世界を敵に回した海江田四郎が目指す理想とは?『沈黙の艦隊 北極海大海戦』に至る壮絶な攻防を振り返る
「ジパング」「空母いぶき」など骨太かつ壮大なスケールのドラマで知られる巨匠、かわぐちかいじによる名作コミックを実写化した「沈黙の艦隊」シリーズ。その待望の最新映画『沈黙の艦隊 北極海大海戦』(公開中)がスクリーンに帰ってきた。

ニューヨークへ向かう「やまと」が米国の最新鋭原子力潜水艦から攻撃を受ける『沈黙の艦隊 北極海大海戦』
これまでに2023年に劇場公開された映画『沈黙の艦隊』、プライムビデオで24年に配信された全8話の連続ドラマ「沈黙の艦隊 シーズン1 東京湾大海戦」があり、ドラマシリーズはAmazon MGMスタジオが日本で手掛けた作品のなかで歴代1位の国内視聴数を記録するなど大ヒット。核兵器、国家、戦争、世界平和といった数々のテーマに挑む極上のアクション・ポリティカル・エンタテインメント作品として、幅広い層から高く評価された。
本作の主人公は、常人には不可解な言動で、日本、アメリカ、そして世界中を翻弄するミステリアスな男、海江田四郎(大沢たかお)。彼が目指す理想とはいったいどんなものなのか?本稿では海江田のキャラクター像を中心に、彼が艦長を務める原子力潜水艦「やまと」の乗組員たち、海上自衛隊の面々、さらに日米政府、メディアといった様々な立場の人物の視点を通して、これまでの物語を振り返っていく。
全世界に向けて独立国「やまと」の建国を宣言
日米の共同計画により、国会も通さず、極秘裏に造られた日本初の原子力潜水艦「シーバット」。建造費や技術は日本が提供した世界一高性能な原潜でありながら、アメリカ第7艦隊所属という宿命を背負っていた。シーバットの艦長には、海上自衛隊の潜水艦「やまなみ」の艦長だった海江田が選ばれる。乗組員も同じく元やまなみの隊員たちだ。しかし、海江田はシーバットの試験航海中に、米軍の指揮下を離れ、深海へと潜航。突如、反乱逃亡をする。激怒した米軍がシーバット撃沈を図るなか、海江田は全世界に向けて、自身を国家元首とする独立国「やまと」の建国を宣言する。

【写真を見る】大沢たかお演じる独立国「やまと」の建国を宣言した海江田四郎
超人的な操艦技術を持ち、常に冷静な判断が下せる海江田四郎
まず、“海江田四郎”という男を特徴付ける大きな要素の一つが、まるで世界中の海底地形図が丸々頭に入っているかのように、深海で潜水艦を自由自在に動かすことができる超人的な操艦技術である。彼の先輩で、かつて演習を共にした第2護衛隊群司令の沼田徳治(田中要次)が「海江田は海自では収まりきらない男だ、いずれ世界の海軍を相手にするのではないかと空恐ろしくなったのを覚えている」と述懐するほど、その腕前は折り紙付きだ。奇策を仕掛けるのも得意で、敵の裏を何度もかき、たった1隻で第7艦隊を圧倒した。
なにを考えているかわからないが、人柄は穏やかで、常に冷静沈着。危機的な状況に陥っても声を荒げることはなく、その時々の状況に応じて最適な判断を下す。その最たる例がかつて海自の潜水艦「ゆうなみ」の艦長を務めていた海江田が、海難事故に際してほかの乗組員たちの命を救うため、一人の隊員、入江蒼士(中村倫也)を犠牲にしてしまったこと。その時の海江田の決断を許すことができないのが、当時の「ゆうなみ」の副長で、いまは「たつなみ」の艦長である深町洋(玉木宏)だ。シーバットの反乱に対しても強い憤りを感じており、「海江田が日米に戦争を焚きつけた。すべての元凶はシーバットだ」と断言。そんな深町から怒りをぶつけられた際、静かに彼の言葉を受け止めていた海江田の様子も印象的だった。
海江田を支える優秀な乗組員たち
いくら海江田が並外れた操艦技術の持ち主でも、巨大な潜水艦は1人では動かせない。シーバット=やまとには、海江田を含め、全76名の優秀な乗組員がいる。自衛隊員だった彼らは、安全保障条約を結んでいる同盟国のアメリカに反旗を翻すことの重大さは十分に承知しているはずだ。おそらく強制などではなく、それぞれが自らの意思で、海江田と運命を共にすることを決めたのだろう。海江田の右腕である副長の山中英治(中村蒼)や、抜群の聴覚を持つ水測員長の溝口拓男(前原滉)をはじめ、次々と危機に直面しても有能な仕事ぶりを見せる乗組員たちと海江田との厚い信頼関係が頼もしい。

海江田四郎は優秀な76名の乗組員と共に「やまと」を目的地に向けて運航させる
そんなやまと乗組員のなかでも、特に注目したい人物の一人が、IC員の入江覚士(松岡広大)。かつての海難事故で海江田が救えなかった入江蒼士の弟である。見方によっては、海江田は大好きな兄を見捨てた男。海江田を憎んでもおかしくない覚士が、兄の死後、海江田の艦に乗り、誠実に任務を遂行していることの意味は大きい。時には艦の向かう先に不安を感じる覚士を、心から海江田を敬愛していた亡き兄の「海江田艦長は誰も知らない世界に連れて行ってくれるような気にさせてくれる、すごい人だよ」という言葉が支えている。
海江田と対峙しながらしだいにその信念を理解していく者たち
海江田が常々言う「サブマリナーとしての誇り」を持って共に戦うのは、かつての仲間も変わらない。彼の信念には正義があることを理解し、いち早く海江田の艦を「シーバット」ではなく「やまと」と呼んで敬意を表した第2護衛隊群司令「あしがら」艦長の沼田。そして、当初はなにかあれば「やまと」を沈めることも辞さない覚悟だった「たつなみ」艦長の深町。東京湾海戦で「やまと」が第7艦隊から総攻撃を受けた際は、どちらも自らの艦を盾にして、「やまと」を守り抜くことを選んだ。
また、補佐役として「シーバット」に同乗していた米軍太平洋艦隊のデビッド・ライアン大佐(ジェフリー・ロウ)は、海江田の反乱により、複雑な立場に置かれてしまった人物だ。米軍との戦いにおいて、大佐は大事な人質でもあったわけだが、海江田は「大佐は捕虜ではない」と乗組員に伝え、一貫して紳士的に接していた。一度は海江田を殺そうと試みたこともあった大佐の心境の変化は、終盤、海江田の趣味であるクラシック音楽を一緒に聴き、「積極的に君を支持するつもりはないが、見聞きしたことは歪めず証言する」と約束したことにも表れている。
「やまと」を率いる海江田に翻弄される日米政府
一方、実際の海江田の人間性をまったく知らない日米政府関係者にとって、海江田による独立国「やまと」建国の宣言は、衝撃でしかなかった。潜水艦「やまと」を「どこの国にも属さない戦闘国家とし、強国の思惑に支配された国連軍にはできない軍事国家として、世界各国に対抗していく」というのが海江田の考えだ。大国による偽善的な侵略を許さず、全人類の恒久的な平和を求める「やまと」の軍事行動は“専守防衛”に徹し、他国からの攻撃がない限り、戦闘の意思はない。と同時に、真の独立と尊厳を得るためなら、武力衝突も恐れない。「真の国際社会は、核保有国が主導権を持つ社会ではない」と語る海江田は、さらに「やまと」が核弾頭を保有していることを示唆し、日米両国に深い動揺を与える。
「やまと」との同盟を決意した日本政府
戦争のない自由な世界を目指す、海江田のすべての行動の目的は「地球を一つの国家にする」こと。果たして、彼は平和を求める理想主義者か、詭弁を弄するテロリストか。核燃料や魚雷を含む補給など、「やまと」が軍事的能力を最大限発揮するために必要な援助を唯一の条件として、独立国「やまと」との軍事同盟を求められた日本政府は決断を迫られる。
平和的解決を望み、日本は二度と戦争の過ちを繰り返さないと胸に誓う内閣総理大臣の竹上登志雄(笹野高史)。自分の国は自分で守ることを信念とする防衛大臣の曽根崎仁美(夏川結衣)。日米関係が悪化しないための後処理に心を砕く外務大臣の影山誠司(酒向芳)。そして、大国が戦力で抑え込む時代ではないという点で、海江田の考えに共鳴し、命を懸けて行動している彼に勇気づけられる内閣官房長官の海原渉(江口洋介)。それぞれの意見を交わした末、ついに日本政府は「やまと」との同盟を決意した。

「やまと」との同盟を決意した日本政府は国民の総意を問うための衆議院解散総選挙に踏み切る
いま起きている真実を伝えるため、フリージャーナリストの道を選んだ市谷裕美
密室外交を好まない海江田からの要望により、総理と海江田の同盟交渉の場所はプレスセンターで行われ、その模様はすべてリアルタイムで全世界に公開された。その場で取材をしていたニュースキャスターの市谷裕美(上戸彩)は、「やまと」が核弾頭を保有しているという情報と、米国のニコラス・ベネット大統領(リック・アムスバリー)が表では「やまと」に関する問題をニューヨークでの国連総会で話し合うと言いながら、裏では「やまと」への武力攻撃を始めている事実を、自己判断で生放送中に報道。のちに彼女は、報道規制の強いテレビ局を退職し、フリージャーナリストとして真実を追い続ける道を選ぶ。

海江田のカリスマ性に触れ、フリージャーナリストとして真実を追い続ける道を選んだ市谷裕美
海江田と写し鏡的な存在として描かれるベネット米大統領
内に情熱を秘めた圧倒的なカリスマ性から、立場を超えて、関わった多くの人々の運命を変えていく海江田。劇中、彼は「どうして人は争うのだろうか?」という問いを繰り返すのだが、海江田と同じことを何度も自問するのが、ベネット大統領だ。早い段階で、海江田は錯乱したテロリストではないと認識していながら、「争うのは人間の性。だからこそ、世界の秩序を守るためには強い国家が必要であり、米国がその役割を果たさなければならない」という概念に縛られ、海江田を核テロリストとして撃沈することを軍に命令する。それでいて、本当にこれで正しいのかと、内面では揺れ動く大統領。彼にとって海江田は、ある意味、左右が反転した写し鏡的な存在として描かれているのが興味深い。
「やまと」が米国の最新鋭原子力潜水艦との海戦を繰り広げる『沈黙の艦隊 北極海大海戦』
最新作『沈黙の艦隊 北極海大海戦』は、ドラマシリーズのラストから地続きの物語。世界の平和について話し合う国際連合総会に出席するため、ニューヨークへ針路を取った「やまと」は、アメリカとロシアの国境線であるベーリング海峡で、ベネット大統領が送り込んだ、「やまと」の性能をはるかに上回る米国の最新鋭原子力潜水艦から攻撃を受ける。時を同じくして、日本では国民の総意を問うための衆議院解散総選挙が執り行われる。

流氷が浮かぶ北極海で「やまと」と米軍原潜とのスリリングな戦闘が繰り広げられる
海中と地上の両軸でストーリーが展開していくのが本シリーズの特徴だが、今回は流氷が浮かぶ北極海を舞台にした「やまと」と米軍原潜とのスリリングな戦闘、リアリティあふれる地上での選挙戦という2つの激しいバトルの行方が見どころに。
海江田の行動に触発され、壮大な政治信条を掲げる政治家、大滝淳(津田健次郎)、「やまと」不支持の与党・民自党幹事長の海渡真知子(風吹ジュン)、ジャーナリスト市谷と行動を共にするカメラマンの森山健介(渡邊圭祐)といった新キャラクターを含む登場人物たちの運命がどのように大きく動いていくのか。自らの信念のもと、未来に向かって突き進む彼らから目が離せない。
文/石塚圭子