考える必要があると思っています。

 そうやって「気づき」にたどり着くのです。

 どうですか。ななみさん。子育てをちゃんとできているのなら、夫の横に堂々といられると僕は思います。

 それでもね、それでもななみさんが不安になるのでしたら、僕にはもうひとつアドバイスがあります。

 未来の自分を考えることです。

 将来、子供達は立派に成人して、親の手を離れます。ななみさんがするべきことがなくなるのです。やがて、ちゃんと子離れ、親離れしないといけませんからね。

 その時、ななみさんは、どんな人間になっていたいですか?子供が自立してからも、まだ人生は半分あります。夫の世話を焼くだけでは、時間は有り余ってしまうでしょう。

 将来、どんな人間になっていたいかで、どんな「人間的成長」を遂げたいかが明確になるのじゃないかと思います。

 子供の世話がなくなったら、なにもすることがない人間になるのは、あまりにも淋しいでしょう。ちょうど、会社人間の夫が、定年退職した後、ヌケガラみたいになって妻から疎んじられるのと似ているかもしれません。

 趣味に生きるのか、友達と旅行を楽しむのか、料理を究めるのか、整理整頓の達人になるのか、何かの資格を取ろうとするのか。

 ななみさん。子供の世話で忙しいと思いますが、どんな人間になっていたいかを、ゆっくりと考え始めるのはどうですか?

 それが、きっと、ななみさんの「人間的成長」につながると思います。

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