死後に闘病生活が明らかになったアーティストたち
最期まで公表せず

有名人の中には、命に関わる疾病を患いながらもその事実を伏せて活動を続け、死後に事情が明らかになる人もいる。死ぬまで闘病を伏せていた有名人を見ていこう。
フレディ・マーキュリー

クイーンの伝説的フロントマン、フレディ・マーキュリーは生前、個人的な知り合いに対してもエイズに罹患していることを打ち明けなかった。世間に対してはなおさら、自分が病を患っていることすら認めなかった。
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エイズを発症

しかし、病は容赦なくフレディをむしばみ、その健康状態は目に見えて悪くなっていった。フレディ・マーキュリーは1987年にHIV陽性と診断され、1991年にエイズによるニューモシスチス肺炎により45歳でこの世を去った。
デヴィッド・ボウイ

2016年1月、遺作となったスタジオアルバム『ブラックスター(★)』の発売から2日後、デヴィッド・ボウイの死が報じられた。ボウイは末期のがんと闘病していたのである。
「ボウイの死は芸術作品だった」

デヴィッド・ボウイは亡くなる1年半前に肝臓がんと診断されていた。しかし、周囲には打ち明けず、活動を休止することもなかった。ボウイの作品を手がけた音楽プロデューサーのトニー・ヴィスコンティは、BBCにこう語っている。「ボウイの死については、ボウイの生と同じことが言える。どちらも芸術作品だった」
アラン・リックマン

『ハリー・ポッター』シリーズのスネイプ先生役で知られるアラン・リックマンは、静かなたたずまいが印象的な俳優であり、自らの健康状態についても静かに口を閉ざしていた。
膵臓がんの診断から半年で死去

死後明らかになった話によると、2015年8月、リックマンは軽い脳卒中を起こし、その後の一連の検査によって膵臓がんが見つかったのだという。それから半年もたたないうちに、2016年1月、アラン・リックマンは69歳でこの世を去った。まさに青天の霹靂というべき出来事だった。
レナート・ルッソ

ブラジルのシンガーソングライター、レナート・ルッソは1996年10月、エイズの合併症により36歳の若さで亡くなった。ルッソは生前1989年にHIV陽性と診断されたものの、周囲にはその事実を伏せていた。
ジーン・ワイルダー

ジーン・ワイルダーの遺族は公式声明のなかで、『夢のチョコレート工場』(1971年)のウィリー・ウォンカ役などで忘れがたい同俳優が、2016年8月、アルツハイマー病の合併症により83歳で亡くなったことを知らせた。
病気を公表しなかった理由

ジーン・ワイルダーの甥にあたり、自身も映画監督であるジョーダン・ウォーカー=パールマンが明かすには、亡くなる3年前にワイルダーはアルツハイマーの診断を受けたが、病気を公表しないことに決めたのだという。病気を公表して「世界の誰かの顔を曇らせてしまう」ことを恐れたからだという。
ジャッキー・コリンズ

著書が40ヶ国語以上に翻訳されている米国のベストセラー作家、ジャッキー・コリンズ。彼女は乳がんを患い、6年間の闘病の末、2015年に77歳で亡くなった。
6年間あまりの闘病生活

『ピープル』誌によると、ジャッキー・コリンズが亡くなったことは遺族の発表で明らかになったという。この発表によって初めて、6年以上前からコリンズが闘病生活を送っていたことが明かされたのだ。
チャドウィック・ボーズマン

マーベル映画『ブラックパンサー』で主演をつとめたチャドウィック・ボーズマンは、2020年に43歳で亡くなった。死因は結腸がんだった。ボーズマンは生前、ごく少数の人々にしか病を明かさなかった。
4年間の闘病生活

ボーズマンが亡くなった後、遺族が彼のTwitterアカウントを通じて、世界に次のように知らせた。「測りしれない悲しみに打ちひしがれながら、私たちはここに、チャドウィック・ボーズマンが亡くなったことを正式に認めます。ボーズマンは、ステージ3の結腸がんを2016年に診断され、4年間の闘病生活を送りました。その間にがんはステージ4に進行しました」
ロビン・ウィリアムズ

『いまを生きる』などで知られる名優ロビン・ウィリアムズは、キャリアを通じて薬物乱用やうつ病などの問題を抱えていた。2014年8月に自宅で亡くなっているところが発見され、その状況から自ら命を絶ったと判断された。
レビー小体型認知症

ブラジル紙『O Globo』によると、ロビン・ウィリアムズはパーキンソン病の診断を受け、うつ病の症状が悪化したという。だが、解剖の結果、ウィリアムズがレビー小体型認知症(DLB)に苦しめられていたことが明らかになった。