長嶋茂雄さんが“名付け親”山口かおるが明かす歌好きな素顔…十八番は『柿の木坂の家』でデュエットも

長嶋茂雄さんに芸名を付けてもらった歌手の山口かおる(左)
「いい芸名をつけてください」とお願い
“ミスタープロ野球”こと読売巨人軍の終身名誉監督で国民栄誉賞を受賞した長嶋茂雄さんが6月3日に肺炎のため亡くなった。89歳だった。
その長嶋さんにかわいがられていた歌手がいる。『悪女のララバイ』を歌う山口かおるさんだ。
二人の出会いは、長嶋さんにそっくりな京都の実業家Yさんだ。長嶋さんに似ていることで仲良くなったYさんと長嶋さん。京都金閣寺のそばにあった豪邸の玄関には、超有名な洋画家である絹谷幸二さんの6メートル以上の絵が掛けられていて、絵の下側50センチぐらいを長嶋さんとYさんで完成させたというエピソードもある。長男の一茂さんが、長く居候していたこともあったようだ。
そのYさんの紹介で山口さんは長嶋さんに出会った。‛03年の暮れ。Yさん曰く、山口さんの『情念海峡』という曲が好きだという長嶋さんに紹介した。山口さんがちょうどコロムビアを退社した頃の出来事だ。
長嶋さんと数回目の会食のこと。東京六本木のフグ屋さんで、山口さんは長嶋さんに
「コロムビアを出たんですが、心機一転してスタートをしたいので、いい芸名をつけてください」
とお願いした。長嶋さんは快く引き受けてくれたが、なかなか新しい芸名はこない。京都、六本木、銀座でお会いするたびに、
「お願いしたのに、どうなっているんだろう。忘れちゃったのかな」
と、考える日々が続いたという。だが、自分から
「どうなりましたか」
とは、さすがに長嶋さんに聞けない。
「国民的な英雄に、そんなことをお願いした私が悪いんだ」
と、考えてあきらめていた。それから数ヵ月、なんと長嶋さんは2つの芸名を書いてきてくれた。
「もう1つの芸名は、誰にも見せていません。大事にしまってあります」
と明かさないが、長男の一茂さんに双子の赤ちゃんが生まれた頃だったそうだ。
「いやー、いい歌ですね。誰の歌ですか?」
長嶋さんから手渡された“芸名”の中から、彼女が気に入った『山口かおる』を選んだ。
長く芸能レポーターとして活動してきたが、長嶋さんが芸能人の“名付け親”になったという話は聞いたことがない。
「コロムビアを退社してから2年目に長嶋さんに付けていただいた芸名に変えて、本当に“イチから”もう一度、頑張ろうという勇気を頂きました。それから25年。私なりに頑張っています」
とは山口さん。芸名の持つ力は大きい。
「皆さんご存知か分かりませんが、長嶋さんは歌がすごく好きで、カラオケにいくと『柿の木坂の家』をよく歌っておられましたね。デュエットも大好きで、私の『情念海峡』は何度も一緒に歌いました。ちゃんと歌詞を覚えてくださっていました。『銀座の恋の物語』もよく歌いましたね」
と歌好きな長嶋さんがいた。まさに“歌”がつないだ長嶋さんと山口さんの縁だ。
「あの長嶋さんということで、初めて会うときはすごく緊張しました。でも、月に1度くらいお会いするようになり、本当に気さくで素敵な方だと知りました。私の歌が好きで何度もリクエストしてくださるので、歌って戻ってくると、『いやー、いい歌ですね。誰の歌ですか?』って何度も聞かれたことがありましたね。ご病気になってからはなかなかお会いできなかったですが、偉大な方に“山口かおる”という素晴らしい名前を頂けたことは、本当に感謝しかありません。ヒット曲を出して『NHK紅白歌合戦』での晴れ舞台を長嶋さんには見てほしかったですね」
と長嶋さんとの思い出を振り返る山口さん。
長嶋さんのように業界を代表するような歌手になるのは大変だ。しかし、目標を置くことはできる。頂いた“山口かおる”という名前を大きくすることが、長嶋さんへの一番の恩返しになるはずだ――合掌。

長嶋さんの直筆で送られた芸名。もう1つあったが、それは秘密だという

長嶋さんから贈られた直筆サインも
取材・文:石川敏男(芸能レポーター)