藤本美貴 熱愛発覚で仕事がゼロに…知られざるどん底時代と再起の裏側を語る

藤本美貴 熱愛発覚で仕事がゼロに…知られざるどん底時代と再起の裏側を語る

藤本美貴が、2日放送の『1周回って知らない話 2時間SP』に初出演。熱愛発覚で仕事がゼロになった状態から再ブレイクまでのエピソードを語った。

昨年のテレビ出演本数は278本。好きなママタレントランキングでも上位に輝き、バラエティー番組に引っ張りだこの藤本。アイドルとしてデビューしたのは、今から23年前。歌手デビューしたその年にNHK紅白歌合戦のトップバッターを任され、当時のアイドル業界をけん引。その後に加入したモーニング娘。でもリーダーを務め、超スーパーアイドルとして活躍していた。

しかし、人気絶頂だった2007年、お笑いコンビ・品川庄司の庄司智春との熱愛がスクープされ、突然テレビから姿を消すことに。当時の庄司は女性関係のウワサが絶えない、いわゆる“チャラ男芸人”だった。そんな庄司との交際発覚について、MC東野幸治から「トップアイドルの熱愛報道、どれくらいダメージがあったんですか?」と聞かれると、藤本は「仕事がゼロになるくらいとってもダメージがありました」ときっぱり。

スクープされるまでは、「もう年間5枚くらいシングル出してアルバム出して、年間ずっとライブやって歌番組もやってみたいな」と、忙しい日々を送っていたという藤本。松浦亜弥とGAM(ギャム)というユニットを組んでいたが、「金曜日に週刊誌が出て、次の日ライブみたいな。そのGAMのライブが終わったらゼロになります」と、ライブの翌日から仕事がゼロになったことを明かした。

そんな人気絶頂の時に“仕事ゼロ”というリスクを冒してでも、なぜ芸人・庄司との交際の道を選んだのか?そもそも大事なアイドル絶頂期にも関わらず、なぜ庄司と付き合うことになったのか?

庄司にいきなり声をかけられたのは、2006年、藤本がリーダーとなる前の21歳の頃。姉と買い物に出かけていた時のことだった。庄司は、藤本に声をかけ、藤本に携帯を見せてもらうフリをしながら携帯を取り上げると、勝手に連絡先を交換してしまったのだという。藤本は芸能界の先輩だった庄司に対し、連絡先を教えるのを拒みはしなかったが、「絶対遊んでるじゃん」と思い、「こんなのに引っかかるか」くらいの気持ちで用心していたそう。

ところが後日、庄司から何度も電話がかかってくる。半ば庄司のプッシュに折れた形で一度デートをすることに。最初のデートはドライブデート。といっても週刊誌の目を避けるため、運転席に庄司、後部座席に藤本が座り、少しでも怪しい車が近づくと毛布をかぶって隠れるという微妙なスタイルのデートだった。

藤本はその時の様子を「まず初めてのデートの時に“僕、好きだな”って言われたんですよ。初めてのドライブの時に」と振り返り、「僕、なんか連絡先交換した時から、いい子だなって思ってて」と言われたと明かした。その時は、「私は好きじゃないです」ときっぱりと伝えたそうだが、一方で、自分の好きな少女漫画をわざわざ読んできて、話を合わせようとしてくれたりと、「楽しい人だな、いい人だな」と、少しずつ好意を抱くようになっていった。

しかし、アイドルという立場を考え、交際を断った藤本。それでも庄司は「どんなことを言われても、好きになったものは止められないので、好きのままでいていいですか」「好きなんです。止められないんです」と告げられたという。藤本が「こんなに振り続けても、こんなに言ってくれる人って、多分この人以外いないんじゃないのかなって思いました」と、付き合うことを決めた時の気持ちを明かすと、スタジオからは「ちょっとしたハラスメントよね?」「これはたまたま、お2人がスゴく幸せになったからよかったですけど、正攻法と思わないでね」と、必ずしも正しいパターンではないという声が上がった。

そして、2007年5月、事態は急変。モーニング娘。のリーダー就任直後に突然、所属事務所の担当マネージャーに呼び出された藤本は、庄司とのデート姿を捉えた熱愛スクープ記事を見せられ、「どうするの?」と今後のことを聞かれた。しかしここで藤本は「モーニング娘。を辞めます」と即決。「世間が何と言おうと、自分の将来は自分で決める」という信念を貫き、モーニング娘。脱退を決意。リーダーになって史上最短、わずか25日での脱退となった。

事務所からは約6か月にも及ぶ実質的な謹慎命令が下された藤本。アイドルになって初めての挫折を味わい、食事もまともに喉を通らない日々が続いたという。

アイドル藤本美貴の暗黒時代、果たしてこのピンチをどうやって乗り越えたのか?

東野が「仕事復帰はどっから始まんの?」と聞くと、藤本は「半年後ぐらいに。“じゃあさお前さ、歌謡曲やれよ”って言われるんですよ。堀内(孝雄)さんがうちの事務所にはいるので、“堀内さんと同じ曲を別々でCD出せよ”みたいな」「地方をスゴい回ったりとか。カセットテープ屋さんみたいなレコード屋さんを回ったりとか」と復活への1歩を振り返り、小さな台の上で歌を披露したことを明かした。

「つらかったのか、どうやったの?」と当時の心境を聞かれた藤本は、「つらかったはつらかったんですけど、でも何にもできないよりは1歩前に進んでるので。なんか動いてくれれば、私は絶対に上に行くって気持ちで」「とりあえず1歩出させてくれれば」「“やった!”って思いましたもん。“じゃあ歌謡曲やります!”みたいな」と、あくまでも前向きな気持ちで臨んだ藤本。地方でミニコンサートをして回るなど徐々に芸能活動を再開した。

そんな辛い時期を支えたのも庄司だった。スクープ写真が出た時も、「俺一緒に行こうか?」「一緒に行って謝ろうか?」「必要だったらいつでも行くから言ってね」と常に優しく振舞ってくれていたという庄司。当時を振り返り、藤本は「私が落ち込んでる時に“美貴ちゃん”って呼ばれて、パッて見たらスゴい変な顔して、Tバッグを私に見せつけてきたんですよ」「それやるタイミングじゃないのに、それをやって笑わしてくれるっていい人だなって」「この人といたら色々乗り越えられそう、みたいな」と、さらに愛を深めたことを明かした。

そして、スクープから2年後の2009年、2人はめでたくゴールイン。芸能界も庄司もどちらも諦めなかった藤本だが、『離婚しそうな夫婦ランキング』第2位に選ばれるほど、世間の反応は必ずしも温かいものではなかった。

脱退から6年後の2013年には、ソロライブができるまでに復活した藤本。会場はチケット即完売の超満員。実はこのライブ、庄司もこっそり見にきていたが、ひょんなタイミングからバレてしまい大ピンチに。ミキティファンからすると庄司は、推しを奪った張本人。当然恨まれているかと思いきや、観客からは「庄司!庄司!」と予想外の歓迎コールが沸き起こった。感極まった庄司が「ミキティー!」と叫び、感謝の気持ちを返すと観客は大盛り上がり。ファンの温かい祝福に、感動した藤本と庄司だった。

藤本は当時を振り返り、「なんか意外にファンの人も“同じ女を愛した男だから”って言って、そこから認められるようになって。そこからライブも最後(庄司が)アンコール一緒に出てくれたり」と、コンビのように活動していることを明かした。

今後やりたいことについて聞かれた藤本は、「プライベートで普通に旅行に行きたいです」「お仕事もたまに夫婦でやったりすることもあるので、なんかあんまり“これをやりたい”っていう気持ちよりも、もう今は一生懸命やれることをやっていこうっていう感じですね」と回答。

「ちなみに今日とかは、夜ご飯とかは?作ってスタンバイしてるの?」という質問には「私が作ってくることもあれば、庄司さんが作ってくれたりもします」と藤本。東野が「あんまりこうやってしゃべってても、家帰らなアカンからな」と言うと、藤本は大笑い。「正直、早く帰りたい?」と聞かれ、藤本が「庄司に会わないと」と笑顔で締めくくると、スタジオは笑いに包まれた。

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写真提供:(C)日テレ