乗降客は半減! 阪急大宮駅「特急通過」で揺れる25年――京都市は「地域振興対象外」の認識、地元の声は届くのか
かつての名称は「京都駅」
大阪梅田発の特急列車が地下ホームを駆け抜けていく。ホーム上で一歩下がっても、強い列車風に驚かされる。かつて京都を代表する阪急電鉄の拠点だった大宮駅(京都市中京区)。今は朝の通勤特急を除き、特急がすべて通過する。
【画像】「えぇぇぇぇ!」 これが阪急京都本線の「1日平均乗降客数」です!(7枚)
「河原町へ買い物に行くのは2駅だから大して影響はないが、大阪へ行くときは乗り換えが面倒。何とかならんのやろか」
百貨店の手提げ袋を手にした買い物帰りの主婦(71歳)が不満をぶつける。
大宮駅は1963(昭和38)年、阪急京都本線が河原町駅(現・京都河原町駅、下京区)へ延伸するまで京都側の終着駅で、
「京都駅」
の名称がつけられていた。駅で乗降客に話を聞いて回ると、特急が停まっていた時代を知る人はそろって「不便になった」と顔をしかめる。
京都地下線の歴史軌跡

大宮駅の位置(画像:OpenStreetMap)
大宮駅は昭和初期の1931(昭和6)年、京阪電鉄グループの新京阪鉄道が西院駅(右京区、中京区)から地下線路を延伸する形で開業した。当時の名称は京阪京都駅。関西初の地下線で、地下線やホームの構造物が土木学会の推奨土木遺産に指定されている。
戦時中の1943年、阪神急行電鉄(現阪急電鉄)が京阪電鉄を吸収合併して社名を京阪神急行電鉄に改称、駅の名称も京都駅となる。終戦後の1949年、京阪神急行電鉄から京阪電鉄が分離したが、路線は京阪神急行電鉄に残った。
駅前には京福電鉄が路面電車の停留所を置き、京都市電の路面電車、トロリーバスも発着して交通結節点が形成されていた。他の地域から人を呼ぶ百貨店やボーリング場、映画館もあった。
だが、河原町延伸後は2001(平成13)年まで特急が発着したものの、京都駅の看板を下ろして大宮駅に改称している。
駅前商業と観光動線

商業施設となっている大宮駅ビル(画像:高田泰)
10月上旬の平日、中京区と下京区にまたがる四条大宮を歩いてみた。
大宮駅前は京福電鉄の四条大宮駅(下京区)やイベント会場としても使用される駐車場、市バスの停留所が四条大宮交差点を囲むように並ぶ。大宮駅が入る大宮阪急ビルも地上4階建ての商業施設。地下駅だけの京都河原町駅や烏丸駅と異なり、都会のターミナルらしい景色が広がる。
駅前のバス停には、京都駅(下京区)や祇園(東山区)などへ向かう路線バスがひっきりなしにやってくる。人出は観光客が歩道を埋め尽くす京都河原町駅周辺に及ばないものの、午前中から多い。
周辺でホテルが増えたためか、訪日外国人観光客の姿も目立つ。日が暮れるころにはかつて“京都の新宿”と呼ばれた飲み屋街へ向かう人が続いた。百貨店が入っていたビルは今も健在で、スーパーやカラオケ店が入居している。
大宮だけが特急通過駅に

大宮通にある昭和レトロな飲食街(画像:高田泰)
だが、大宮駅の乗降客は河原町延伸以前から減少が続き、これが引き金になって特急停車駅の地位を失った。阪急電鉄は
「大宮駅の1日平均乗降客は1990(平成2)年で約5万200人あったが、2000年には約3万8800人に落ち込んだ。当時、京都本線の特急を増便したこともあり、大阪方面へは桂駅(西京区)での乗り換えで対応できると判断した」
と説明する。2024年の乗降客は約2万3600人。この30年余で
「半分以下」
に落ち込んだ。京都市内にある阪急京都本線7駅の中では5位。中心市街地にある烏丸駅(下京区)や京都河原町駅だけでなく、桂駅、西院駅にも見劣りする。
京都本線はもともと、梅田駅(現大阪梅田駅、大阪市北区)を出ると、十三駅(大阪市淀川区)に停車したあと、ノンストップで大宮駅まで運行していた。しかし、JR西日本が国鉄民営化後、複々線を生かして京都線のスピードアップを図る。複線の阪急はスピード競争に太刀打ちできず、途中の特急停車駅を増やして乗客を確保する方針に切り替えた。
高槻市駅(大阪府高槻市)、茨木市駅(大阪府茨木市)、長岡天神駅(京都府長岡京市)、桂駅、淡路駅(大阪市東淀川区)と次々に特急停車駅が増えるなか、大宮駅だけが特急通過駅に格下げされた。
京都市にLRT整備など要望

訪日客らが集まった大宮駅前のバス停(画像:高田泰)
大宮駅の乗降客が減少した背景には、
「地場産業の織物業や染色業の衰退」
が影響している。周辺で働く人の減少が乗降客数を減少させたわけだ。これにともない、都市銀行の支店が相次いで大宮駅周辺から消えている。
逆に、河原町駅周辺は阪急の終着駅が来たことで商業集積が一気に進んだ。1981(昭和56)年に京都市営地下鉄烏丸線が烏丸通の地下を走るようになると、烏丸駅が交通結節点の地位を高め、周囲のビジネス街が急成長する。同じ四条通沿いにありながら、明暗がくっきり分かれた格好だ。
地元の商業者らは署名を集め、阪急電鉄に特急復活を訴えた。前向きな回答を得られていないが、あきらめずに要望活動を続けている。その中心になっているのが、地元の商店と京福電鉄、四条大宮に「餃子の王将」1号店を出した王将フードサービスなど関係企業の計83団体・個人で組織する四条大宮商店街振興組合だ。振興組合の石田哲雄理事長は
「阪急に特急復活を訴えるだけでなく、大宮駅の乗降客を増やすため、大宮駅と接続するLRT(次世代路面電車)の開業やトロリーバスの復活を京都市に呼び掛けている。市の財政難で実現していないが、今後も要望を続けたい」
と意欲的に語る。京都市地域企業振興室は
「四条大宮は地域振興策の対象地域でない」
としているが、予算が許す範囲で必要な支援には応じる構え。近くには新選組が結成当初に屯所を置いた壬生寺など歴史的な名所もある。時代の波に翻弄されながら、生き残ってきた知恵を生かし、特急復活に向けてこれからどんな名案が出てくるのだろうか。