ナイン・インチ・ネイルズが電子の神殿に降臨!『トロン:アレス』で導きだした次世代につながるエレクトロ・ミュージック

トレント・レズナーと彼の右腕アッティカス・ロスが“電子の神殿”へと降臨した。AIプログラムがコンピュータの内部から現実世界を侵食していく――サイバーSF映画『トロン:アレス』(公開中)のオリジナルサウンドトラックが、その降臨の記録である。

ナイン・インチ・ネイルズとして伝説を背負ったトレント・レズナー&アッティカス・ロス, エレクトロ・ミュージック史を横断しながら次世代につながるサウンドに, 未知の存在に遭遇した衝撃をシンセサイザーで表現, 機械に宿る“残響としての感情”を描きだすボーカルトラック

【写真を見る】映画音楽では初めてナイン・インチ・ネイルズ名義で劇伴を手掛けたトレント・レズナーとアッティカス・ロスの名コンビ

ナイン・インチ・ネイルズとして伝説を背負ったトレント・レズナー&アッティカス・ロス

初めての挑戦でアカデミー作曲賞を獲得した『ソーシャル・ネットワーク』(10)以来、2人はデヴィッド・フィンチャーやルカ・グァダニーノの監督作を筆頭に膨大な数の映画音楽を手掛けてきたが、本作で特筆すべきは、初めて「ナイン・インチ・ネイルズ(NIN)」名義を掲げたことだ。このアイデア自体はディズニー側の提案によるものだというが、2人にもその名を使うだけの確信があったはずだ。

ナイン・インチ・ネイルズとして伝説を背負ったトレント・レズナー&アッティカス・ロス, エレクトロ・ミュージック史を横断しながら次世代につながるサウンドに, 未知の存在に遭遇した衝撃をシンセサイザーで表現, 機械に宿る“残響としての感情”を描きだすボーカルトラック

感情に目覚めるAI兵士のアレス

そもそもNINは「ザ・ダウンワード・スパイラル」や「ザ・フラジャイル」といった初期の代表作において、“人間の存在意義”というテーマを掘り下げてきた。『トロン:アレス』が描く“感情を吹き込まれた人工生命の存在意義”という主題は、その延長線上にある。しかも「トロン」シリーズの音楽は、常にエレクトロ・ミュージックの伝説が手掛けてきた。

ナイン・インチ・ネイルズとして伝説を背負ったトレント・レズナー&アッティカス・ロス, エレクトロ・ミュージック史を横断しながら次世代につながるサウンドに, 未知の存在に遭遇した衝撃をシンセサイザーで表現, 機械に宿る“残響としての感情”を描きだすボーカルトラック

電子楽器のみで壮大かつ重厚さをあわせ持ったスコアが構築された『トロン:アレス』

第1作『トロン』(82)はシンセサイザー音楽で初めてのヒットアルバムである「スイッチト・オン・バッハ」で知られるウェンディ・カーロスが、そして再起動作『トロン:レガシー』(10)はダフト・パンクが担当している。NIN名義を避けるのは“逃げ”ととられる可能性もある。レズナーとロスは、伝説を背負う覚悟を決めたのだ。

エレクトロ・ミュージック史を横断しながら次世代につながるサウンドに

その覚悟はサウンドに如実に表れている。カーロスやダフト・パンクがスケール感を醸しだすために、生のオーケストラを融合させていたのに対し、NINは電子楽器のみで壮大かつ重厚さをあわせ持ったスコアを構築している。その音楽的要素は、カーロスが手掛けたスタンリー・キューブリック監督作『時計じかけのオレンジ』(71)のサウンドトラックから、デヴィッド・ボウイが1977年に発表した傑作「ロウ」のB面、映画内でも言及されているデペッシュ・モードをはじめとする80年代エレポップ、さらには90年代レイヴやインダストリアル・ロックまで、1970年代以降のエレクトロ・ミュージック史を横断したもの。

だがそれは決して懐古的なものではない。ツアーを共同で行ったボーイズ・ノイズやハドソン・モホークといった後輩アーティストを全面参加させ、次世代につながるエレクトロ・ミュージックとして昇華しているのだ。

未知の存在に遭遇した衝撃をシンセサイザーで表現

人類が未知の存在に遭遇した時の衝撃をシンセサイザーによって表現した「イン・ジ・イメージ・オブ」、レゾナンスの効いた重低音ベースが唸る「インフィルトレイター」といったインストトゥル・メンタル・ナンバーは、AIが現実を凌駕する『トロン:アレス』のテーマを、サウンドそのもので体現している。

機械に宿る“残響としての感情”を描きだすボーカルトラック

4曲あるボーカルトラックも聴き逃せない。「アズ・アライヴ・アズ・ユー・ニード・ミー・トゥ・ビー」と「シャドウ・オーヴァー・ミー」は、初期NINをフロア仕様に進化させたかのようグランジーなダンスチューン。

トリップホップ的な幻想性を帯びた「アイ・ノウ・ユー・キャン・フィール・イット」も深い余韻を残す佳曲である。

そしてハイライトは「フー・ウォンツ・トゥ・リヴ・フォーエヴァー?」。スペインのシンガー、ジュデリンの透明な声と、レズナーの壊れそうなヴォーカルが交錯することで、機械に宿る“残響としての感情”を描きだす。ライブ映えすること間違いなしの、NINの新たな代表曲と呼ぶにふさわしい完成度だ。

『トロン:アレス』の音楽は、映画作曲家としての理性に、レズナーがこれまで封印してきたロックミュージシャンとしての衝動を融合させた結晶である。電子の神殿のなかで、テクノロジーとエモーションは一つになった。そのビートは、もはや冷たい機械音ではない。アルバム全編に鳴り響くバスドラムは、レズナー自身の心臓の鼓動なのかもしれない。

文/長谷川町蔵