国鉄・JR列車本数の推移で読み解く「急行衰退史」

国鉄時代に高山本線を走っていた急行のりくら(masamura/PIXTA)
現在は急行が1本もない
JRグループから毎日運転される急行列車が消滅してから来年で10年となる。時刻表2025年7月号を見ると、巻頭の記号の説明のところに急行列車のマークと、それが急行列車である旨の説明が記されているが、JR線の時刻が掲載されている箇所には急行列車の表示のある列車が1本もない。JR線と一緒に掲載されている第三セクターのスペースに9本あるだけだ(えちごトキめき鉄道4本、明知鉄道2本、秋田内陸縦貫鉄道3本)。
【グラフで一目瞭然!】1960年以降の特急、急行、準急の本数の推移。急行が減少し特急が増加してきたことがわかる。JR各社別の特急、急行の推移も
にもかかわらず、巻末のJR線営業案内のページに急行料金の料金表が出ている。なんだかよくわからない感じだ。
そこで、現在は1本も運行されていないJRの急行列車の運転本数を過去の時刻表でチェック。どのような本数の増減を経て急行列車が消滅していったのかを調査してみた。
調査したのは国鉄時代の1960年から2025年までの4月号の時刻表。列車の本数は月〜金曜日の平日に運転されているものだけをカウントして、急行の増減と同時に特急や準急の本数も調査した。「みどり」「ハウステンボス」のように併結区間がある列車は1本ではなく2本としてカウントした。
ちなみに、国鉄時代の急行、特に東北エリアを走る列車は併結や分割が複雑でカウントをミスしている可能性が高いので数値は正確なものとしてではなく、ザックリしたものと認識して軽い気持ちで読んでいただけたらありがたい。
かつて国鉄では「準急」が走っていた
新幹線が誕生する前に国内で走っていた特急は、昼間が東京と大阪を結ぶ「こだま」と「つばめ」がそれぞれ2往復、京都と博多を結ぶ「かもめ」1往復、常磐線経由で上野と青森を結ぶ「はつかり」1往復。寝台特急が東京と博多を結ぶ「あさかぜ」、東京と鹿児島を結ぶ「はやぶさ」、東京と長崎を結ぶ「さくら」がそれぞれ1往復の計9往復18本。急行は各地で104本運転されていた。
現在のJR各社のエリアに当てはめて急行の本数を見てみると、四国は特急、急行とも0本。北海道も現在より鉄道網が張り巡らされていたが特急0本、急行8本しか走っていない。
そんな時代に各地で運行されていたのは準急列車である。四国では16本、九州では52本、北海道では30本の準急が運行していた。寝台車の連結された夜行準急も運転されていた。また全席指定で停車駅が特急並みに少ない特別な準急も東京―日光間、東京―名古屋間、名古屋―大阪間などで走っていた。
とはいえ、特急、急行、準急を合わせた有料列車の運行本数の合計は316本。現在、常磐線特急「ひたち」「ときわ」を合わせた運行本数が1日66本、敦賀駅を発着する「サンダーバード」「しらさぎ」の合計本数が1日80本であることを考えると、圧倒的に少ない。
東海道新幹線(東京―新大阪)開業後の1965年の本数を見ると、特急、急行、準急とも大幅に増加。東海道本線から昼間走る特急の姿は消えたが、代わって夜行急行が増発。各地でも夜行急行が大増発され、1960年からの5年間で104本から292本と3倍近く本数が増えた。急行0本だった四国にも8本の急行が誕生した。
それ以上に増えたのが準急列車。5年間で194本から681本に。有料列車の合計本数は711本増の1027本と、調査した中では最大の有料列車本数増となった。
1970年の時刻表を見ると681本走っていた準急が廃止。代わって急行が685本増えた。準急が急行化したと言えるだろう。東北本線が全線電化したことや、東海道新幹線に接続する山陽、九州方面の特急、寝台特急が増えたことで、東日本、西日本エリアで特急がぐんと増えた。
1975年になると、急行の本数が978本と微増。特急の本数は286本増の460本と一気に増えた。山陽新幹線が全線開業して山陽本線で運行されていた特急車両を各地に転用したことや、1972年に登場した新型特急車両183系のデビューも大きいと思われる。
1980年には急行が減少傾向に
ここまでは、急行、特急ともに本数を増やしてきたが、1980年になると急行は減少傾向に。1985年には急行が5年前と比べて602本減少。東北新幹線(上野―盛岡間)、上越新幹線(上野―新潟間)開業の影響か、東日本エリアで急行が299本も減少した。
1980年ごろから始まった急行減少の流れはJRとなってからも止まらず、2000年の時刻表ではJR四国から急行が消え、2005年にはJR九州、2010年にはJR東海、2015年にはJR西日本から急行が消滅。最後まで残っていたJR北海道、JR東日本の区間を走る急行「はまなす」も2016年の北海道新幹線開業を機に廃止され、2020年の時刻表から毎日運転される急行は消えた。
特急の本数は1960年から常に上がり続け2015年に1690本とピークに。その後、北陸新幹線の延伸(長野―金沢―敦賀間)や、九州新幹線(博多―鹿児島中央間)全線開業などにより、JR東日本やJR九州エリアで減少した。JR北海道では新幹線の開業と関係なく本数が減少した。
昭和の時代から現在までの大きな流れは、昭和40年代に準急を急行に格上げ、昭和50年代以降は急行を特急に格上げと、昭和60年以降は急行の特急格上げにプラスして、新幹線開業による在来線特急や急行の廃止と、急行料金より高額な特急料金や新幹線料金を鉄道利用者に負担してもらう形で増収を図っているように見える。鉄道である程度長い距離を移動する人も多かったと思われ、こういった形で増収が図れたのだろう。
有料化の流れが進む
だが航空券が安くなった今、新幹線以外の鉄道は短・中距離利用の人が多くなった。また、高速道路網が発達して安く移動できる高速バスが登場。在来線の特急で100〜200kmほどの移動をする人が以前より減ったと考えられる。さらに、コロナを機にリモートで仕事を済ませるビジネスパーソンが増えている。そんなことが特急減少の要因となっていると思われる。
最近はJR東日本の中央線快速電車にグリーン車が連結、JR西日本関西地区、広島地区に指定席のある快速列車が登場している。
この流れも準急→急行→特急とたどった歴史の流れをくむ、短距離利用者の多い時代の「運賃をなるべく値上げせずに増収を図る方針」と言えるだろう。
なお、JR各社ごとの特急と急行の運行本数の推移は以下のとおりである。まず、特急から。

月〜金曜日の平日に運転されている列車の本数をカウント。毎年4月号の時刻表を元に筆者作成
急行はこちらである。

月〜金曜日の平日に運転されている列車の本数をカウント。毎年4月号の時刻表を元に筆者作成