高野山 短パン・サンダルでも「時に日本人より仏さまに向き合っている」 世界遺産がインバウンドを歓迎する理由

世界文化遺産に認定された高野山は、空海が開いた真言密教の聖地だ。近年は「世界から観光客が殺到」と報道されることも多い。だが、実情は少し異なるようだ。取材すると意外な一面が見えてきた。
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■外国人観光客の姿も
和歌山県高野町。土産物屋が軒を連ねる車道を離れ、霊域「奥之院」の参道入り口、一の橋を渡った。約2キロの参道に足を踏み入れると、湿気の多いひんやりとした空気が漂う。
石畳の参道の両側には樹齢数百年の杉の巨木が立ち並び、苔に覆われた墓石がひしめく。お遍路だろうか、背に「南無大師遍照金剛」と入った白衣姿の人々もいる。バックパックを担いだ外国人観光客の姿も目立つ。欧州からの観光客が多いようだ。

■「絶対に行くべき」と勧められて
外国人観光客はなぜ、高野山を訪れるのか。世界遺産だからだろうか。
奥之院の参道を娘を乗せたベビーカーを押しながら歩いていたのは、イタリアから来たダニエルさん夫妻だ。
「1年前に高野山を訪れた友人が『絶対に行くべき』と勧めてくれたんです。ここは表現する言葉に困るほどすばらしい。目に見えない精神世界を感じます」(ダニエルさん)
大阪の大学に留学中のオランダ人・イファさんも留学生仲間から勧められ、夏休みに家族を呼び寄せてやって来たという。
「世界中探してもこんな場所はありません。とてもユニークで美しい。山の静けさに平和を感じます」(イファさん)
■目に見える風景以上のもの
多くの人は目に見える風景以上のものを感じているようで、記者の質問に対してひと呼吸おいてから、「神聖な雰囲気」「崇高な世界」という言葉を口にした。
高野山までは、電車で大阪から約2時間半、京都から約3時間と、交通の便は決してよくない。にもかかわらず、「京都は観光客が多すぎる。高野山に来ると、あそこには戻りたくない」と語っていたのも印象的だった。

■周辺や木陰で瞑想する外国人
高野山真言宗の総本山である金剛峯寺・執務公室の井上聖憲課長は「観光客も信徒さんも大切」と話す。
金剛峯寺は国宝の建築物をはじめ、美しい石庭がある。観光客向けに瞑想体験や写経、御詠歌などの講座も用意している。
井上課長は、インバウンドについて、「根本大塔(こんぽんだいとう)で手を合わせた後、周辺や木陰で瞑想していると見受けられる外国人の姿をよく見かける」と話す。

■「仏様と出会いました」
日本人観光客の場合、拝観してすぐに次の場所に移動することが多い。一方、欧米人を中心とした外国人観光客は堂内や庭のベンチにゆったり座り、数時間を過ごすことも珍しくない。
「それぞれに有意義な時間を過ごしておられると思うのです。瞑想していた方から『仏さまと出会いました』と言われることもあります。そうすると、こちらもうれしくなります」(井上課長)
ただし、ひとつ気にかかることはある。金剛峯寺のホームページでは、法事などでの参拝は正装で、通常の参拝時も略礼装(平服)を基本とし、「肩や足など露出の多い服装はご遠慮ください」と伝えている。だが、近年の夏は猛暑だ。外国人観光客を中心に、男女を問わずタンクトップやTシャツ、短パン・サンダル姿が目立つ。実際に行き会った外国人観光客のほとんどはそんないでたちだった。
■服装なのか、心なのか
「観光客であっても、お大師さまの前ではきちんと正装してほしいというのが本音です」
だが、祈りの姿勢について、「服装なのか、心なのか」と考えるという。
「短パン・サンダル姿でも、ともすると日本人よりも仏さまに向き合っている。そんな印象もあります」(同)

■宿泊客の半数以上が外国人
和歌山県によると、2024年、高野山を訪れた観光客は約141万人、うち約10万人が外国人だった。高野山には117の寺院があり、うち52カ所が「宿坊」として宿泊者を受け入れている。宿坊は、かつては僧侶や信徒が参拝のために泊まる施設だったが、近年は観光客の利用が一般的だ。
外国人宿泊客は急増しており、同年の宿泊者20万1678人のうち、外国人は10万6673人と約53%を占めた。
外国語の掲示やホームページはいまや当たり前だ。発想を変え、豪華な部屋を設けた宿坊もある。奥之院の参道入り口にある宿坊・恵光院(えこういん)もその一つで、22年に100平米のスイートルーム「月輪(がちりん)」を開設した。半露天風呂と庭園を備え、2人1泊(2食付き)の宿泊プランは20万円から。スタッフの多くは英語対応が可能だという。
宿坊人気の背景には、「朝の勤行」「瞑想(阿字観)」「写経」などが体験できることがある。恵光院では特に朝の勤行に続いて行われる「護摩祈祷」が人気だという。
近藤説秀住職はこう話す。
「富裕層向けのプランや、柔軟な発想を持って客室改装に取り組んだ結果です」

■信仰の場所だと理解している
インバウンドが増え始めたのは高野山が世界遺産に登録された04年から。当初こそ、日本の住居や習慣について知識が少ないためか、靴を脱がずに土足で上がってしまう、床の間に座る、紙でできた障子や襖(ふすま)を破ってしまう、などといったトラブルもあった。だが、最近は「個人客については、マナーの悪い人を見かけなくなった」(近藤住職)という。
チェックインの際は注意事項を説明しているというが、マナー違反が減った理由は他にもある。
「皆さん、高野山が『信仰』の場所だと十分理解している。事前に注意すべき点について調べてからいらっしゃるようです」(同)
SNSやガイドブックの情報以上に、高野山を訪れた人々の口コミによって、守るべきマナーが伝わっていることも外国人観光客への取材を通じて感じた。

■迷惑をかけている状況はない
高野山へのインバウンド人気の高まりについて、高野町観光協会の岡部光恵事務局長はこう話す。
「宿坊に泊まることで、お坊さんの祈りの姿を間近で見たり、お話できる。日本の精神性に直接触れられることが魅力のひとつだと、外国人観光客の方からおうかがいしています」
高野山を訪れるインバウンドの数はコロナ禍前の水準を「明らかに超えた」(岡部事務局長)。しかし、「外国人観光客で大混雑」といった、オーバーツーリズムの象徴として扱う一部の報道には首をかしげる。
「町が外国人観光客であふれ、地元住民に迷惑をかけている状況は全くありません」(同)
厳かな自然のなか、約1200年もの間、祈りの場となってきた高野山。その文化的、精神的な土壌は国境や言語の壁を越え、訪れた人に伝わっているようだ。海外観光客が受け止めるさまを見て、記者自身も改めて「世界遺産」となった意味を再発見することができたように思う。
課題はあるとはいえ、観光都市としては理想の形のひとつかもしれない。
(AERA編集部・米倉昭仁)