アナウンサー志望の女子大生が、浅草で人力車を引く仕事に就いたワケ。150kgの男性を乗せた経験も

 夏の強い日差しが照りつける浅草。観光客で賑わう雷門の前を、笑顔で人力車を引く女性の姿があった。女性車夫の関森ありささんだ。

観光案内人力車 「天下車屋」の店長で、レインボータウンFMでDJとしても活動している関森ありささん 写真/セールス森田

 8年前、まだ女性の車夫が珍しかった時代にこの世界に飛び込み、現在は店長として後進の指導にもあたっている。

 年々厳しさを増す夏の暑さ。その過酷な環境の中で、なぜ彼女は車夫という仕事を続けられるだろうか。その原動力と、仕事の魅力について話を伺った。

◆アナウンサー志望から人力車の世界へ

——関森さんは車夫になられて8年目とのことですが、どのような経緯でこのお仕事を始められたのでしょうか。

関森:もともとは大学3年生の時に、テレビ局のアナウンサーを目指して就職活動をしていたんです。人前で話すことが好きだったこともあり、アナウンサーを目指していました。ただ、かなり狭き門なので、最終面接まで行った会社もありましたが、結果的に全て落ちてしまいまして……。

——厳しい世界ですよね。

関森:その時に一番困ったのが、就職活動の要である「自己PR」でした。当時は人に誇れるような自己PRが何もなかったんです。アナウンサーの試験は、いかに自分をPRできるかがほぼ全てなので、本当に悩みました。大学4年生になり、アナウンサー試験も落ち続けていた時に、「何かを変えないと」と思っていたら、周りから「人力車をやってみれば?」と言われたんです。それが大学4年生の夏でした。

——まさに、この暑い時期に……。

関森:そうですね。でも、これをやらないと自己PRもできないし、就職もできないだろうという気持ちになり、始めてみることにしました。当時は今よりも女性の車夫が本当に少なくて、採用されるかどうかもわからないレベルでした。最初は「3ヶ月くらいで辞めるつもり」という軽い気持ちで面接を受けに行ったんです。

◆180万円の人力車を破壊…過酷すぎた研修時代

——そこから本格的に車夫の道へ進まれたのですね。研修はやはり大変でしたか?

関森:はい。7月頃から研修が始まったのですが、私はそれまで全く運動経験がなくて。人力車って体力自慢の人がやるイメージがあるかもしれませんが、私は全然違いました。

道路を渡るとき、車だけでなく、周りの歩行者や自転車などに細心の注意を払って渡らなければならない

——運動未経験だと、最初はかなりきつそうですね。

関森:当時の店長を乗せて引く練習をするのですが、夏の暑さもあって5分でバテてしまいました。重さと暑さ、両方ですね。引き方やガイド、坂道の練習など覚えることもたくさんあるのですが、そもそも引くことができなくて……。そして研修開始から2週間後、店長を乗せたまま、180万円もする人力車をひっくり返してしまったんです。

——180万円……!

関森:バックの練習をしている時に、手を離してしまって。お客様が軽い方なら持ちこたえられるのですが、乗っていたのが男性の店長だったので、そのままバックドロップするようにひっくり返ってしまいました。

——なかなか大きな事故ですね。

関森:はい。そんなこともあって浅草店の方々は私を教えるのにお手上げだったのですが、そのとき、もう1つの店舗である姫路にいた社長に「兵庫県の姫路に来るなら教えるよ」と言われました。そしてこのまま辞めても何も残らないと思い、姫路に行くことに決め、8月の1ヶ月間、朝から晩まで姫路で研修をしました。そこでなんとか引けるようになって、浅草に戻ってきたんです。

◆250キロまで乗せられるワケ

人力車一台に250キロまで乗せることが可能で、関森さんはブレイキングダウン出場経験のあるラガーマン「ノッコン寺田」氏も乗せたことがあるようだ

——女性が重い人力車を引くのは、やはり大変なのではないでしょうか。

関森:よくそう言われるのですが、実は人力車は筋肉で引いているわけではなく、「テコの原理」で動かしているんです。持つ場所によって車体が軽くなるポイントがあって、そこを一定に保ちながらバランスで引きます。力任せに引くと逆にバテてしまうんですよ。

——なるほど、人力車を引いたことのある人にしかわからないコツがあるんですね。

関森:はい、コツを掴むまでが大変でしたが、コツさえ掴んでしまえば重い人が乗っても大丈夫です。規定では250キロの方までお乗せできますし、以前、ラジオの収録でノッコン寺田さん(体重150キロ)をお乗せしたこともあります。

——お客さんが重い方が大変、というわけではないということでしょうか。

関森:むしろ逆で、重い方のほうが一度スピードに乗ると進みやすかったりします。誰も乗せていない「空運転」の時の方が、自分で引っ張らないといけないので大変なくらいです。

◆引くより難しい「お客様を見つける」こと

——車夫のお仕事で、一番難しいのはどんなことですか?

関森:車夫の仕事には二つの関門があると思っています。第一関門は「人力車を引けるか、引けないか」。これは過酷な研修を乗り越えればクリアできます。そして多くの人が辞めてしまう原因になるのが、第二関門の「お客様を決められるか」です。どんなに走れても、お客様を見つけられなければ仕事になりません。

——営業力やコミュニケーション能力が問われるのですね。

関森:コミュニケーション能力だけでは、意外と乗っていただけないことが多いんです。私が大事だと思うのは「泥臭さ」ですね。断られるのが当たり前の世界なので、それでも笑顔で、必死に声をかけ続けられるかどうか。言葉がうまくなくても、一生懸命な気持ちが伝われば「この子、頑張ってるから乗ってあげたいな」と思っていただけることがあります。不器用でも諦めずに頑張れる人の方が、この仕事は向いているかもしれません。

◆夏は一番やりがいを感じる季節

関森さんは信号待ちのときでさえ、笑顔で乗客と会話を交わす。そうした細やかな心配りが、観光客を楽しませ、人気を集める理由になっているのだろう

——年々、夏の暑さは厳しくなっていると思いますが、やはり夏のお仕事は過酷ですか?

関森:そうですね、暑さは年々増していると感じます。冷却スプレーや塩分タブレットなど、熱中症対策は欠かせません。今年は9月に入ってからも、まだまだ暑くなりそうですよね。

——体力的な負担も大きいのではないでしょうか。

関森:正直に言うと、私は夏が一番やりがいを感じる季節なんです。春は桜、秋は紅葉と、景色が主役になることが多いですが、夏は車夫の個性が一番出せる季節だと思っています。汗を流して一生懸命ご案内する姿を見て、お客様が心を動かされる瞬間が一番多いのが夏なんです。

——お客様の反応が違うのですね。

関森:はい。以前、お客様から「女性が汗水たらして頑張っている姿を見て、自分も頑張ろうと思った」と言ってくださったことがありました。そういう言葉をいただけると、本当に嬉しいですね。たくさん汗をかいた分、お客様の笑顔もたくさん見られる。だから私は夏が好きなんです。

——お客さんにとっても、夏の人力車は気持ちが良いものなのでしょうか。

関森:はい。人力車には屋根がついていますし、私が走れば走るほど風が生まれるので、歩いて観光するより涼しくて気持ちいいと思いますよ。

◆「誰かの思い出に残り続ける」仕事の魅力

——関森さんご自身も、人力車に乗られた経験があるそうですね。

関森:小学3年生の夏、祖父と北海道で初めて人力車に乗りました。そのときの車夫の方が汗をかきながら一生懸命案内してくれた姿が、18年以上経った今でも思い出に残っているんです。

——その時の体験が、今の仕事に繋がっているのですね。

関森:そうですね。人力車の仕事は基本的に「一期一会」です。その日、その時しか会えないお客様もたくさんいます。だからこそ、ご案内する30分や1時間が、お客様の人生にとって、いつまでも残り続ける宝物のような思い出になってほしいと常に願っています。

——素敵な考え方ですね。

関森:誰かの人生の思い出を残せること。それがこの仕事の最大の魅力だと思います。8年間続けていると、6〜7年前に修学旅行で乗ってくれた子が「お姉さんがいたから、また乗りに来ました」と訪ねてきてくれることもあるんです。覚えていてくれたんだ、と思うと本当に嬉しいですね。

——では最後に、これから車夫を目指す方や、後輩たちに伝えたいことはありますか?

関森:私が指導している子たちにいつも言うのは、「人のために何かをできる人になってほしい」ということです。そして、私たちが走らせていただいている浅草の街を愛し、街の人々に感謝すること。その気持ちがあれば、お客様にも伝わるはずです。自分たちが作った思い出が、何年後も誰かの心に残り続ける。そんな素敵な仕事なのだということを、忘れないでほしいですね。

取材・文/セールス森田

【セールス森田】

Web編集者兼ライター。フリーライター・動画編集者を経て、現在は日刊SPA!編集・インタビュー記事の執筆を中心に活動中。全国各地の取材に出向くフットワークの軽さがセールスポイント