有元葉子「今に至る仕事人生、旅人生がスタートしたのは50代」初めてのひとり旅は秋のパリ、人生の折り返し地点に出会えた味わいとは
人気料理家、有元葉子さんの旅の本『旅の記憶 おいしいもの、美しいもの、大切なものに出会いに』が、8月21日に発売になります。かつて、ベトナムにイタリアに、有元さんが語る“おいしい話”に触発されて旅に出た、というミモレ読者もいるのではないでしょうか。長く活躍されているので意外に思われるかもしれませんが、有元さんが料理家として働き出したのも、ひとり旅をスタートさせたのも実は50代から。

有元葉子「今に至る仕事人生、旅人生がスタートしたのは50代」初めてのひとり旅は秋のパリ、人生の折り返し地点に出会えた味わいとは
「自他ともに認める旅好きですが、本格的に旅をするようになったのは、子どもたちの手が離れてからです。食事やお弁当はもちろん、三時のおやつも毎日作り、家にはしょっちゅう娘たちのお友だちが遊びに来て、にぎやかで慌ただしい日々を送っていました。
毎日やることがいっぱいの専業主婦の生活が終わったのが、50歳前後。それからなのです。今に至る仕事人生、旅人生がスタートしたのは。
海外旅行の経験がなかったわけではないですが、行きたいときに、行きたい場所に、ポンとひとりで飛んでいける自由気ままさこそが、旅の醍醐味だと思っていました。つまり、私はひとり旅をしたかったのです。娘たちが食べるものは自分たちでなんとかできるわね、という年齢になったときに、ついに実行しました」
(有元葉子『旅の記憶』より)
この「ついに実行した」初めてのひとり旅、秋のパリで有元さんが出会ったカフェでの出来事をご紹介します。
甘いお菓子よりも、シャンパーニュとサーモントースト
初めてのパリでは、もちろんカフェめぐりもしました。紅茶専門店のマリアージュ フレールは、今でこそ日本にもいくつも店舗がありますが、当時は知る人ぞ知る店。果物や植物で香りづけをした独特の茶葉を揃えていて、エキゾチックな雰囲気で……という情報をどこからか得ていたのでしょう。興味津々です。
マリアージュ フレールで、私は初めてスコーンというものを食べました。名前は知っていたけれど、「スコーンとはこういうものか」って。そんな時代だったのです。おいしかったのですが、スコーンはイギリスの伝統的なお菓子だということをのちに知りました。そのスコーンはイギリスのものより、だいぶ小さなものでした。
食べたり飲んだりしたものよりも、マリアージュ フレールで心動かされたのは内装です。床が砂でできていたのです。「素敵」と思いました。店はオープンな造りではないけれど、床が砂で、植物がたくさんあって、なんともいえず異国的な雰囲気なのです。ちょっとエスニックな香りの紅茶に、そのインテリアはぴったりです。
「私も自分の家の床を砂にしようかな」なんて思ったりして。「いやいや掃除が大変ね」って。お茶を飲みながら、そんなことを思っていました。この店で買ったものは、ジャスミンティーの香りのキャンドル。以来、見つけるとこのキャンドルを買うようになって、わが家の香りとなりました。
食べるものはもちろんのこと、建築やインテリア、そこで使われている道具や地元の人たちの暮らしぶりなど、海外では見るべきものがたくさんあります。私は食―住―衣と興味があるので、初めてのひとり旅は五感を働かせるのにとにかく忙しい。
モンブランで有名な老舗のサロン・ド・テへ行ったときのこと。行ってはみたものの、実は子どもの頃から甘いものがあまり得意ではなく、メニューを開いてちょっと困惑しました。名物のお菓子は私には甘すぎるだろうし、ボリュームがありすぎて持て余すこと間違いなし。どうしようかな……とまわりを見ると、大きな甘いお菓子を食べながら、甘そうなホットチョコレートを飲んだりしている。よく甘い飲みものと甘いお菓子を一緒に口に入れられるわね……と驚いていると、店の中でただひとり、周囲とは別のことをしている老婦人が目に留まりました。
その人は私と同じくひとりでテーブルにいて、シャンパーニュのグラスを片手に、スモークサーモンののった薄いトーストをおいしそうに食べている。「あ、私もあっちだわ」と、同じものを注文しました。

昼下がりの老舗のサロン・ド・テ。運ばれてきたお皿には、香ばしく焼いた熱々の薄いトーストに、ひんやり冷たい大きなサーモンがのっています。軽く燻製されたサーモンの脂のうまみが口の中でとろけて、そのあとに冷たいシャンパーニュが喉を落ちていく心地よさ。
このコンビネーションは、パリのマダムや、人生の折り返し地点にいる私のような、充分に生きてきた年齢だからこそ、味わえるおいしさ。そんな気がしました。
以来、シャンパーニュとサーモンのトーストの組み合わせを、家でも楽しんでいます。
おいしいものと共にある、旅の思い出のワンシーンです。
(有元葉子『旅の記憶』より。 撮影/青砥茂樹)
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パリ、ロンドン、リスボン、プーリアにサルディーニャ、ニューヨーク、ホーチミンにハノイ…… 有元葉子さんの旅の記憶からは、「どうしたら自分を使い切れるかをいつも考えている」と語る有元さんの人生観が垣間見えます。何を大切にして、何を楽しみとして生きていくか。ヒントに溢れた1冊です。
構成(書籍)/白江亜古
有元葉子 Yoko Arimoto
編集者、専業主婦を経て、料理家に。料理教室やワークショップ等を提案する「A&CO.」の主宰ほか、キッチンウエア「la base(ラ・バーゼ)」シリーズのディレクター、イタリア産オリーブオイル「MARFUGA(マルフーガ)」の日本代理店主宰を務めるなど活躍は多岐にわたる。レシピ本をはじめ、食を通して暮らしや生き方などを語ったエッセイなど著者は100冊以上に及ぶ。近年のベストセラーは『レシピを見ないで作れるようになりましょう』(SBクリエイティブ)、『生活すること、生きること』(大和書房)ほか。