イタリア映画の大女優、クラウディア・カルディナーレが死去

子供たちに看取られて

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イタリア映画界の偉大な女優、クラウディア・カルディナーレが亡くなった。パリ近郊のヌムールで、子供たちに見守られながらの最期だったという。87歳だった。

「自由で霊感に満ちた女性」

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カルディナーレが亡くなったことは、その日の夕方、彼女のエージェントであるローラン・サヴリがフランス通信社に知らせたことで明らかになった。同エージェントはコメントで、「カルディナーレは私たちに、一個人としても、一アーティストとしても、自由で霊感に満ちた女性というイメージを遺していきました」と語っている。

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死因は明らかにされず

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彼女の詳しい死因については明らかにされなかったものの、カルディナーレはしばらく前から病を患っていたことが知られている。

チュニジアで生まれ美人コンテストでイタリア映画界へ

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クラウディア・カルディナーレは、チュニジアのチュニスに1938年に生まれた。両親はどちらもシチリアにルーツを持つイタリア人だが、当時チュニジアはアルジェリアと同じくフランス領であり、カルディナーレは家族とフランス語やシチリア語で喋っていたという。つまり、カルディナーレにとってイタリア語は母語ではなかった。そんなカルディナーレだが、イタリア映画界に進出するきっかけとなったのは、チュニスのイタリア美人コンテストで優勝したことだった。

当代随一の監督と仕事

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そしてイタリア映画界は、カルディナーレにぞっこんになった。驚くべきことに、1950年代後半のデビューから時をおかず、カルディナーレは当代随一の監督たちと一緒に仕事をしているのだ。

モニチェリ、ボロニーニ、フェリーニ、ヴィスコンティ……

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たとえば、マリオ・モニチェリ監督が『いつもの見知らぬ男たち』でカルディナーレを脇役で起用したかと思うと、マウロ・ボロニーニ監督は『汚れなき抱擁』でマルチェロ・マストロヤンニの相手役に抜擢、フェデリコ・フェリーニ監督は『8 1/2』で、ルキノ・ヴィスコンティ監督は『若者のすべて』で主人公に据える、といった具合である。

『山猫』で国際的な知名度を得る

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なかでもルキノ・ヴィスコンティは、カルディナーレのキャリアを振り返ったとき、とりわけ重要な監督といえる。ヴィスコンティの『山猫』により、カルディナーレは国際的な知名度を得るにいたったからだ。物語の核となる3人のキャラクターを、バート・ランカスターとアラン・ドロン、そしてカルディナーレが演じる同作は、上映時間3時間超えの大作であり、イタリア統一を背景に没落しゆくシチリア貴族の姿を、圧巻の、と言うしかない、きわめて重厚で美しい映像により綴っている。

マカロニウエスタンにも挑戦

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そして傑作『山猫』の後もヒット作が多数続いた。セルジオ・レオーネ監督のもと、カルディナーレは西部劇にも挑戦し、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』(1968年)の強靭なヒロイン、ジル・マクベイン役を見事に演じた。同作でカルディナーレはヘンリー・フォンダと共演している。

社会派映画、コメディ映画にも

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カルディナーレはまた、体制批判的な社会派の映画にも出演している。マフィア問題を取り上げたダミアーノ・ダミアーニ監督の『マフィア』、戦争の狂気を描いたリリアーナ・カヴァーニ監督の『狂える戦場』、あるいは、エルサ・モランテの小説を原作にしたルイジ・コメンチーニ監督の『La Storia』などだ。また、ブレイク・エドワーズ監督の『ピンクの豹』などで見せているコメディエンヌとしての側面も忘れがたい。

称えられる長年の功績

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カルディナーレの出演作とその演技は観客と批評家から高く評価されており、映画界への貢献をたたえて、1993年のヴェネツィア国際映画祭で栄誉金獅子賞が、2002年のベルリン国際映画祭でも金熊名誉賞が与えられている。ほかにも、イタリア映画における最高の名誉とされるダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞にも3度輝いている。

晩年は舞台に注力

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映画のイメージが強烈なカルディナーレだが、2000年ごろからは舞台でも活躍しており、フランスの劇場に精力的に立ち続けた。フランスは彼女にとって第二の故郷のようになり、カルディナーレは若手アーティストの支援を目的としたクラウディア・カルディナーレ財団を設立するにいたった。

2人の子供

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カルディナーレはその生涯で、子供を2人産んでいる。一人目の子供はパトリックといい、カルディナーレが20歳のときに生まれた子だが、その出生には暗い過去が隠されていて、じつは性的暴行により身籠った子供だということがのちに知られるようになった。二人目の子はクラウディア(写真左)だ。クラウディアは、カルディナーレの2番目の夫で映画監督のパスクァーレ・スクイティエリとの間に生まれている。

生前最後のインタビュー

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イタリア紙『コリエーレ・デラ・セラ』によれば、生前最後のインタビューでカルディナーレは、「私が愛のために幸せだったのは、後にも先にも一度だけ」と悲しげに語っていたという。とはいえカルディナーレは、美しく気高く、そして芯の強い女性という忘れがたい印象を私たちに遺してくれたのだ。

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