芸能界復帰が絶望的になった「中居正広」を地元民はどう思っているのか 「辻堂に帰ってくればいい」と意外な声も

 元タレントの中居正広氏(52)の女性トラブルに端を発した一連のフジテレビ問題は、社長交代のみならず、同社の“ドン”と呼ばれた日枝久元取締役相談役(87)の退任にまで発展した。さらに総務省はフジテレビと親会社のフジHD(フジ・メディア・ホールディングス)に厳重注意の行政指導を行った。6月のフジHDの株主総会ではまた一波乱ありそうだが、その発端となった中居氏は表舞台に姿を現していない。芸能界復帰は絶望的とみられているが、中居氏の地元で旧友らに取材をすると“意外な反応”が返ってきた。

*  *  *

 中居氏は神奈川県藤沢市で、3人兄弟の末っ子として生まれた。幼少期は辻堂にある幼稚園に通った。中居氏と同じ歳の息子を持つ母親はこう話す。

「中居くんとうちの息子は同じ幼稚園でした。中居くんは元気で駆け回っていましたよ。中居くんの家からはもっと近い幼稚園があったんですが、通っていた幼稚園はバスでの送り迎えがあったので、こっちを選んだようです」

 地域住民による中居氏の子ども時代の印象は「元気で礼儀正しい子」。幼少期を過ごした藤沢市の自宅付近の住民はこう話す。

「昔は、すぐそこに魚屋さんがあったから、正広はおつかいでよく買い物に行っていました。奥さんは礼儀正しい人で、あいさつもきちんとしていましたよ。奥さんの子育ての方針は『人に迷惑かけちゃいけない』というもの。だから、正広は素直に育ったのに……いつの間にか芸能界のあしき風習に染まってしまったのかな」

 中居氏は小学5年のときに辻堂の小学校に転校し、そのまま中学校に進学した。子どもの頃、自宅の外では、スポーツ好きな父親とよく野球のキャッチボールをやっていた姿が目撃されている。小学校時代の同級生は、「勉強よりも運動で目立っていた」と話す。

「中居は少年野球チームに所属していました。レギュラーのようだったけれど、町内会のチームなので、そんなに大きなチームではありませんでした。大人になってからも『巨人が好き』と言っていましたね。勉強のほうは普通というか、あんまり目立なかった。それよりも、運動神経がよかったから、女子生徒から人気がありました」

■「中居くんみたいになれる人は1%もいない」

 前出の近所住民はこう話す。

「日曜日になると、正広は父親と一緒にキャッチボールをしていましたが、人が来るとちゃんと投げるのを止めて、端っこによけたりしていました。そういうしつけけがよくできている子でした。野球をやっているから靴下はいいものを履かせてましたね」

 本人も過去に語っているように、ヤンキーだった時期もあるようだが……。

「ちょっとやんちゃな感じはありました。暴走族じゃないんだけれども……ヤンキーっぽくはありましたね。多分、お兄ちゃんとかのつながりで先輩の影響もあったんだと思います。ただ、中学時代に(旧)ジャニーズに入ったことからも、ヤンキーにどっぷりつかっていたわけではないと思います」(前出の同級生)

 旧ジャニーズ事務所に入所してからは、やはり周囲の環境も変わっていったようだ。藤沢市に住む知人女性はこう話す。

「辻堂に引っ越した後の中居くんの家に行ったことがあります。だけど、そこも引っ越さなきゃいけないと母親が言うので、『何で引っ越すの?』と聞くと、『ファンの人がやってきて、一晩中、家のまわりにいっぱいいて……ジュースを飲んだり、寝たりするから、ごみが落ちている、と近所の人に怒られました』と言っていたのを覚えています」

 SMAPのメンバーとして国民的アイドルになってからも、藤沢にはちょくちょく帰って来ていたようだ。

「小学生の時は野球、中学時代はバスケをやっていたので、その仲間や先輩、同級生、後輩が地元にはいます。中居なりの交友関係があって、そういう人たちと飲んだり、遊んだりするのが楽しみのようでした」(前出・同級生)

「中居は地元愛が強い。地元の友達と飲み歩いてお金も使ってくれました。だから、地元では中居の評判はいいですよ」(地元の商店街店主)

 大人になってからも地元の友達と交友関係を続け、飲食店での評判も上々の中居氏だが、元女性アナウンサーに対する「性加害」が第三者委員会に認定されたことに対して、地元住民はどう思うのか。藤沢市内のスナックのママはこう話す。

「芸能界で中居くんみたいになれる人って1%もいないと思うんです。SMAPでアイドルとして長く売れ続けて、個人でも、ニュースやバラエティーのMCを数多くこなしてきた。それができたのはジャニーズ事務所の力もあっただろうけど、本人の才能もあったはずです。それが全部なくなって、芸能界から引退とはもったいないのひと言です」

■生きていく場所を変えてもいいのでは?

 騒動の後、藤沢市内で中居氏がマンションを探しているという一部報道もあったが、藤沢市内で飲食店を営む女将はこう語る。

「仕事がなくなったんだから、辻堂に帰って来たければ帰ってくればいい。だけど実際は、マンションを買ってこっちに住むようなことはしないと思いますよ。そんなことをしたら、すぐにバレて、またマスコミに狙われてしまう。しばらくは静かにしているのが本人のためにもいいんじゃないかしら。10年たったらまた何かできるわよ」

 前出の同級生はこう話す。

「第三者委員会の報告書によって、中居も今までのイメージがいろいろと変わってしまったところはある。芸能界も突然辞めた形だったので、彼は藤沢に戻って来ることはないだろうと思います。同級生として言えるのは、52歳というのは人生ではまだまだ折り返し地点であり、これからの人生後半は、新しい挑戦をしてほしいということ。ビジネスをして生きていくのもいいでしょうし、生きていく場所を変えてみるのもいいのではないでしょうか」

 藤沢、辻堂の人たちの声に、地元愛が強い中居氏はいま何を思うのだろうか。

(AERA編集部・上田耕司)