日本では「戦争が終わって80年」...来日して35年目のイラン人が、いま噛み締める「平和の意味」

日本では「戦争が終わって80年」...来日して35年目のイラン人が、いま噛み締める「平和の意味」

インタビューに応じるレファヒーさん(筆者撮影)

6月に戦火を交えた米国とイラン。停戦したとはいえ、一触即発の緊張状態は変わらず、予断を許さない情勢が続く。

戦乱は、東京・吉祥寺でペルシャ絨毯を販売するイラン出身のアハマッド・レファヒー(アリ)さんのビジネスにも暗い影を落としている。自身は10代の時にイラン・イラク戦争が勃発、従軍した経験もし、戦争を身近でより現実的なものとして捉える。

●記事前編:

「戦争ではなく対話を」。今年2025年は第二次世界大戦終戦から80年の節目の年。しかし、「第三次世界大戦」といったきな臭い言葉がSNSなどで飛び交い、不穏な動きもある。そうした中、レファヒーさんは一貫して平和を希い、武力は解決につながらないと訴える。

イランの雄大な大地の記憶と歴史を横糸に、イラン各地の織り手の思いと願いを縦糸に編み込んだ手織りの絨毯は、それぞれ風合いや趣が異なり、1つとして同じものがない。その織り手は、辺境の地で暮らす手先が器用な10代の少女であることも珍しくない。

祖国に迫る危機を憂いつつ、正常化の時、平和な時代が訪れるのを待ちながら、絨毯に託された織り手の平和の願いをつなぎ続ける。来日して今年で35年を迎える中、レファヒーさんは平和の意味を嚙み締めている。

ペルシャ絨毯の機織り機(筆者撮影)

イランの知人や親族は「未来が描けない」と嘆く

最近の中東情勢の緊迫化により、ペルシャ絨毯の輸入・販売を手掛けるレファヒーさんの会社「カスピアン」は大きな打撃を受けている。再び交戦が激化しないか、祖国イランの情勢を固唾をのんで見守る。

日本にとって戦後80年の今年2025年。ただし国が変われば、今も戦時下とさえ言える生々しい現実が、イランでは生活の一部となっている。

レファヒーさんは毎日イランにいる知人や親族と連絡を取る。「皆、この混乱がいつまで続くのか、不安定な状況に怯えており『未来が描けない』と嘆いている」という。

インタビューに応じるレファヒーさん(筆者撮影)

極めて不安定で危機的な世界の情勢

イランでのビジネスが正常化する目処は立っていない。さらに、目を外に転じればロシア・ウクライナ戦争、そしてガザ地区での中東の緊張状態など、世界は極めて不安定で危機的だ。

レファヒーさんは、戦火が世界全体に与える影響を憂う。「これらはすべて関連し合い、日本を含む世界のエネルギー供給にも関わる、全地球的問題です」

トランプ米大統領の言動についても複雑な心境を明かす。「トランプ氏は本当は平和を望んでいるはずです。しかし、話し合いが難しくなると、別の方法で解決しようとする傾向があります。それが心配です」

「戦争ではなく対話を」とレファヒーさん

「今回起きたことによって、本当に心が折れています。できれば世界の皆さんと協力して、戦争が広がらないようにと願います」。レファヒーさんの言葉には一貫して「平和」への強い願いがある。

イラン・イラク戦争を経験したレファヒーさんにとって、戦争は遠い昔の出来事ではない。日本が戦後80年を迎える中で、レファヒーさんは平和の尊さをあらためて感じている。「平和な戦後80年は素晴らしいこと。でも今、世界の情勢は危険な方向に向かっています。小さなことが大きな衝突につながるかもしれない」

従軍していた当時10代のレファヒーさん(右、同氏提供)

インタビューの最後、レファヒーさんは静かに、しかし強い意志を込めて語った。

「対話を大切にしてほしい。これが私の願いです」

30年以上前、戦争の記憶を胸に平和な国を求めて日本にやってきた一人の青年は、今も変わらず平和への希求を抱き続けている。戦争の記憶を持つ者として、そして異郷の地で試練を乗り越えて調和しながら生きてきた証人として、レファヒーさんの言葉は、分断と対立が深まる世界への重要なメッセージとして重く響く。

戦争ではなく対話を──。世界が不安定さを増し、分断が進む中、静かに、それでも力強く「平和」を語る人の声に耳を傾けたい。

ペルシャ絨毯専門店「CASPIAN(カスピアン)」を営むレファヒーさん、イラン北部カスピ海沿岸のラシュト出身(筆者撮影)

南 龍太(ジャーナリスト)