「Amy's Kitchen 山田詠美文学のレシピ」感情と舌は結びついている
珍しい座組の本『 Amy's(エイミーズ) Kitchen 山田詠美文学のレシピ』(左右社)が刊行されました。作家・山田詠美さんの小説やエッセーに登場する料理をえり抜いて料理家・今井真実さんがレシピにしたもので、実物の写真は、おいしそうでどれも舌なめずりしたくなるほど。2人がコラボした経緯と本に込めた思いを語り合ってもらいました。
【本の概要】 1985年から現在までに山田詠美さんが発表した作品に描かれた料理から、22品を選んで今井真実さんがレシピに仕立てました。実際に作った料理の写真は、今井さんの夫で写真家の今井裕治さんが撮影しています。

今井真実さん(左)、山田詠美さん
――真実さんは29年前に詠美さんに会っていた!?
真実 昔から詠美先生の大大大ファンで!! 初めてのサイン会は地元・神戸であった詠美先生のもの。勇気を出して行ったんですよ。
詠美 長編『アニマル・ロジック』を出した後の1996年。阪神・淡路大震災の翌年で、まだ復興には遠いなって感じられた時でした。あのサイン会はよく覚えてるんだけど、切ない感じがしたんだよね。みんな手紙をいっぱい持って来てくれて。「一生懸命自分の気持ちを私に届けようとしてくれてる」って思っただけで、なんかグッときちゃった。
真実 全然復興していない街にお迎えするのが神戸市民として心苦しかった一方で、来てくださったことがうれしくて。
詠美 あの時、真実ちゃんは中学生だったんでしょ?
真実 はい。「すごい大好きです」って声をおかけして、「ありがとう」って握手してもらいました(笑)。
詠美 そうそう。でも、中学生で『アニマル・ロジック』はねぇ(笑)。
――それから30年近くたってコラボが実現した。
詠美 真実ちゃんが私の本を読んでくださってるって知って、トークショーをやったら楽しくなっちゃって。彼女のほうから案を出してくれたんです。料理の本を作らないかと言われたことは何度もあったんですけど、ずっと「小説で読むんでいいんじゃない」と言っていた。でも興味もあったし、真実ちゃんの本もすごく好きだった。それで一緒にやろうってことになった。
真実 もともと詠美先生の書かれる料理が好きなんです。例えば小説『風葬の教室』で、学校でいじめられてる主人公が思い詰めていたら、家族がシュークリームを焼く相談をしている。救いにもなるし切なくもなる場面ですよね。私も学校で孤独だったので、自分を重ねるところもあった。作品の料理の匂いも子どもなりに想像してました。

「Amy's Kitchen 山田詠美文学のレシピ」
――作家には料理派と洋服派がいる。
詠美 小説の中で料理を書きたがるタイプと洋服を書きたがるタイプがいる。私、洋服に関してはジーパンくらいしか書かないんだけど、料理に関して書いてるとどんどん書き込みたくなってくる。
真実 だから、料理好きやとすごく心をくすぐられる描写が多いですよね。
詠美 食べることをきっかけにして恋愛や友情が始まることって多いと思うんです。食べ物をシェアすることによって自分の心の中も分け合うことができるっていうか。
真実 料理の思い出って、誰かと一緒に楽しく食べた時のものだけじゃない。喉に詰まるような気持ちで食べた時のものもあると思うんです。
詠美 そう。おいしいものを2人で分け合って食べる幸せもあれば、好きな人がいなくなってたった一人で食べなきゃいけなくなった寂しさもある。自分の感情と舌は、結びついているんですよ。読んでくれる人に、そういうことをわかってほしいっていう欲望があって、私は書いてるんですね。
――議論してレシピをまとめたのですね。
真実 まず、編集さんをはじめスタッフみんながもう1回お話を熟読して、「このシチュエーションはいつなのか」とか「どういう雰囲気が漂っているのか」とかディスカッションしながら撮影したんです。
詠美 彼女とスタッフの方たちがものすごい苦労してやってくださったので、いい本に仕上がった。私はできあがった料理を食べただけ(笑)。
真実 実は、分量などはそこまで実用的じゃないレシピにわざとしています。例えば【賢者の皮むきサラダ】。今、レシピ本の分量は普通2人分ぐらいが多いんですよ。だけど、「会社の人のためにも持って行くにはこの分量がふさわしいな」とちょっと分量を多めにしたんです。【牛肉の上等を入れたおから】も「お豆腐屋さんでもらってきた生おからやったらこの分量できてしまうな」と考えて4~5人分に。
詠美 私が書いたことから真実ちゃんがレシピを立ち上げて、料理を作ってくれた。そのことでもう1回描写し直して、ストーリーを付け加えてくれてるって感じがしました。
真実 普通のレシピ本と違って、お話を想像して分量とかレシピを作るのは新鮮な体験でした。ファン 冥利(みょうり) に尽きます!
――イチオシの料理は?
詠美 私ねぇ、やっぱり鶏肉のかな。
真実 チーズが入ってる【美味なるチキンソテー】ですね。詠美先生が子どもの時にレシピ本で見たそうで、あまりにおいしそうなのでページを食べようとしちゃったっていう(笑)。 そのレシピ本を再現したくて、この写真はすごく工夫したんです。まず普通にチキンソテーを作って写真を撮る。次に当時のものだろうという古いレシピ本を取り寄せて、中のページに写真を貼り付ける。それをさらに撮影するという……。

美味なるチキンソテー
詠美 大変な手間がかかってる。でも、私の記憶にあるのはまさに、こういうのなんだよ! 文章も一行一行読んでると唾液が湧いてくる、想像力をかき立てるものだったの。だから、ぺろぺろなめちゃったもんねぇ(笑)。
真実 あと、私のレシピでは普段作らないものはこれやなって思ったのは【料理研究家 沢口先生の十目稲荷】。『血も涙もある』の沢口先生の十目稲荷です。
詠美 ああ、あれねー。あの作品は初めてカリスマ料理研究家みたいな人を出したの。だから結構、難しいと同時にやりがいあるっていうか、書いていて楽しかった。
真実 これも撮影中、「どう撮るか?」「どう盛りつけるか?」って話し合いました。稲荷寿司って大体ひっくり返して、ご飯が見えるように撮るじゃないですか? だけど私は「沢口先生は十目をひけらかさないはずだ」と。こうやって普通に見せておいて「実は十目や!」っていうのが沢口先生やと思う(笑)。
詠美 そうかもしれない。「私はそんじょそこらのとは違うのよ」って。「自慢する程度のものじゃないのよ」って言いそう(笑)。
真実 10個の具材もみんなで考えたっていうのがいい思い出です。自分のレシピやと簡単さに重きを置くところもあるので、なかなかこういう凝ったレシピはできない。それを作れたっていうのもうれしかったですね。
■美味なるチキンソテー 鳥のむね肉に切れ目を入れて、チーズをはさんでソテーにしたひと皿が載っていたことがある。その焦げ目のそそることと言ったら! 私はその写真を長いこと見詰めていた。こうばしい香りが立ちのぼってくるような気がして口の中に唾が湧いた。食べたい! と強烈に思った瞬間、私は、抑えられずにそのページをぺろぺろと 舐(な) めてしまったのである。(『私のことだま漂流記』)

左から、料理研究家 沢口先生の十目稲荷、賢者の皮むきサラダ、牛肉の上等を入れたおから
■料理研究家 沢口先生の十目稲荷 こんなに 旨(うま) そうにものを食う女、見たことない、と思い 呆気(あっけ) に取られました。「そんなに旨い?」意外なことを聞く、と桃子は目を見開きました。「当り前じゃないですか。沢口先生の作った稲荷 寿司(ずし) ですよ? この素朴に見えて、実はプロの技を惜し気もなく駆使したかやくごはん! 甘めに煮たおあげの隠し味に何を使ってるか御存じですか!?」 桃子の勢いに思わず 気圧(けお) されてしまいます。(『血も涙もある』)
■賢者の皮むきサラダ 「それにしても、こんなに大量に野菜削ってどうすんだよ。食べ切れないぜ」 「ほーっほっほ、一晩、置いたところがおいしいの。薄いおだしとポン酢につけてね。明日、会社に持ってって、食べさせてあげるのよ」 「男?」 「ま、いやあね。男の人って言いなさいよ」 「新しいの?」 「ほほほほ、ちょっぴり若いんだけれどね」 自分の新しい男に食わせるために、息子に労働を強制するとは、まったく、身勝手な母親である。しかし、皮 剥(む) き器は賢い。(『ぼくは勉強ができない』)
■牛肉の上等を入れたおから どういう訳か、胸の内に強烈な羨望が湧き上がり、私を圧倒した。おなかがいっぱいになるまで生きることを堪能してみたい。(中略)私は、死を思いながら、死ぬまで、生きて行く。今わの際に、 御馳走(ごちそう) さま、とひと言、 呟(つぶや) くために。その道中の楽しみを与えてくれたのは、目の前の男だ。「慈雨ちゃん、おからの味どう?」「おいしゅうございます」(『無銭優雅』)
(文・読売新聞文化部 武田裕芸/写真・浦上太介)
プロフィル山田詠美(やまだ・えいみ)1959年東京都生まれ。『ベッドタイムアイズ』で85年に文芸賞を受けてデビュー。『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』で87年に直木賞、『A2Z』で2001年に読売文学賞、『風味絶佳』で05年に谷崎潤一郎賞を受賞。『アニマル・ロジック』『珠玉の短編』『ファースト クラッシュ』など著書多数。
プロフィル今井真実(いまい・まみ)1981年神戸市生まれ。雑誌やテレビ、ウェブ、企業広告など様々な媒体でレシピ製作を担い、ネットでもレシピを発信中。著書に『いい日だった、と眠れるように 私のための私のごはん』『料理と毎日』『フライパンファンタジア』『今井真実のときめく梅しごと』『低温オーブンの肉料理』『だいじょうぶレシピ』など。