高齢者の体を蝕む「筋力低下」がたどる深刻な末路

筋肉の衰えが高齢者にもたらす弊害について解説します(写真:polkadot/PIXTA)
要支援・要介護の原因トップは「運動器の故障」
たんぱく質、脂質、糖質の「三大栄養素」は、私たちの生命維持に欠かせないものです。なかでも筋肉の重要性を考えるなら、たんぱく質、とりわけBCAA(「バリン」「ロイシン」「イソロイシン」の3つの必須アミノ酸)が重要になってきますが、本稿では、なぜ高齢者ほどたんぱく質が必要なのか、筋肉が衰えてしまうとどうなるのか、というお話をさせてください。
【グラフ】日本人の「平均寿命」と「健康寿命」の差
要支援・要介護になるトップの原因をご存じですか? それは、認知症でも脳血管疾患でもなく、「運動器の故障」です。
運動器とは筋肉・骨・関節・神経などの総称で、歩く・立つ・座るなど、私たちが日常的に行っている動作は運動器が連携して働くことで成立しています。そしてどれか1つでも故障すると、相互に悪影響を及ぼしてしまいます。
とりわけ、意識しないとすぐ衰えてしまうのが、筋肉。特に年齢を重ねていくと、筋肉の衰えにより、ほかの運動器に負担がかかったり、痛みで動く意欲を失ってしまったりという負のスパイラルに陥ってしまいます。
筋肉が衰える速さは、宇宙飛行士を思い浮かべていただくとわかりやすいでしょう。使命を終えた宇宙飛行士が地球に帰還したとき、みなさん無重力生活で筋力が落ちてしまい、周囲に支えられなければ歩けない状態になっていますね。
アメリカ航空宇宙局(NASA)のライフサイエンス部門の責任者だったジョーン・ヴァーニカス博士の研究によると、6カ月宇宙に滞在していた宇宙飛行士は、平均で1週間に0.5〜1%もの筋肉量が失われていたといいます。
無重力と同じように、筋肉にほぼ負荷がかかっていない状態が、じつは私たちの生活のなかにあります。それが、ベッドや布団で横になっているときです。つまり、横になったまま動かない生活を送っていると、宇宙にいるのと同じような恐ろしいスピードで筋肉が衰え、自分の意思では動けない「寝たきり」状態にすぐになってしまうのです。
そのためたんぱく質やBCAAをとり、筋肉をつけてよく動く体を維持することは、要介護予防・転倒予防・認知症予防に欠かせません。
老後を元気に過ごすには「貯金」より「貯筋」
もう1つ、目を背けるわけにはいかない現実についてお伝えします。
65歳以上の1人暮らしの世帯数は年々増えています。2015年で約592万8000世帯だったものが、2040年には900万世帯近くになる見通しです。これは65歳以上の男性で20.8%、女性で24.5%にもなります。
4〜5人に1人の高齢者が1人で日常生活を送る社会が、当たり前にやってきます。いまはパートナーがいる方も、老老介護やパートナーが先に亡くなってしまう可能性を考えれば、自分で歩け、自活できるということはとても重要になるでしょう。
何より、「歩くこと」は「生きること」。自分の力で目的地へ移動し、出会い、感動する。最期の瞬間まで生き生きと自分らしく暮らすためには、歩く力が必要です。
ですが、日本人の「平均寿命」と「健康寿命」には約10年の開きがあります。さらに、2001年から2016年までの15年間で、平均寿命は、男性が2.91年、女性が2.21年延びているのに対し、健康寿命は男性が2.74年、女性は2.14年しか延びていません。
平均寿命と健康寿命の差はますます広がっていくばかり。これでは生活の質が下がり続けてしまいます。高齢者こそたんぱく質を正しくとり、筋肉をつける必要があるとお話しする理由の1つは、ここにあります。
お金を貯める「貯金」のように、筋肉を体に蓄えることを「貯筋」といいます。老後に備えておくべきなのは、「貯金」よりも「貯筋」。どれだけお金があっても、健康でなくては人生を楽しめませんよね。

(出所:『医者が考案した たんぱく質をたっぷりとる長生きスープ』より)
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高齢者を襲う「サルコペニア」とは
「サルコペニア」とは、加齢によって全身の筋肉量が減少し、筋力や身体機能が低下することをいいます。筋肉量は20〜30代をピークに徐々に減っていき、40代では10年ごとに約8〜10%減少、そして70代では、10年で15%も減少してしまいます。
筋肉が減ってしまう理由は、①加齢とともに運動量が減ること、②食べたものの消化が悪くなり、栄養がうまく体に行きわたらなくなること、③成長ホルモン・性ホルモンの減少、④慢性的な体内の炎症など、いくつか挙げられます。
ここで覚えておきたいのは、「何も対策をせずに、いままで通りの生活を送っているだけでは、筋肉は減っていくばかり」ということです。最近、「いままでと同じ生活をしているのに太りやすくなった」とか、「何もないところでつまずきやすくなった」という自覚のある方は特に要注意です。
「サルコペニア」が進むと、筋肉や骨、関節などの運動器に障害がおき、「立つ」「歩く」などの移動能力が低下する「ロコモティブシンドローム(ロコモ)」という状態に。さらに進行すると、要介護の一歩手前の「フレイル」と呼ばれる状態になります。
あなたがロコモの可能性があるかどうかは、下のチェックリストを1度試してみてください。1個でも当てはまれば要注意です。

(出所:『医者が考案した たんぱく質をたっぷりとる長生きスープ』より)
一方、「フレイル」とは、心身の活力が低下した状態です。
サルコペニアやロコモが身体的な要素だけに着目するのに対して、フレイルは認知症やうつ、孤立などの認知機能および、精神的・社会的要素も含み、要介護へと移行する中間段階にいる状態を指す言葉として、最近よく耳にするようになりましたね。
人は、自分の力で移動し、しっかり食事で栄養をとり、趣味やボランティア・就労などの社会参加ができているときに、心も体も健康を保てます。身体能力の低下からこのバランスをくずしてしまうと、フレイルに陥り、「外出したくないな」「人と会うのがおっくうだな」と感じ始め、心身がますます衰えてしまうのです。
また、最近の研究では、筋肉が分泌するマイオカイン、通称「若返りホルモン」という物質が脳の認知機能を向上させることもわかってきました。
一部のマイオカインは、記憶をつかさどる脳の「海馬」という部分の神経細胞を増やす可能性があるともいわれていますが、筋肉が衰えれば、当然マイオカインの分泌も減ってしまいます。
つまり「サルコペニア」の放置が「フレイル」につながり、さらに寝たきりや認知症にいたるということです。筋肉の衰えは、要介護への危険な第一歩なのです。
足のポンプ機能を回復し「冷え・むくみ」を解消
高齢の方に多い悩みとして、冷えやむくみがありますね。その理由で多いのも、筋肉の衰えです。
ふくらはぎの筋肉は、下半身の血流を心臓に押し戻すポンプの役割を担っていますが、筋肉が衰えると押し上げる力が弱まり、下半身の血流が滞ってしまいます。さらに、重力によって下半身に血液がたまると、血液中の余分な水分が血管外へもれ出し、むくみへとつながってしまうのです。
一見すると「太ったのかな?」と思いがちですが、膨らんでいる部分を指で押してみて、指を離してもその部分が数秒凹んだままだったら、それはむくんだ状態です。
むくみの放置は大変危険。血行が滞ると体の冷えにつながりますし、さらに放っておくと、足の静脈に水分がたまり、血管が拡張してこぶができる 「下肢静脈瘤」や、圧迫され続けた足がうっ血を起こすことで血栓ができる 「深部静脈血栓症」を引き起こしかねません。
もしいま、あなたの足がむくんでいるならば、ひとまずはよく歩いたり、ストレッチやマッサージをしたりして血行を促して、一時的なむくみを解消しましょう。そして次の段階として、少しずつ筋肉をつけて、むくみにくい体を作っていく必要があります。
また、筋肉をつけることは、疲れにくい体を作ることにもつながります。
その理由の1つは、冷えを解消し、体温を上げて免疫力アップが期待できること。さらにもう1つの理由が、エネルギーに満ちた体になれることです。
ミトコンドリアが増え「体の貯水能力」もアップ
疲れにくい、エネルギーに満ちた体になる。そのカギとなるのが「ミトコンドリア」です。
ミトコンドリアとは、全身の細胞の中にある器官で、呼吸から酸素を取り入れてエネルギーを作ります。この、人体の「エネルギー工場」のようなものが、なんと1つの細胞に約100〜2000個も存在しているんです!
ミトコンドリアは特に筋肉の中に多く存在するので、筋肉が増えれば、おのずとミトコンドリアも増えることになります。つまり、筋肉を増やすことで疲れにくい体へと導くことができるというわけです。
もう1つ触れておきたいのが、筋肉の保水性について。こんにちの日本の夏は、記録的な暑さに見舞われており、室内にいても熱中症や脱水症の危険にさらされていますよね。
ですが、熱中症や脱水症の危険は1年中潜んでいるのをご存じでしょうか? 運転中や就寝中などは、とりわけ体が水分を失うタイミングです。
熱中症・脱水症の予防には、こまめな水分補給が欠かせません。そこで大切なのが、筋肉です。
人の体は成人で約60%が水で構成されていますが、なかでも筋肉は最も水分を蓄えている、いわば「貯水タンク」。つまり、筋肉量を増やせば体の保水力がアップし、脱水状態になりにくくなり、熱中症・脱水症を予防できるのです。
また、腰痛に悩んでいる方にぜひ知っておいていただきたいのですが、筋肉の水分が不足することで筋肉が硬くなり、体の老廃物が排出されなくなった結果、腰痛につながる場合があるといわれています。
こまめな水分補給は、元気に過ごすための筋肉ケアだということも心得ておきましょう。