イランの「抵抗の枢軸」が動かない訳

テヘランの革命広場で14日、イラン国旗やヒズボラの旗を掲げるデモ参加者
イランの指導者らはこれまで数十年にわたり、イスラエルと米国への憎悪を共有する中東の民兵組織のネットワークを構築し、域内での影響力を高めて統治体制を守ってきた。しかし神政体制が自らの存続をかけて戦っている今、同盟勢力は行動を起こさずにいる。
イランのいわゆる「抵抗の枢軸」で最も強力と見なされていたレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラは、イスラエルがイランを攻撃して以来、ミサイルを1発も発射していない。ヒズボラの戦力と指導部は過去1年間でイスラエル軍により大きな打撃を受けた。パレスチナのイスラム組織ハマスは、イスラエルとの1年8カ月に及ぶ戦闘で指導者が殺害され、自治区ガザが破壊され、かつての面影はない。
イラクでは、イランが支援するシーア派民兵組織は、過去に行っていたような米軍基地への攻撃に踏み切っていない。またイエメンのフーシ派は15日にイスラエルに向けてミサイルを数発発射したが、その後は沈黙を保っている。
激しい戦闘により、イランの同盟勢力は圧倒的に優れた軍事力と諜報能力を示すイスラエルと対峙(たいじ)することに慎重になっている。中には自身の利益に重点を置き、石油で巨額の富を得ているイラク民兵組織のメンバーのように、戦闘拡大によって失うものが大きい勢力もある。ヒズボラなど、体制の立て直しを目指している組織もある。ヒズボラと定期的に接触しているアラブ諸国の外交官によると、同組織はイスラエルとの戦闘時にイランからの支援が不十分だったことへの不満を募らせている。
英シンクタンク、英王立国際問題研究所(チャタムハウス)の上級研究員でイラク問題のプロジェクトディレクターを務めるレナド・マンスール氏は「これら全てのネットワークにとって、今は生き残りがかかっている」と述べた。「彼らは皆、このような軍事作戦の恐ろしさを理解している」
それでも、米国がイスラエルの対イラン攻撃に加わった場合、イランの同盟民兵組織の一部はこうした判断を変える可能性が高いと、外交官やアナリストは指摘する。米国が新たな中東戦争を引き起こせば、イスラム世界全体で反米感情を刺激し、暴力的な反応を引き起こし、イランとの連帯を生むことはほぼ確実だ。
イランの自己保身は、同国の中東における影響力が着実に低下してきたという長年の流れを受けたもので、それは13日のイスラエルによる大規模攻撃で頂点に達した。2020年1月には、イラン革命防衛隊の精鋭部隊「コッズ部隊」のガセム・ソレイマニ司令官が米国のドローン攻撃で殺害された。ソレイマニ氏はイランの最高指導者アリ・ハメネイ師に次ぐ実力者と広く見られていた人物で、域内の同盟組織への支援を指揮していた。
約1200人が死亡し、250人が人質となった2023年10月7日のハマスによるイスラエル攻撃を受けて勃発した紛争は、イスラエルがハマスとヒズボラを組織的に標的にする中、イランに相次いで打撃を与えた。イランは両組織がイスラエルと戦うのをほとんど支援しなかった。

レバノンの首都ベイルートで昨年9月、イスラエルの攻撃で殺害されたヒズボラ司令官の墓前で祈りを捧げる人
イスラエルの攻撃はイランの核施設、兵器システム、石油・エネルギー関連インフラ、政府・軍事指導者を標的とし、同国を弱体化させて屈辱を与えた。しかし、イランの同盟勢力を特に動揺させたのは、今回の攻撃がイスラエルの情報機関がイラン国内に深く潜入している現実を示したことだ。イスラエルはイラン国内からドローンで攻撃することが可能で、多くの軍事・情報機関幹部に関する標的情報を入手していた。
イラクでは、シーア派民兵組織の指導者らはテクノロジーの使用に慎重になっている。使い捨て携帯電話を使い、頻繁に電話番号を変更している。オンライン状態でいることもほとんどない。
「彼らは皆、イスラエルを恐れている」とマンスール氏は述べた。

イラクの首都バグダッドで昨年2月、米国の空爆で死亡した仲間の葬儀で警戒に当たる民兵組織の構成員
ヒズボラはイスラエルのイラン攻撃を公に非難した。ヒズボラの考えに詳しい関係者は、イランは同盟勢力の支援がなくても対応できる能力があるとし、ヒズボラは様子見姿勢を取っていると語った。
またアラブ諸国の外交官らによると、ヒズボラは新たな戦闘に巻き込まれることに消極的で、当面は戦力と財務の立て直しに注力したい考えだ。
イランが支援するシーア派民兵組織が数十存在するイラクでは、声明を発表したのは1組織のみだ。神の党旅団(カタイブ・ヒズボラ)は15日、イランはイスラエルを抑止するために自分たちの武力支援を必要としていないが、米国が戦闘に加われば、域内の米関連施設を標的にすると警告した。アラブ諸国の外交官によると、イラクのムハンマド・スダニ首相は民兵組織の指導者らに対し、紛争に関与せず、過激で挑発的な発言を避けるよう圧力をかけている。
イラクの民兵組織の焦点も変化している。指導者の多くは政府に入り、政府契約や収益性の高い石油経済に関わっている。引き続きイランに忠誠を誓っている指導者は多いものの、自己利益に基づいて判断を下している。

イエメンの首都サヌアで今年、米軍の襲撃による犠牲者の写真を手にする武装した市民
マンスール氏は「彼らはある意味、イラクの安定と原油高から恩恵を受けて経済帝国を築いてきた」と述べた。
フーシ派に関しては、米国とイスラエルの死を呼びかける公の発言やスローガンにもかかわらず、同組織が完全にイランの支配下にあったことは一度もない。フーシ派のミサイルやドローンも、3月と4月の数週間にわたる米軍の空爆で大幅に弱体化させられた。
英ケンブリッジ大学ガートン・カレッジ学長で中東専門家のエリザベス・ケンダル氏は同組織について、「フーシ派第一主義の方針だ」と語った。「最高指導者のために自分たちの首を差し出すようなことはしない。自分たちにとって何が最善かを見極めるだろう」
他のアナリストらは、フーシ派は参戦する適切なタイミングを待っており、イランが外交的解決を優先する間は行動を抑えている可能性があると指摘する。シンクタンク「国際危機グループ(ICG)」のイエメン担当上級アナリスト、アフメド・ナギ氏は、「フーシ派はイランと緊密に連携を取り続けており、現在のイラン・イスラエル紛争への限定的な関与は計算されたものとみられる」と述べた。