死んだサルの内臓に…「バナナのような生物」の謎

念のため死因を調べてほしい, 脾臓と肝臓の細胞に多数の異物, サルには怖い寄生虫, 過去にはリスザルが連続死した例も

今回は、縞模様の尻尾が特徴的なワオキツネザルのお話です(写真:barman/PIXTA)

飼っている動物が病気になったら、動物病院に連れていきますよね。動物病院には外科、内科、眼科など、さまざまな専門領域の獣医師がいますが、獣医病理医という獣医師がいることを知っていますか?

この記事では、獣医病理医の中村進一氏がこれまでさまざまな動物の病気や死と向き合ってきた中で、印象的だったエピソードをご紹介します。

もうすぐ夏休みが始まります。長い休みを利用していつもより遠出し、ご家族や友人たちと動物園や水族館に出かける方も多いのではないでしょうか。

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普段の生活では出会うことのない動物たちを間近に観察できる時間は、きっとみなさんの知的好奇心を刺激し、心に残る思い出になるはずです。

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動物園や水族館は、そこが屋外であっても来園者や来館者を含め生き物が「密」に集まる場所ですから、そこには、動物と動物の間、動物と人間との間で、感染症が広がるリスクがあります。

とはいえ、ほとんどの動物園では適切な衛生管理が行われており、来園者や動物の健康に悪影響が出ないように厳重な対策をしています。

今回は、そんな動物園の衛生管理にまつわるエピソードをご紹介します。ある「生き物」が見つかったら迅速に対応しなくてはいけない、というお話です。

念のため死因を調べてほしい

ある動物園の獣医師から電話がかかってきました。

「うちで飼っているワオキツネザルが亡くなりました。老衰だと思うのですが、念のため死因を調べていただけないでしょうか?」

ワオキツネザルは、マダガスカル島に生息する原始的な霊長類です。キツネのような顔立ちをしたキツネザルの仲間で、大きさはネコと同じくらい。リング状に縞の模様が入った長い尾が特徴的です。

この尾の見た目から、和名は「輪尾(ワオ)キツネザル」とされているのです(英語名も、ring-tailed lemurです)。

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ワオキツネザル(左)の死にネコが関係?(イラスト:佐藤大介)

亡くなったのは、21歳のオスの個体。数日前から食欲が落ち元気がない様子が見られたため流動食を与えて看病していたそうですが、ほどなくして息を引き取ったということでした。

特に目立った病歴はなく、高齢だったこともあり「おそらく老衰だろう」と判断されていました。ただ、長く飼われていた個体で飼育員さんの思い入れも深く、「死因をきちんと知っておきたい」というご依頼でした。

ワオキツネザルの平均的な寿命は10年後半から20数年とされていますから、たしかに亡くなった個体は高齢といってよい年齢です。飼育員さんへの聞き取りでも、与えていたエサや飼育環境にも問題は感じられず、老衰の可能性は高そうです。

とはいえ、病理診断はあらゆる可能性を排除せず、いつものように慎重に臨まなければなりません。

脾臓と肝臓の細胞に多数の異物

まずは、届いた遺体の全身をくまなくチェックします。見た目には、特に気になる所見はありません。

解剖しても、肉眼では目立った病変は認められません。ただ、脾臓が少し腫れているような気がしました。

そこで念のため、組織切片(組織を薄く切り、見やすく染色したもの)を作製して、顕微鏡で観察しました。すると、脾臓と肝臓の細胞内部に小さな異物が多数確認できました。

バナナのような細長い形で、染色された核が中央近くで濃く染まっています。まるで笑っている「眼」のようにも見える――トキソプラズマです。

念のため死因を調べてほしい, 脾臓と肝臓の細胞に多数の異物, サルには怖い寄生虫, 過去にはリスザルが連続死した例も

これはニホンザルから見つかったトキソプラズマの顕微鏡写真(画像:筆者提供)

トキソプラズマは、ほぼすべての温血脊椎動物(哺乳類・鳥類)に感染する単細胞の寄生虫です。ネコ科の動物の体内でのみ有性生殖を行い、それ以外の温血脊椎動物の体内では、無性生殖(2分裂で増殖していきます)を行います。

ある寄生虫が成熟して有性生殖を行う宿主を「終宿主」、その寄生虫が未成熟な発育段階(幼虫期など)を過ごす宿主を「中間宿主」といいます。トキソプラズマの場合、ネコ科の動物が終宿主で、それ以外が中間宿主にあたります。

トキソプラズマは人間にも感染します。

人間に感染する主な経路は、ネコの糞便に含まれる感染能力を持ったトキソプラズマ(この状態を「成熟オーシスト」といいます)が、土いじりなどを通じて口に入る経口感染です。また、トキソプラズマは中間宿主の間でも感染するため、感染した獣や鳥の肉を十分に加熱せず食べた人間に感染したケースも報告されています。

幸いなことに、人間が感染しても多くの場合は無症状で、大きな害はありません。ただ、免疫機能が著しく低下している人では、感染が脳に及んで重い症状を引き起こすことがあります。

また、妊婦さんが初めてトキソプラズマに感染した場合、胎盤を通して胎児にも感染して「先天性トキソプラズマ症」を発症する可能性があります。流産や水頭症、肝脾腫などを引き起こす危険性がありますから、過度に恐れる必要はありませんが、注意しておくにこしたことはありません。

基本的には、ネコの糞便を素手で触らない、ネコが排泄していそうな土には触れない(庭いじりや畑仕事は控える)、加熱が不十分な肉は食べない(食肉中のトキソプラズマは、中心温度が67℃になるまでの加熱で不活化できます) といったことが予防策となります。

ネコを飼っている人は気になるかもしれませんが、ネコの糞便にオーシストが潜んでいるといっても、それはネコが初めてトキソプラズマに感染した後、数日から2週間ほどの限られた期間のみです。

また、排出されたオーシストが成熟して感染能力を獲得するまでには24時間程度の時間がかかるとされていますから、糞便の処理は24時間以内で行うようにすれば、万が一そのネコが直近にトキソプラズマに感染していたとしても、感染力のあるオーシストとの接触を回避できます。

サルには怖い寄生虫

さて、人間への害は少ないトキソプラズマですが、キツネザルやリスザルなどの一部の小型のサルの仲間では、深刻な健康被害を引き起こすことがあります。

これらのサルはトキソプラズマに対する免疫が非常に弱く、感染すると症状が急激に進行します。飼育員が異変に気づいたときにはすでに手遅れで、治療をする間もなく死亡する、ということがしばしば起こるのです。

病理診断の結果、今回の21歳のワオキツネザルは、高齢で体力や免疫機能が落ちていたところにトキソプラズマに感染し、死亡に至ったのだと考えられました。

場所が動物園ですので、単に「死因は老衰ではなく、トキソプラズマ症によるものでした」ではすまされません。

この個体がトキソプラズマに感染していたという事実は、最悪、その飼育エリア内のすべてのワオキツネザルがトキソプラズマにさらされていた可能性を意味しています。

動物園内でサル同士が共食いをすることは考えにくいため、おそらく、園外にいた外飼いか野生のネコの糞便に含まれていたオーシストが、ゴキブリやネズミによって飼育エリア内に持ち込まれてきたのでしょう。それにより、餌や水が汚染された可能性があります。

このようなサルの仲間におけるトキソプラズマ感染は、まさに時間との勝負です。

組織切片にトキソプラズマを認めた時点ですぐに獣医師さんに連絡し、飼育ケージの消毒と、同居していたほかのワオキツネザルたちへのトキソプラズマ症に有効な抗原虫薬の投与を行ってもらい、このときは事なきを得ました。

過去にはリスザルが連続死した例も

動物園で飼われている動物が突然死した場合、何らかの感染症や中毒、あるいは飼育環境の急変などの要因が疑われます。

同じ環境下で飼育されている動物は、同じリスクにさらされている可能性が高いため、早急に原因を究明し、有効な対策を打たなければなりません。そうでないと、死が連鎖し、多くの命が失われることになります。

今回のワオキツネザルの事例では、病理解剖を依頼した飼育員さんの適切な判断と、迅速な病理診断、そしてその後の対策が功を奏しましたが、僕は過去に、やはりトキソプラズマによって動物園で飼われていたリスザルが連続死したケースも経験しています。

動物園の飼育員さんや獣医師さんは、動物たちの健康と衛生の管理を日々徹底されていますが、それでも不幸にして死が起こってしまうことはあります。

そんなときは、僕たち獣医病理医が死後の病理診断を通じて「遺体の声」を聞き取り、死因を突き止め、その死が連鎖したり再発したりしないよう、得られた情報を広く共有していきます。

動物園や水族館で暮らす動物たちの健康は、こうした努力の積み重ねによって守られているのです。

この夏、みなさんが動物園や水族館に訪れる機会がありましたら、そこでいきいきと暮らす動物たちの背後にあるこれらの取り組みにも、思いを馳せていただければ幸いです。