「好き」が人生を動かした──ぬい活・宝塚・アイドル...大人の“推し活”が導いた3つのキャリアストーリー
“推し活”は、生き方のアップデートにさえつながる
突然ですが「推し」はいますか? 「推し活」と聞くと、アイドルやアニメキャラクターに夢中になる、ライブやイベントに足を運んだり、グッズを集める──そんな「熱狂的応援」のイメージを持っている方も多いのではないでしょうか。

「好き」が人生を動かした──ぬい活・宝塚・アイドル...大人の“推し活”が導いた3つのキャリアストーリー
博報堂とSIGNINGが共同で立ち上げた「HAKUHODO HUMANOMICS STUDIO」による2024年の調査「オシノミクスレポート」では、推し活を経済や文化の観点から多角的に分析しています。
調査の結果、推し活は「一時的な流行」ではなく、生活者が心の支えやつながりを求める根源的な欲求の表れであることが示されました。また、海外でも「OSHI」という言葉が注目され始め、日本発のカルチャーが広がりを見せている点も紹介されています。
レポートを読み進めると、推し活はもはや「単なる趣味」にとどまらず、幸福感を高めたり価値観を広げたりする「自己投資」や「生き方のアップデート」に近い存在になりつつあることが浮かび上がってきます。
誰かを応援する気持ちが、経済も回し結果的に自分を元気にしてくれる。だからこそ、推し活は「ウェルビーイングな自己投資」だと考えることができます。そして実際に、その“好き”という気持ちがキャリアを動かし、新しい扉を開いた人たちがいます。ここからは、そんな3人の物語を紹介します。
「ぬいぐるみ」から始まった、予想外のキャリアジャンプ
【ぬいぐるみ系YouTuber・ぴよぴっこさん】
YouTubeの登録者数は18万人、そして書籍化まで実現化させたぴよぴっこさんは、「推しキャラのぬいぐるみがほしい」——ただそれだけの気持ちから、自分でぬいぐるみ作りを始めたそうです。
ぴよぴっこさんの推しは、人気ゲーム『クッキーラン』の中に登場するマイナーなキャラクター。「どうしてもこの子を形にしたくて。最初は不格好だったけど、作っているうちに“かわいさ”の本質に気づき、工夫を重ねて完成した時は嬉しかったです」と語ります。
もともと趣味として長年SNSを利用していましたが、ぬいぐるみを作りを始めてから、関連するSNSもスタート。YouTubeも最初は「お小遣いがもらえたらいいな」くらいの軽い気持ちだったそうです。「当時は次女がまだ1歳の時。そのうち少しずつ企業からの案件やコラボの依頼が入り、ちゃんと取り組めば仕事としても続けていけるかも……と本気の決心をしました」。趣味の延長だった“ぬい作り”が、意図せず広がって、結果としてキャリアの選択肢となりました。
動画投稿を重ねるうち、多くのファンが集まって人気になり、出版社からオファーが舞い込むまでに。そして、書籍化を実現させます。今では、在宅でできるYouTubeや執筆が本業となり、子育てと両立できる働き方を手にしています。
「半分は趣味の延長のようなものなので、楽しみながら活動できているのが本当にありがたいです。以前はごく一般的な会社員でしたが、今では収入も前職の倍以上になり、自分のペースで働ける今のスタイルにとても満足しています」とぴよぴっこさん。現在は活動の幅も広がり、動画制作やSNS発信、企業案件にも力を注いでいます。
現在出版した本は4冊。「自分が創作したものに『かわいい!』『真似して作ってみたい』といった反応をいただけることは、何よりの励みになっています。『自分の好き』が、誰かの楽しみにもなり得るんだと実感するようになりました」。ぴよぴっこさんの物語は、“好き”が予想もしなかった未来を連れてきてくれることを物語っているのかもしれません。
思い切って宝塚市を拠点に!「ご贔屓」が変えた働き方
【宝塚ライター・音月りおさん】
次にご紹介するのは、ライターの音月りおさん。人生を変えたきっかけは、たまたまテレビで目にした宝塚歌劇団の男役スター。あまりの美しさに衝撃を受け、勢いでチケットを取り、舞台を観に行くことに。その日から、音月さんの人生は大きく動き始めました。
「宝塚ファンの間では、推しのことを“ご贔屓”と呼ぶのですが、ご贔屓に会える環境を整えたくて、岡山から宝塚市に引っ越したんです」。生活圏を変えるほどの熱量でスタートした推し活は、会社員だった音月さんの新たなキャリアへとつながっていくのですが、最初から順調だったわけではないそうで……。
「引っ越した当初は、まだ新型コロナウイルスが猛威を振るっていた時期。なかなか仕事が見つからず悩んでいました。すると、偶然インターネットで“宝塚歌劇に関する記事を書いてほしい”という募集を発見。報酬はお小遣い程度でしたが、好きなことを書いてお金がもらえるなんて!と感激し、すぐに応募したんです。その案件をきっかけに記事を書く楽しさに目覚め、現在の“フリーライター”という仕事へとつながりました」
音月さんがライターとして執筆した公演レポートやSNSでの発信が、ファンの間でシェアされることも増えました。思い切って拠点を変え、“推し”と共に歩む日常の中で、新しい働き方に出会った音月さん。会社員時代には想像できなかった働き方について、「好きなことを隠さず話すようにしたら、自然とチャンスが増えた」と振り返ります。
さらに、マインド面でも変化が。「以前よりも社交的になったと感じます。仕事でもプライベートでも“宝塚歌劇団が好き!”と公言しているおかげで、“私も推しがいて……”と共感してもらえることが増えました」と音月さん。自分の好きを仕事にしていることが大きな自信にもつながり、交友関係も広がったと言います。「好きを形にする一歩は“公言すること”だと思っています。自分の好きなものに自信を持って、“私はこれが好きです!”と、ぜひ堂々と発信し続けてみてください」とメッセージをくれました。
言葉に魅せられて──“発信力講座”へつながった推しの一言
【編集者・ライター 新里陽子】
私自身は10代の頃から、さまざまなライブを観に行き、エンターテインメントを応援してきました。結婚や出産を経てもその思いは変わらず、子どもを連れてでもライブに出かけ続けてきました。そうした中で、特に心を強く動かされたのが、現在ソロアイドルとして活動している中島健人さんの言葉でした。
魅力あるパフォーマンスはもちろんですが、私が強く心を動かされたのは、中島さんがアイドルという枠を超えて発した“生き方の言葉”でした。それは、私自身の働き方や言葉との向き合い方を大きく揺さぶりました。
「夢って、叶うものじゃなくて、叶えるもの」「未来の自分に胸を張れる今を生きたい」など、彼はステージの上やメディア、そして自身のSNSで、自分の夢や信念をまっすぐに語ってきました。
なかでも「相手が言葉のナイフを出してきても、花束で返す」という言葉は、ファンの間でも語り継がれる名言のひとつです。私はこの言葉に深く感銘を受けました。
この言葉には、もし社会の中で“言葉のナイフ”をかざされたら、自分は一体どうふるまうのか。一方で、“自分が発する言葉”だって、時に人をナイフのように傷つけることがあるかもしれない。そんな、自身の生き方を問い直す力を持っていました。
「言葉が、人をつくる。発する言葉が“なりたい自分”を導き、未来が決まる」——そう実感したことで、これまでの編集・ライター経験を活かし、誰かの「自分の言葉で伝える」「なりたい自分に近づく」を支援する「発信力講座」を立ち上げ、現在に至ります。
もう一つ、私には推しによるキャリアの転機がありました。社会現象にもなったNetflixのオーディション番組『timelesz project』(タイムレスプロジェクト)で、私が推していた候補生が脱落した時のこと。前を向いて次の活動のスタート宣言をしたその候補生の方にエールを送った内容を、ある配信者の方のYouTubeのコメント欄に、ペンネームとともに書き込みました。すると、「これは泣ける、本を出せる文章」と読み上げられたのです。
ライターとしてではなく、一視聴者として書いた言葉が評価されたことが、心から嬉しかった。ライターとして仕事を始めた時には持っていた、このワクワクした気持ちが、思い出された瞬間でした。その後、ネットの書き込み経由で、本当に出版の話まで舞い込んだのですが、今は胸の中に大切にしまっています。
確信したのは、“好き”という気持ちから生まれた言葉が、人を動かす力を持つということでした。それをもっと伝えたいと、私のライターとしてのチャンネルが増え、今読んでいただいているこの記事も執筆のチャンスをいただきました。
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私自身も含め、最初から戦略があったわけではありません。ただ“好き”を丁寧に表現し続けただけ。それだけで、新しいチャンネルが開けていったのです。誰かを応援したい気持ちと「推し」が、自分自身を前に進めてくれた。あなたの“好き”もまた、未来を動かす力を秘めているのかもしれません。次に新しい扉を開くのは、きっとあなた自身です。
取材・文/新里陽子
構成/金澤英恵