熊に襲われ、顔じゅう血まみれで生還した60代男性の「後悔」…絶対に「すべきではなかった」行動があった
2024年11月、新潟県津南町で津田優希さん(仮名60代)がツキノワグマに襲われ、重傷を負った。事故後、報道では「命に別状なし」と伝えられたが、その実態としては右後頭部を齧られ、右の耳たぶは皮1枚で繋がっていた。あまりの恐怖に事故後しばらくしてからPTSDを発症し、不眠に悩まされた。回復してからは、熊に対する理解を深め、遭遇回避の重要性を認識した。『NPO法人新潟ワイルドライフリサーチ』の山本麻希副会長の講演を聞いて、自分が取った行動に反省すべき点があったことに気がついたという。
記事前編は【「後頭部をかじられている音が頭蓋骨に響いて…」熊に襲われ、血だらけで生還した60代男性が明かす「涙が止まらなくなるほどの恐怖」】から。
津田さんの行動のどこが間違っていたのか
津田さんの行動のどこがどう間違っていたのか。鳥獣被害に詳しい山本さんに、里山や山で熊との遭遇を避けるにはどうすべきか取材した。

『NPO法人新潟ワイルドライフリサーチ』の山本麻希副会長
「鈴を付けていても熊は人間が怖くないので逃げてくれません。爆竹やロケット花火を打つべきです。猟師は大声を出しながら手を叩きながら歩きます」
15mほど離れた場所に熊がいたとき、どうすべきか。
「熊はいきなり襲ってきません。ある程度距離があれば、熊を見ながらゆっくり後ずさりしてください。絶対走ってはいけません。熊は走るものを追う習性があるので走って逃げない。後ろを確認しつつ、熊との距離をゆっくり広げていく。距離が広がれば熊も安心します」
後ろを向かず、背中を見せず熊との距離をゆっくり取る。これが熊と遠距離で出会ったときの対処法だ。
至近距離で遭遇した場合は?
では、もう少し至近距離で遭遇した場合は、どうすればいいのか。
「絶対刺激しないでください。大声を出すと熊も驚き、叩いてから逃げようとします」
津田さんのように驚いて大声を出すと襲われる可能性が高いというのだ。
「熊が走って近づいてきたら防御姿勢を取ってください」

至近距離で熊と遭遇した際の防御姿勢を山本さんに実演してもらった
時間がなければ、致命傷を負わないように両手で顔と首をガードする。
「時間があれば、うつ伏せになってください。顔と内臓を見せない。バッグで背骨をカバーし、転がされないように足を広げてください」
熊避けスプレーを携帯すべき
山に入ったり、里山の畑などで作業する人は、「熊避けスプレーを携帯すべきだ」と山本さんは力説する。いろいろな製品が開発されているが、山本さんはアメリカ製の『カウンターアソルト』を愛用している。唐辛子エキスを配合した熊避けスプレーだ。
「カウンターアソルトの噴射距離は約5m、噴射時間は7秒。熊は鼻がいいので、これをかけられると98%が逃げるといわれています。その効果はアメリカで実証されています」

カウンターアソルトの使い方:資料提供NPO法人新潟ワイルドライフリサーチ
津田さんは事故後、熊避けスプレー(他社製品)を購入した。いつでも発射できるようにスプレーを打つイメージトレーニングを重ねている。サイクリング用に小型の熊避けスプレーも購入した。熊避け専用の爆竹も用意している。

熊避けスプレーは専用ホルスターに装着して携帯する
遊び場だった雑木林が熊のテリトリーに
退院直後の2024年12月、津田さんは、初雪が溶けたタイミングで落とし物を探しに事故現場へ向かった。雑木林の中は熊の糞だらけ。子どもの頃友達と遊んだ裏庭のような雑木林が、いまや熊のテリトリーと化していた。
8月下旬の正午頃、事故現場付近には、真新しい熊の糞が落ちていた。近くの畑には、親熊と子熊のものと思われる足跡があった。その脇には、熊が食べた思われるトウモロコシの芯が落ちていた。

熊が食べたトウモロコシの芯。その上には親熊と子熊の足跡が
山本さんによれば、熊はトウモロコシなど農作物や残さを食べに来る。
「津南町は飼料用のトウモロコシ畑が多い地域です。畑のトウモロコシが熊を呼び寄せています。津南町の農地には、複数の熊が居ついていることもありました」
これは津南町に限った話ではない。農家にとって残さはゴミ。熊に食われても支障はない。が、しかし、熊には長期記憶があり、一度でもおいしいものを食べるとその味を覚えていて翌年も食べに来るというのだ。
「熊はおいしいものに執着する動物です。トウモロコシのような熊の餌になる作物を畑に残さないでください。取り残しの農作物は畑にすき込むべきです」
畑や墓に出没する熊
おいしいものがあれば熊は集まってくる。餌がいっぱいあれば他の熊を追い払おうとしない。熊には縄張り意識がない。「それが熊の習性だ」と山本さんは説く。
「餌付け」をしているのは畑だけではない。熊はお墓にも出没する。お供えの果物やお菓子を食べに来るというのだ。
SNSでクルマの中から熊にお菓子を与えている動画が投稿されている。「最悪だ」と山本さんは言い放った。
「人間の餌に付いた熊は、人間のおいしい食べ物を漁るようになってしまいます。絶対に熊を餌付けしないでください」
昨今各地で市街地に出没する熊が増えている。その背景を山本さんに尋ねた。
「90年代は、山奥にしかいませんでした。里山に人の手が入らなくなり、鬱蒼としてきたことで熊が棲めるようになり、市街地に降りてきました」
市街地に近いところで生息する牝熊は市街地周辺で子熊を生むのだが、雄熊に子熊を殺されることもある。そのため子連れの牝熊は雄熊を避け、市街地付近に出てくることもある。
「子熊は母熊から餌の取り方や食べ方を習います。結果、市街地周辺で育った熊は山に餌がないとき、集落周辺にある人間の食べ物をかすめ取って生きるようになります」

深夜トウモロコシ畑を徘徊していた熊。津田さんの息子が車内で撮影
持続可能な里山と農村づくりが必須
人がいるのが当たり前。銃に撃たれたことがないので人を見ても怖がらない熊が増えてきた。極論をいえば、中山間地域に住む人の高齢化や、人口の地域局在が熊を市街地に呼び寄せたというのだ。
「これを正さない限り、熊問題も野生動物問題も解決しません。日本の社会問題だと断言できます。中山間地域での持続可能な里山と農村づくりをしないと解決しません。動物と共存するために、昔の里山を取り戻すために『(株)未来里山技術機構』を設立しました」
里山や市街地に出てきた熊を殺すか、保護すべきか、その是非が問われている。けれど、それだけでは熊の人身被害を解決できないと山本さんは説いているのだ。
いまそこにある危機として社会問題として話をすべき時代をむかえている。