ミス慶應準グランプリが高卒で働いていたワケ

ミス慶應準グランプリに輝いた土川満里奈さん(写真:土川さん提供)
《進学校→就職》社会人を経て慶應義塾大学へ
今回お話を聞いた土川満里奈さんは、24歳で慶應義塾大学総合政策学部に合格した方です。
【写真を見る】ミス慶應準グランプリに輝いた土川さんは、高卒→就職という異色の経験を持つ…いったいなぜ?
数学が大好きで成績も良かった彼女は高校で進学校に進みましたが、卒業後は働く決断をします。この決断には周囲の大人から心配や反対の声がありました。
しかし、その経験を彼女はまったく後悔しておらず、むしろ自分の人生を形作る上で大きな転機だったととらえています。
彼女が周囲と違う決断をした理由とは。23歳で大学受験を決めた理由や、1年以内で受験を成功させた秘訣とはなんだったのか。お話を伺いました。
土川さんは愛知県の名古屋市に生まれました。小さいときの土川さんは、好奇心旺盛で、勉強が得意な子どもでした。
「算数が好きで、パズルを解く感覚でやっていました。小学校のときはKUMONに通っていたのですが、先の学年の算数や数学の勉強をしていましたね」
公立中学校のときには学級委員や委員長を務めるなど積極的に活動し、成績も学年の中では上位だったといいます。
「地元以外の場所で刺激を得ようと、夜行バスで東京に行くこともあった」とアクティブな中学時代を過ごした土川さん。
「漠然と県内の進学校に行くんだろうと思っていた」彼女は、地元の高校に進むことに少しの迷いがありつつ、最終的に県内の進学校を選びました。
「大学で何を学びたいか」が見えてこなかった
高校に進学してからも成績優秀だった土川さん。好きだった数学は進学校でも学年1位を取るほどで、他の科目も真ん中より上くらいの成績をキープしていました。
「勉強することは嫌いじゃなかったし、むしろ好きなほうだったと思います」と語る土川さん。それでも、大学で何を学びたいのか、どんな道に進みたいのかは、なかなか見えてこなかったと言います。
「数学は好きで、楽しみながら勉強していましたが、何か明確な目標があったわけではありませんでした。大学の学部を選ぶと、その後の専門や進路も自然と決まっていくように思えて、慎重になりました。限られた情報だけで進路を決めることに違和感があり、高校3年生のとき、自分の目で社会を経験してから進路を考えようと決めました」
両親や通っていた塾の先生からも進学を勧められましたが、それが当時の土川さんには不思議に映りました。
「周りからは『もったいない』と言われて、高卒で働くことを止められました。けれども、私は一生大学に行かないと決めたわけではなく、あくまで『今は行かない』という選択をしただけでした。勉強してきたことが無駄になるとは思っていなかったですし、自分としてはそこまで大きな決断をしたつもりはなかったです。
ただ、今思えば、親には塾代も出してもらっていましたし、当時の私は親に納得してもらえるように、自分の考えをきちんと言葉にする力が足りていなかったなと思います」
自分の力で自分の道を切り開こうとした土川さんは、高校を卒業後に上京し、不動産の営業の仕事を始めます。それから5年間で、社長秘書やカスタマーセンター、飲食店などいろんな仕事を経験した土川さんは、23歳で大学受験をする決意を固めます。

高校卒業後、5年間でさまざまな仕事を経験した(写真:土川さん提供)
社会人を経験してわかった"本当にやりたいこと”
「つらいこともあったけれど、自分で決めた道に正面から向き合う日々には、”生きている”という実感がありました」と土川さんは社会人時代を振り返ります。
いくつもの仕事を経験する上で、多くの人が生きづらさを抱えながらも、一生懸命に毎日を生きている現実に触れ、そうした姿を目の当たりにする中で、「『誰かの課題を解決したい、力になりたい』という想いが、少しずつ自分の中に芽生えていった」と彼女は語ります。
初めは医療の道を考えていましたが、もっと広い視点から、より多くの人の人生に関わる方法はないかと考えるようになり、出会ったのが「情報学」でした。
この学問が社会全体に働きかけられる可能性に大きな魅力を感じた土川さんが志望校として選んだのが、慶應義塾大学の総合政策学部。
さまざまな分野を横断的に学べる環境と、自分の関心に沿って専門性を築いていける自由度の高さに、これまでの実務経験も活きると感じたそうです。
秋くらいに大学受験をしようと決めた土川さんは、慶應義塾大学総合政策学部一本に集中して、受験勉強に励みます。
受験科目に「数学および英語」と「小論文」を選ぼうと思っていたこともあって、得意の数学以外に加えて英語と小論文の対策を頑張りました。
「英語の勉強は大変でした。とりあえず単語帳を最難度のものまでこなして、あとは基本的に過去問を10年分くらい、ひたすらやり込みました。小論文の対策も過去問でやっていたのですが、自分なりに書いて、自分なりに添削して採点をしていました」
受験までたった数カ月、短期集中で受験にのぞむ
受験まで時間が数カ月しかなかったこともあり、「自分なりに工夫しないと勝てない」と考えた土川さんは、自分の勉強方法を信じてひたすら取り組んでいました。
「短期集中型だったので、1日2時間くらいの勉強を集中してやる感じでした。眠いときは勉強しても効率が悪いと思っていたので、1度寝てから取り組んだり、夜中でも集中できるときは勉強していました。また、効率をよくするために、英単語を覚える際にも、丸暗記ではなく、すべてイメージと結びつけて覚えていたので定着するのが早かったのだと思います」
過去問の最低合格点を取れれば大丈夫と信じていたこともあり、誰かと競争している感覚もあまりなく、赤本の最低合格点と1対1で戦っていた土川さん。
慶應一本で勉強した3カ月を過ごして受験本番を迎えた彼女は、「自分と入試問題の1対1の戦いだったので、いつも通りやれば大丈夫だろう」と語る通り、本番でも練習でやってきたことを出し切り、見事に合格しました。
「うれしいというよりは安心しましたね。落ちたときのことを考えるとマイナスな気持ちになるので、一切考えないようにしていました。もし落ちていたとしても、また挑戦していたか、別の形で自分が納得できるように進もうとしていたはずです」
6年を経て、24歳で慶應義塾大学の総合政策学部に入学した土川さん。社会人を経て受験をしてよかったことをお聞きすると、「働きながら自分の興味を模索するなかで、本当に学びたい分野が見えてきたのが大きかった」、頑張れた理由については「さまざまな社会を経験したことで、多少のことでは揺らがない土台ができていたから」と答えてくれました。
「ストレートで大学へ進むのとは異なり、社会を経験したからこそ得られた視点で学べたことは、自分にとってかけがえのない財産です。さまざまな経験を重ねてきたらこそ、今の環境に感謝しながら、納得感を持って人生を歩めていると感じています」
ミス慶應準グランプリ→28歳で再就職
大学に入ってからは、情報学を中心に、経営系や法律系などのさまざまな分野の授業をとって勉強を楽しんでいた土川さん。
一方でミス慶應コンテストにも出場し、準グランプリを獲得するなど輝かしい実績も残します。

ミス慶應準グランプリに輝いた時(写真:土川さん提供)
そうした日々の中で、プログラミングや数学的思考を活かした会社に進みたいと思い、今年4月に28歳で再就職しました。
現在は就職した企業でエンジニア・データサイエンティストとして活躍する傍ら、自らのようにさまざまなバックグラウンドを持ち、苦難を乗り越えて生きてきた方々の人生を紹介するWebサイト「Life Compass」を運営しています。
このサイトは、かつて社会人を経て慶應に入った土川さんの想いが投影されていて、「誰かの人生をちょっと照らすような道しるべになれたら」という気持ちで、さまざまな方の経験を聞き、自分の経験やスキルを活かして、より多くの人が自分らしい選択をできるようなきっかけを届けたいという想いを持って運営しています。

Life Compassのインタビュー時の様子(写真:土川さん提供)
「大学に進学してからは、自分のこれまでの経験と向き合い、それを言葉にする機会が増えました。自分の人生をあらためて見つめ直す、かけがえのない時間だったと思います。
また、発信を始めたことで、自分の経験が誰かの役に立てると実感できたのも、大きな変化でした。だからこそこれからも、多くの方にインタビューをして、その人の人生や想いを言葉にして届けていきたいと思っています。
高校卒業後はつらかったこともたくさんありましたが、そんな道のりを歩んできたからこそ、少しのことでは動じない強さが身についたと感じています。若いうちに”舗装されていない道”を選び、試行錯誤の連続だったからこそ、その経験が、今の自分を支える確かな土台になっています」
若い時期を経て、どっしりと構えて物事に対処できるようになった土川さん。高卒で就職したことも、6年遅れで大学に入ったことも、周囲に流されずに自身の意思で選んできた彼女だからこそ、今、自分の人生を生きる上で大きな自信として昇華できているのだと思いました。