「外国人はマナーが悪い」と叩く人に"欠けた視点"

SNSなどで“外国人の批判”が目に付く, 「外国人はマナーが悪い」は本当か?, 「イタリア人は並ばない」は嘘だった?, 「郷にいれば郷に従え」は常に正しいのか, イタリアのおいしい文化の融合, イタリア生まれの娘からの指摘にハッとした

北イタリアではスパゲティはフォークだけで食べる。スプーンを使うのは子供だけ、とか南イタリア人だけ、と意地悪くバカにする人もいる(筆者撮影)

イタリアで暮らして30年になる私が、まだ来て間もない頃の話だ。寒い冬のある日、暖房が効いたバスに飛び乗り、座ってほっと温まると、ほんの少しだが鼻水が出た。私は無意識に、スンスン、と鼻を軽く啜っていたらしい。

【画像】イタリアに住む人の手の上げ方。ナチスを想起させないよう工夫されている?

すると隣に座っていたイタリア人の年配女性が、黙ってティッシュを差し出してきた。鼻をかみなさい、と無言で言っているのだった。私はびっくりして、そして顔から火が出るほど恥ずかしかった。

なぜこのイタリア奥様が私にティッシュを渡してきたのか。それは、イタリアでは人前で鼻を啜るのはマナー違反、気持ちの悪いこと、という認識が一般的だからだ。スス、だろうがズズーッ、だろうが、ダメなものはダメ。

逆に、日本では嫌われる人前で鼻をかむことは、イタリアではOK。セクシーな美人さんもおしゃれなイケメンくんも、必要とあれば誰もが派手に音を立てて鼻をかむ(食事の場に限っては、流石に敬遠されることのようではあるが)。

とにかく、日本の普通の家庭で生まれ育ち、鼻を軽く啜っただけで咎められたことなど一度もなかった私は、ところ変われば品変わる、とはまさにこのことだなあ、と感心するなり、恥ずかしいなり、複雑な思いをしたことを覚えている。

SNSなどで“外国人の批判”が目に付く

こんな昔の話を今、思い出して書いているのは、最近、日本のメディアやSNS界隈でやたらと目に付く「外国人」の文字がとても気にかかるからだ。「外国人はマナーが悪い」「外国人は公共の場でうるさい」「外国人は……」などなど。

私自身もイタリアでは「外国人」であり、私もイタリアの人たちからそんなふうに思われることがあるのだろうか?と不安が頭をよぎる。

同時に、「外国人は本当にマナーが悪いのだろうか?」という疑問が浮いてくる。だって私がバスの中で鼻を啜ったのは(しかもごく静かに)、日本にいたなら行儀悪かったわけではないからだ。

そんなわけで、本稿ではイタリアで「ガイジン」として暮らす私から見える、「外国人は云々」説についての違和感、疑問について考えてみたいと思う。

「外国人はマナーが悪い」は本当か?

SNSなどで“外国人の批判”が目に付く, 「外国人はマナーが悪い」は本当か?, 「イタリア人は並ばない」は嘘だった?, 「郷にいれば郷に従え」は常に正しいのか, イタリアのおいしい文化の融合, イタリア生まれの娘からの指摘にハッとした

バロック調の建物とポー川の向こうに広がる丘陵地帯が、美しい風景を作るトリノの中心街(筆者撮影)

私の暮らすイタリアでは、日本とは比にならないほどたくさんの移民の人たちがいて、実際私の目から見てもあまり行儀の良くない人たちも多い。世界遺産が世界一多い国だから、海外旅行者もめちゃめちゃ多く、いろいろな人種が交差している。

そんな中で私は、世界中から行儀がいいと賞賛される日本人の一員として、プライドを持って生きてきた。その日本人の私でさえ、別の文化が根付いている場所では、しつこいようだが、うっかり鼻を軽く啜っただけで行儀が悪いと白い目で見られてしまうのだ。それが外国に暮らす、別の文化や習慣の中で暮らすということなのだ。

ということは、日本の人たちが日本に暮らす外国人や外国人旅行者を、「外国人だからマナーが悪い」などと批判する時、実はお互いの文化、習慣の違いを知らないだけ、行き違いなだけである可能性も結構あるんじゃないだろうか?

もちろん一部には明らかな迷惑行為もあるに違いない。しかし、あなたの思う「マナー違反」が実は、異なる文化と文化が接触するときに生じる“カルチャーショック”というやつかもしれないということを、改めて考えてみるのはどうだろう?

「イタリア人は並ばない」は嘘だった?

例えばこんな話もある。

「イタリア人は(だらしないから)並ばない」という話を聞いたことがある人も多いだろう。銀行窓口だったり、人気のジェラート屋だったり、とにかく並んで順番を守らなければいけない場面で、イタリア人は行列しないという説だ。だがそれは、ちょっと違う。彼らも一応、順番を守っている。そのやり方が違うのだ。

目的の場所の前にぐちゃっと人だかりを作る。そこへ新しくやって来る人は、「最後の人は誰ですか?」と大きな声で聞く。すると自分が最後と自認している人が「私です」と手を上げる。新しくやって来た人はその人を覚えていて、その人に順番が来たら、次は自分の番だと理解する、という仕組みだ。

もちろんズルをしようとする人もいるし、その割合は日本より多いかもしれないが、店やイベント会場などの前にズラーっと長く並ぶよりも、場所を取らない、そういう考え方もある、ということだ。

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トリノの世界遺産、サヴォイア家の王宮群の一つ「マダマ宮殿」。夫に先立たれた歴代の女王が暮らした館だという(筆者撮影)

日本の食習慣がイタリアでは嫌われることもある。

イタリアと日本の食習慣の大きな違いといえば、長い麺の食べ方だ。スパゲティを食べる時、イタリアでは啜って食べてはいけないということは、日本でも常識として定着しているように見える。

ところが、イタリアに観光旅行で来ている人の何割かが、スパゲティをズルズル、っと啜って食べているのを見かけることがある。特に中高年の男性にその傾向が強い。おいしいトラットリアやおしゃれなレストランで、大きな音を立ててロングパスタをずずずーっとやっているのだ。周りのイタリア人客たちが一斉に振り向いたりして、関係ない私まで恥ずかしくなってしまう。

「そんなこと知ってるよ! 私はしないよ!」と思うかもしれないが、無意識の習慣とは恐ろしいもので、実はあなたも、知らないうちにやっていて、「あのガイコクジンは……」と指さされているかもしれない。

「郷にいれば郷に従え」は常に正しいのか

異文化を持ち込むな、日本に来たなら日本人がするようにしろ。日本の人に街中でそう言われ驚いたという外国人の方の話を読んだ。彼は、民族衣装的な帽子をかぶっていただけで、いきなり脱げと言われたそうだ。

たしかに郷にいれば郷に従えと言う。例えば日本に来たイタリア人観光客が、人前で鼻を噛むのは悪いことじゃないと言い張り、日本の皆さんに不快な思いをさせたとしたら、それは普通に良くないことだろう。

日本の家庭に土足でどすどす入ってきて「欧米ではこれが当たり前です」と開き直るなら抗議して正すべきだ。習慣の違いによって迷惑を被ったり、不快な思いをさせられるなら、郷にいれば郷に従え!と声を大きくして当然だ。

だが「文化を持ち込むな」というのはどうだろう? 

文化とは、いろいろなものが混ざりあって発達し、熟していくものであるはずだ。日本はそもそも、鎖国を終えた時に、まったく異質な西洋文化を受け入れ、幕府を政府に変えた、羽織袴を背広に変えた。だからこそ、列強に植民地にされることなく大国への道がひらけたのではなかったか?

戦後の敗戦から世界第2位の経済大国にまで上り詰めた時、異文化を受け入れ、それを日本人ならではの勤勉さで世界一のクオリティにまで変身させたのが、自動車産業やカメラ産業だったのではないのだろうか?

ご先祖様たちが異文化を持ち込むな、とスクラムを組んでいたとしたら、日本は未だに着物を着て、丁髷を結っていなければならなかったということになる。 

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イタリア初の国会議事堂となったサヴォイア家のトリノ・カリニャーノ宮殿(筆者撮影)

イタリアのおいしい文化の融合

私が住んでいる北イタリアのトリノには、唐辛子を使ったピリ辛の伝統料理が存在する。北イタリアの人たちは、辛いものはもともと食べないし、栽培もしていないのにだ。なぜかと調べてみると、トリノという街は自動車産業で経済が発達した街だから、ということがわかる。

126年前にフィアット本社がトリノに誕生し、南イタリアから多くの出稼ぎ労働者がやってきた。そしてそのまま定住し、世代を重ねていった。彼らは南イタリアの地元で愛していた唐辛子料理を伝承すべく、唐辛子をベランダ栽培したかもしれないし、里帰りする時に大量に買ってきたりしただろう。それがいつの間にか、トリノの料理と混ざり合い、おいしいレシピができ上がった。これはまさに文化の融合といえるだろう。

いつかトリノに来ることがあれば、フレッシュチーズに「電気が走るほど辛い」ソースがかかった「トミーノ・エレットリチ」という前菜や、丸くて小さな唐辛子の中をくり抜いて、ツナなどを詰めてオイル漬けにした「ペペロンチーニ・リピエーニ」(ペペロンチーノの詰め物)という前菜をぜひ味わってみてください。

SNSなどで“外国人の批判”が目に付く, 「外国人はマナーが悪い」は本当か?, 「イタリア人は並ばない」は嘘だった?, 「郷にいれば郷に従え」は常に正しいのか, イタリアのおいしい文化の融合, イタリア生まれの娘からの指摘にハッとした

唐辛子とトマト、パセリで作った甘辛いソースが、クリーミーなチーズにとてもよくあう「トミーノ・エレットリチ」。イタリア語で「電気(が走るほど辛い)トミーノチーズ」という意味のピエモンテ名物料理だ(筆者撮影)

イタリア生まれの娘からの指摘にハッとした

イタリアで生まれた私の娘は、小学生の頃に学校で出席を取る時や、先生の質問に手を上げて答える時、日本では当たり前の「はい、はい!」と“手の指をそろえて右手を斜め前方に上げる動作”を絶対にしないという。

え? じゃあ、どうするの?と聞くと、手は人差し指だけを立て、そして腕全体を上げるというのだ。えー、なんか気取った感じだね、と軽いノリで反応した母に対して、娘の答えは重かった。

「ナチスの敬礼と同じポーズだから、しちゃダメなんだよ」

そう言われてみると、イタリアではバス停でバスを待っている時、やってきたバスに向かって「乗ります、乗りまーす!」と手を上げて意思表示をしないと止まってくれないが、その時にも、やっぱり誰もが人差し指だけを立てて手を上げている。

SNSなどで“外国人の批判”が目に付く, 「外国人はマナーが悪い」は本当か?, 「イタリア人は並ばない」は嘘だった?, 「郷にいれば郷に従え」は常に正しいのか, イタリアのおいしい文化の融合, イタリア生まれの娘からの指摘にハッとした

人差し指だけを上げるだけでなく、手全体をピシッとせずにゆるい感じで上げるのも、ナチスを想起させないポイント?(筆者撮影)

日本でもヒトラーのこと、ナチスのことは誰でも知っているし、「ハイル・ヒトラー」というあのポーズも知っている。だが私たち日本人にはナチスの問題は遠い国で起きた過去の惨禍で、日常の手を上げる動作とは結び付かない。

ところがイタリアや、おそらくドイツではもっと敏感に、二度と同じ過ちを繰り返さないという教訓を日常の暮らしに根付かせているというわけだ。そんな歴史と文化を持つ国に行って、知らずにバス停で右手をピシッとあげたりしようものなら、白い目で見られてしまうだろう。

まったく悪気も、ましてやナチスを支持する気などまったくないのに「あのガイコクジンは……」と言われてしまうかもしれないということだ。

そういえば「88」という数字が、「ハイル・ヒトラー」の二言ともがHで始まり、Hはアルファベットで8番目の文字であることから、イタリアサッカー界で使用の自主規制や制限の対象となっているそうだから、徹底しているなあ、と驚くやら、感心するやらだ。