苦しむ愛猫に「ごめんね。安楽死を選べなかったの」 ペットの最期をどう迎えるか

家族として共に暮らしたペットの最期をどう看取るか。愛猫を早く苦しみから解放してあげたくて、安楽死という選択肢が頭をよぎるなか、葛藤しつつも自然な看取りをした女性に話を聞いた。
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ジジの「死」を覚悟したのは、5月10日ごろだった。
「猫を超えた家族。本当に大切な存在でした。もっと生きてほしかったです」
東海地方に住む、猫ライターとしても活躍する古川諭香(ゆか)さん(35)は振り返る。
ジジはマンチカンのメス。11年前、近所のペットショップで売れ残っていた。このままではペットオークションに回され、過酷な環境に置かれると聞き、飼うことに決めた。
ちょうど結婚して家を出た直後。幼い時から実家で猫を飼っていて、自分でも猫を飼いたいと思っていた時だった。
■おじいちゃんのような顔だから「ジジ」
生後3カ月だったのに、おじいちゃんのような顔。それが、「ジジ」という名前の由来となった。
甘えもしなくて、抱っこも嫌い。しかし次第に、甘えるようになり、家族に笑いと癒やしをもたらしてくれた。

■医師から「安楽死」の提案
そんなジジの病気がわかったのは、昨年12月末。突然、床にペタンと座り込むことがあった。様子がおかしかったが原因がわからず、大学病院で精密検査をした結果、腸に「血管肉腫」という悪性腫瘍が見つかった。手術で腫瘍を摘出すると元気を取り戻した。しかし、今年のゴールデンウィークになって、咳をするので不安になって動物病院で診てもらうと、胸壁と肺を包む膜との間に胸水がたまり血も混じっていた。腫瘍が転移していた。
そこから一気に体調が悪化していった。獣医師から提示されたのは、①セカンドオピニオンを受け治療を続けるか②胸水を抜きながら、緩和ケアをして自宅で看取るか――この2択。ジジは通院にストレスを感じていたので、古川さんは②の緩和ケアを選んだ。
しかし、緩和ケアでできることといえば胸水を抜くことくらい。獣医師に「このまま胸水を抜き続けたら、ジジは長く生きられますか」と尋ねると、「血管肉腫が転移していて長くは生きられない」と告げられた。
この時、古川さんはジジの死を覚悟したという。同時に獣医師から「安楽死」の提案もされた。

■「安楽死」はエゴだと感じたが…
愛猫の最期をどう迎えるか――。安楽死か自然死か。猫の苦しみを目の当たりにした時、飼い主は判断に迷う。古川さんは言う。
「めちゃめちゃ悩みました」
緩和ケアで最期は自宅で看取ろうと決めていたが、早く苦しみを取って安らかに逝かせてあげたほうがいいのではと、安楽死にも心が揺れた。
その時、自分は何のために安楽死を選ぼうと思っているか考えた。ジジのためなのか、ジジの苦しむ姿を見て自分がつらくなりたくないだけなのか。何度も自分に問いかけた。
最終的に、安楽死は自分の気持ちを優先したエゴだと感じ自然死を選んだ、という。
「私はどれだけ悲しんでも苦しんでもいいから、ジジにとって最善の看取りとは何かを考えた時、ジジは自宅でご飯を食べ、水も飲み、自力でトイレにも行っていました。おうちに帰って家族で過ごしたいと思っているはず。私の気持ちはどうでもいい、ジジが望みそうなことをしようと決めました」
夫(37)にも、獣医師から安楽死を提案された日に話をした。夫は、「君が迎えた猫だから納得がいくように」と言ってくれた。

■苦しむ姿を前に葛藤
自然死を選んだが、葛藤は続いた。ジジは、呼吸が苦しくなると胸がベコベコと波打った。その姿を見て、「ごめんね。安楽死を選べなかったの」と泣きながらジジに謝った。
やがて「長生きしてほしい」という願いから、「好きにしていいよ。ジジの意思を尊重するね」と死を受け入れられるようになった。
お別れは、5月16日夜だった。ジジは自宅の酸素室で横たわり、古川さんは夫と2人で見守った。やがて昏睡状態になったジジの手を、古川さんは握って見送った。息を引き取ると、子どものようにわんわん泣いた。今も、スーパーでジジが好きだったおやつを見たりしたときなど、胸が締め付けられるという。
古川さんは安楽死も自然死も、「正解はない」と話す。
「愛猫を痛みから解放してあげたいと思って安楽死を選ぶのも、緩和ケアを選んで一緒に過ごす時間を大切にするのも、飼い主が悩み抜いて下した決断ならば、どちらも間違いではありません」
古川さんはジジの遺骨を納めた遺骨リングをつくった。いつでもジジを身近に感じられるように、いつも指にはめている。
(AERA編集部・野村昌二)