電車でいつも騒ぐ幼児が静かになった理由。不登校相談員が見た、子どもを変える親の”ある行動”

「怒っても何の解決にもならんよ。子どもはな、理解して、認めて、受け止めてあげなあかんのや」

そう話すのは、40年にわたり、4000組以上の不登校の親子と向き合ってきた相談員の池添素(いけぞえ・もと)さん。この言葉は、2025年9月4日に出版された本『不登校から人生を拓く――4000組の親子に寄り添った相談員・池添素の「信じ抜く力」』(講談社)に出てくる。著者はジャーナリストの島沢優子さん。自身の子どもが学校に行き渋った経験があり、池添さんの言葉に力をもらいながら20年に渡り丁寧に取材を重ねてきた。本書はFRaUwebの連載から始まり、池添さんのもとには全国や海外からも相談が届いている。

9月23日には、池添さんの地元である京都の大垣書店 イオンモール京都桂川店で池添さんと島沢さんふたりのトークイベントが行われ、約100人が来場した。池添さんと島沢さんは、参加者からの質問すべてに答えながら、実際に寄り添ってきた親子のことや、自身の体験をもとに感じたことを率直に語った。会場では、大きくうなずきながら話を聞く人や、静かに涙を拭う人の姿も見られた。親と子の関係に向き合う、真剣な空気が会場全体に広がっていた。

子どもが「学校に行きたくない」と言ったとき、親はどうしても不安になる。つい理由を聞きすぎたり、励ましたり怒ったり、無理に登校を促そうとしたりしてしまう。でも、それは子どもにとって遠回りになることも多い、と池添さんは言う。冒頭で紹介した「理解して、認めて、受け止める」という言葉は、そうした親が子どもとどう向き合うかを示した池添さんの答えだ。では、「理解して、認めて、受け止める」とは具体的にどういうことなのか。この記事では、イベントで交わされた2人のやりとりを通して、そのヒントを探っていく。

「親のあきらめが子に力を与える」の意味

島沢優子さん(以下、島沢):書籍『不登校から人生を拓く』で、親子のエピソードとともに「親のあきらめが子に力を与える」という話をしているのですが、池添先生からこの言葉を聞いたときに、確かにそうだなって思ったんですよね。親が子どもにいろいろ言っても全然動かないのに、もういいよ、好きにさせようと思ったら、子どもが自分で片付け始めたり、宿題し出したり、動き出す。そういう経験が私にもあります。池添先生が「親のあきらめが子に力を与える」と感じたのは何か体験があったのですか。

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池添素さん(以下、池添):その言葉、たぶんお母さんから聞いた言葉だと思います。私が言ったんじゃなくて。

島沢:お母さんが自分で答えとして出した言葉だったんですね。

池添:「こちらがあきらめた頃に子どもって動くもんですね」って言っていました。その通りやと思って。もうええわ、好きにしてって思ったときに、子どもは自分で動いてくれたりすることってよくあるので、あきらめるというよりも、子どもの主体性を大事にするっていう、親の自分の思いを貫き通すことをあきらめるっていうことかなと思います。それって子育ての基本だと思うんです。

島沢:自分の思いを貫き通すことも大事ですが、子育ては違うという話ですね。

子どもは「育てる」ではなく「育つ」

池添:そうなんです。やっぱり子どもは「育つ」なんです。「育てる」ではない。赤ちゃんのときってやっぱり子育ての基本だと思うんですよね。赤ちゃんが泣き出したら、大人はおっぱいかな、おむつかな、抱っこかな、と考えるじゃないですか。答えがないのに「どうしたん、お腹すいたの」と聞くじゃないですか。でも答えがないから考えざるを得ない。考えて、仮説を立てて、この時間だからおっぱいかなと思っておっぱいをあげたら泣き止んだりする。そうすると、この泣き方はおっぱいなんだ、とか、この泣き方はおむつなんだってだんだん学習していきますよね。

そういう経験があって、こちら側がだんだん子育て上手になってくる。子どもが寝返りしたりとか、ハイハイしだしたりするときに「もう寝返りできるでしょう」とか「ハイハイしてみなさい」とか私たちは決めないですよね。

「できるようになった」瞬間を、大人はただ見守る。子どもは、自分の力で育っていく。Photo by iStock

子どもが自分で動けるように、したくなるような働きかけをするじゃないですか。タッチして、つかまり立ちして、手離して。もうぼちぼち歩けるかなと思っても、「はい、歩いてごらん」とは言わないですよね。子どもが最初の一歩を出すのをめっちゃ楽しみに待つじゃないですか。そうやって子どもが自分で始めるのをものすごく応援すると思います。その頃までは子どもが自分で育つのを、みんなが応援するんです。

島沢:子どもの主体性を引き出してますよね。

池添:歩けるようになったら子どもはもれなく走ります。そしてもれなく高いところに登ります。そこからですよね。「走ったら怪我するよ」「危ないから登ったらダメよ」って。こうダメダメダメがもうオンパレードになる。その頃になったら教えなくちゃ、育てなくちゃ、しつけなくちゃとなってきて、それがずっと続いているんですよ。それに対して、どこかで嫌だって思う子どもの姿がある。本当は子どもは自分で育つ。育ちたいし育てられるのはまっぴらごめんって思ってると思うんですよね。

電車で出会った子どもが騒がなくなった理由

池添:今日ね、朝、電車に乗ったら全然落ち着かない、1歳半か2歳近くの子どもがいたんです。落ち着きがなくて、ずっとお母さんとお父さんがリュックの紐を引っ張っていて。その子は背中に阪急電車のリュックを背負って、いっぱい電車アイテムをつけてるんです。私も気になって、ちょっと遊んだんですよね。そしたらすぐ懐いてきて、私が座ったらその子も隣に座りに来たんです。その時に一生懸命椅子に登ろうとしたんですけど、1回目はお母さんが座らせてしまったんです。子どもは怒って、すぐ降りたんですよね。

「たぶん自分で座りたいと思うし、見とこう」って私はおせっかいかなと思いながらもお母さんに言ったんですよ。それで、一生懸命自分で座ったんです。お母さんが言うには、その子電車に乗るのが大好きなんだけど、電車に乗ったら騒ぐんですって。子どもって乗りたいけど電車も見たい。乗ったら電車見えへんでしょ。だから一駅で降りたこともありますって言っていて。若いお母さんとお父さんは苦労して子どもの電車好きを一生懸命満足させようと思って頑張っているんですけど、なかなかうまいこといかない。電車の中でも騒ぐから、ヒヤヒヤしながら電車を待っていたみたいなんです。

でも、自分で椅子に座ってからはその子本当に落ち着いていて、電車の中で全然騒がなかったんですよね。お母さんとお父さんからものすごく感謝されてしまいました。こんなに落ち着いて電車に乗っていられたん、初めてですって。

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落ち着いて乗っていられたのはなんでかなって、考えてみたんですけど、私はその椅子に自分で乗った「達成感」ではないかなって思ったんです。周りから色々言われないで、自分で一生懸命頑張って、よいしょって乗って、それって大人から見たら、どうってことないことですよね。でも、その子にとったら、宝物みたいな経験で、そういうことが子ども時代っていっぱいあるんですよね。

それを私たちは危ないからとか、それはためにならないからとか、いろんな大人の価値基準で子どもの行動に制限かけたりしちゃってるんです。そのことがやっぱり子どもの自信を奪ってしまうんじゃないかなと思ったんです。

◇書籍『不登校から人生を拓く』(講談社)の中に「子どもの要望に対して、まず『うん、わかった』っていうの口癖にしよう。『うん、わかった』は、子どもと信頼関係を築くはじめの一歩やねん」という池添さんの言葉がある。この言葉に込められた考え方が、トークイベントでも繰り返し語られていた。

後編「学校に行ける子と行けない子の違いは?4000組の不登校親子に寄り添った相談員の答え」では、「学校に行ける子」と「行けない子」の違いについて、発達の視点から考えていく。