「妊娠中は順調も」羊水塞栓症で死の淵をさまよった團遥香 出産で8リットルも血液失い「輸血があと少し遅ければ危なかった」
プロバスケットボール選手の原修太さんと結婚し、第1子を出産した團遥香さん。妊娠中の経過は順調だったそうですが、実は、出産時は生死をさまよう大変な経験をしたそうです。(全2回中の2回)
結婚の決め手は夫のために願ったこと

團遥香、原修太
夫の原修太さんと。記念のウエディングフォト── 以前は情報番組『ZIP!』のレポーターとして、最近ではアパレルのクリエイティブ・ディレクターとして活躍されています。2024年にプロバスケットボール選手の原修太さんとご結婚されましたね。結婚の決め手はなんだったのでしょうか?
團さん:彼の人間性が素晴らしく、尊敬できる面がたくさんあったことが決め手で、結婚しました。彼は純粋でとても努力家ですし、相手の気持ちを汲み取るのが上手。私はつい強い口調になってしまうこともあるのですが、ケンカにならないように、いつも気をつけてくれています。
「この人と結婚するかも…」と思ったのは、ある日、神社にお参りに行ったときに私が彼のために願いごとをしていた自分に気づいたことでしょうか。それまでの私は自分中心で生きてきていて、神社に行っても誰かのために祈るよりも、自分の願いを神様に伝えていたように思います。なので、自分自身その行動に驚きましたし、こういうふうに大切に思える人と結婚したいと思いました。
── 團さんと言えば、曽祖父が政治家、祖父が作曲家、お父さんが建築家のまさに「華麗なる一族」ですが、旦那さんは、結婚の挨拶では緊張されたのでは?
團さん:「華麗なる一族」と言われることもありますが、彼はそこに対してプレッシャーはなかったようです。ただ、結婚に至るまで、父が夫となかなか会ってくれなくて大変でした。結婚の挨拶をするまでに3か月もかかりました。
父は「スポーツ選手は遊んでいるのではないか」という偏見を持っていたようです。でも彼はもちろんそんな人ではありませんし、実際に彼に会ってみると父の態度が一変。初めての顔合わせの日は、父のほうが夫よりも緊張していて、父から夫へ質問の嵐でした。すごく彼のことを気に入ってくれたみたいで、結果的にすぐに結婚のOKを出してくれました。もちろん、今ではすっかり父と夫は仲よしで、父は孫にもメロメロです。
出産後、出血が止まらず緊急手術に

團遥香
出産直後、産院にて── 2024年に第一子をご出産されました。出産時に生死をさまよう大変なことがあり、そのときのことをなかなか周囲に伝えられなかったとか…。
團さん:そうなんです。周囲に伝えられなかったのは、出産は危険なものであるということを伝えることで妊婦さんにストレスを与えてしまうのではないかと考えたからです。いっぽうで、私の経験が、誰かの役に立つのならばという思いもあり、産後1年経ってから私のYouTubeチャンネルでお伝えするなど、少しずつこの経験について発信し始めました。
── どんな状況だったのでしょうか?
團さん:出産まではとても順調でした。妊娠中はつわりによる吐き気がひどく、のどが切れてしまったことがありましたが、それ以外は大きな問題もなく、子どもは無事に生まれました。
ただ、出産時に血液に羊水が混入してしまい、私の出血が止まらなくなってしまったんです。私は出産後に分娩台の上で極度の貧血状態になり、嘔吐してしまい…。ただ、つわりのときもよく吐いていたので、その延長のようなものなのかなと思っていたんです。すると意識が朦朧とするなか「血が4リットル出ている!」という医師たちの慌てる声が聞こえて。通常の出産時よりかなり多い血が出ていて、しかもそれが止まらない。これはまずい事態だ、と。
── それは大変です。すぐに手術に?
團さん:私がいたのは産院だったため、急きょ、近くの大きな病院に救急車で運ばれることになりました。移動中も輸血を行ってもらったのですが、最終的に8リットルの血液を失ったそうです。移動中に輸血がもう少し遅ければ命が危険だったと言われました。
移動中も救急車の中で何度も意識が飛びそうになり危なかったのですが、夫が必死に声をかけてくれて。病院に着くと母も来ていて、そのまま止血のために全身麻酔のカテーテル手術を行うことになりました。

團遥香
すくすく育っています!── 旦那さんは團さんの手術中、気が気じゃなかったでしょうね。
團さん:精神が保てずに泣いていたそうです。当たり前ですよね。手術は3時間にも及び、その間は私の状況がわからなかったため、とても不安だったと思います。翌朝、目を覚ました私は口に管が入っていて話せない状態。状況も理解しきれなかったため、紙とペンを借りて筆談でいろいろ質問して、今の状況について説明してもらいました。
夫はバスケットのチャンピオンシップという大事な試合期間だったのですが、私が急きょ手術をすることになったため、「試合には行けない」とチームに連絡をしていたそうで。慌てて「もう大丈夫だから試合に出てほしい」とお願いして、行ってもらいました。
夫がそういう状態になるのは想像できたのですが、驚いたのは母。私が輸血をして全身の血液が入れかわったことで性格が変わるのではないか、顔のむくみがすごいのでそれは治るのかと心配していたそうです。命に関わることよりそれを心配していたことに、びっくりですよね(笑)。
── 赤ちゃんとはすぐに会えたのでしょうか?
團さん:手術後に目を覚ました後、わりとすぐに子どもに会えました。私が手術している間、赤ちゃんは産院に預かってもらっていましたが、搬送先のICUが子どもも受け入れてくれたため、夫が産院に迎えに。でも術後すぐは動けなかったので、私が寝ている間に看護師さんが母乳を搾乳してくれて。なので、子どもに初めて母乳をあげたのは夫でした。私自身が体を起こしてご飯を食べられるようになったのは手術から4日くらい経ってからです。そこからリハビリをして、2週間ほどで子どもといっしょに退院しました。
私の病名は「羊水塞栓症」と言われました。私の身に起きたことは、頻繁に起こることではないそうですが、妊婦さんが死亡につながる危険な病気のひとつと言われました。出産は命懸けの仕事だと改めて感じました。しばらくはショックだったのですが、周りの方々のおかげで今は元気に過ごせていて感謝しています。

團遥香、原修太
富士山の見える場所で、家族で記念撮影── 退院後は特に問題はないのでしょうか?
團さん:後遺症もなく元気に過ごしています。夫はあのときのことがあって、意識が大きく変わったんじゃないかな、と思います。生まれてからすぐに顔つきがパパに変わりました。あのまま私が亡くなったら子どもを一人で育てることになると思ったようで、父親としての自覚が早々に芽生えたのではと思います。育児も積極的にしてくれて、とても頼りになります。
PROFILE 團 遥香さん
だん・はるか。1993年、東京都生まれ。2010年にデビューし、タレントやレポーターとして活躍。プロバスケットボール選手の原修太さんと結婚、2024年に第一子を出産。曽祖父は政治家の團伊能、祖父は作曲家の團伊玖磨。 取材・文/酒井明子 写真提供/團 遥香