「猫のいる家専門」建築士の"猫愛あふれる"生き方

「猫の専門家」で建築士の清水満氏に、「猫ファースト」にこだわる理由を聞きました(撮影:梅谷秀司)

猫が、長生きになっている。
1990年には平均寿命5.1歳だった猫は、調査方法が異なるため単純には比較できないものの、2020年には14.5歳に到達*。30年で大幅に長生きするようになった。
ペットとしての存在を超え、家族の一員として迎えられる猫が増える中、フードや住環境、医療や介護など、猫向け商品・サービスの質にも高いレベルが求められるようになっている。
本連載では、成長を続ける「ネコノミクス」の最前線を追っていく。
初回となる今回は、”猫専門”の建築事務所を紹介する。
この記事は後編です。(前編:『「キャットウォークを全然使ってくれない」「猫部屋よりリビングにいる」“飼い主の理想”猫には迷惑?“猫専門”建築士が教える“猫が本当に喜ぶ家”とは?』

きっかけは”迷い猫”

「飼い主さんが望む通りにキャットウォークを作ると、猫が使わないものになる」ーー。飼い主の理想ではなく、猫が「本当に喜ぶ」家を追求する建築士、清水満氏。

【写真23枚】「猫が本当に喜ぶ」キャットウォークがあるお家はこんな感じ

いまや”猫の専門家”として引っ張りだこの清水氏も、初めから「猫住宅」ばかりを手掛けているわけではなかった。

“猫が幸せに暮らせる家”を追求する建築士、清水満氏(撮影:梅谷秀司)

”猫専門”になったきっかけには、迷い猫との出会いがあったという。

子供の頃から猫は身近な存在だった。実家は北海道の元農家で、納屋に住む猫はペットというより、ネズミを追ってくれる人間のパートナー的存在だったそうだ。

東京で独立後に住んだ住居はペット不可だったため、時々猫が多い下町まで出掛けていた。

そんなある日、迷い子猫が足にしがみついてきた。それが猫との暮らしの始まりで、猫専門建築家への第一歩だった。

【写真23枚】「猫が本当に喜ぶ」キャットウォークがあるお家はこんな感じ

当初は牛乳を猫にあげてはいけないことも知らなかった清水氏。しかし、かかりつけの獣医に話を聞いたことがきっかけになり、猫とその環境を知る重要性に気づいた。

「猫に良かれと思った飼い方がストレスになり、病気を招く場合もある。しかし獣医は病気や怪我については飼い主さんに説明できるが、住環境のアドバイスが得意ではない。

そこで、まずは自分の猫のために自分で調べてみようと思った」

設計を引き受ける際は猫の性格などもヒアリングする(撮影:梅谷秀司)

それが2009年ぐらいのことで、当時、猫についての資料といえば飼い方の実用書が数冊程度。そこでペット産業に関わる人たちに会いに行ったり、猫についてのセミナーに参加するなどして、自らの足で情報を集めていった。

ねこ検定の監修も

蓄えた知識は生き物としての猫だけでなく、文化としての猫にも及んだ。自然と、ペットの業界や保護猫活動家、猫好きな人、メディアなど、ネットワークができていった。

やがて「猫の専門家」として設計依頼が舞い込むようになり、メディア出演や講演、さらには「ねこ検定」の監修まで任されるようになる。

猫にとって快適で、住居に美しくなじむデザインのキャットウォーク(撮影:梅谷秀司)

ただし、清水氏自身は獣医ではないため、医学的な専門知識を語ることは意図的に避けている。

(撮影:梅谷秀司)

それでも「猫の文化、習性、飼育環境」について総合的に把握する存在として、信頼を集めている。

たとえば、ユリやポトスなどの観葉植物、玉ねぎやチョコレートなど、人間にとっては無害な食品や植物が、猫にとっては命にかかわる危険物であることはあまり知られていない。

清水氏はこうした知識を、本業である設計や、その他さまざまな機会を通じて伝え、猫が健康に暮らせる環境を広げていきたいという。

前編でも紹介したように、今、猫との暮らしを助ける設計事務所やハウスメーカー、工務店が増えている。建築業界でもネコノミクスの波が来ているのだろうか。

清水氏の見解では、「大きな収益が見込める事業ではないため厳しいのでは」とのこと。

近年は材料費・人件費も上昇しており、完全オーダーメイドの猫ファースト住宅を実現するにはそれなりのコストがかかるのが実情。

キッチン侵入防止扉は清水氏の力作。最近は建具職人が少なくなっており、格子扉を製作するための人件費・資材の価格が上がっている。そこで1枚板をくり抜いて格子状に見えるよう製作し、コストを抑えた。また引き戸は自動ロックがかかるため、器用な猫が開けてしまうということもない(撮影:梅谷秀司)

(撮影:梅谷秀司)

清水氏によれば「多くの場合、依頼主が当初考えていた予算の倍程度の見積額になる」という。

しかし、予算が合わないからといって、断ったり、安易にスケールダウンをしたりしないところが建築事務所ネコアイのポリシーだ。

その代わり、予算に合わない依頼者には、既製品を組み合わせてDIYで設置する方法を提案することもある。DIY経験がない人には指導もするという。

「自分の知識や経験の8割は猫住宅をしたい同業者などに教えている」

(清水氏)

猫に適した住環境を広めたい

なぜ収益につながらない仕事も引き受けるのか。

それは清水氏の生き方そのものが猫ファーストだからだ。

「ノウハウを抱え込むと自身の仕事にとっては有利かもしれないが、猫に適した正しい住環境ががいつまで経っても広まらないことになる」

“猫仕様住宅”の文化が広がれば、いずれ資材の量産化などでコストも下がっていくはず。猫のため、そして飼い主のため、“声なき要望”を読み取る清水さんの挑戦は続いている。

透明な足場では猫の姿を下から観察できる(撮影:梅谷秀司)

*参考文献

・城戸佐登子,林谷秀樹,岩崎浩司,Alexandre Tomomitsu OKATANI,金子賢一,小川益男,獣医疫学雑誌,No.2,77-87.,2001『犬と猫における長寿に関わる要因の疫学的解析』

・アニコム『家庭どうぶつ白書2024』